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史上最強の自己啓発書『成りあがり』

フォレスト出版編集部の寺崎です。

今日は「私とこの1冊」ということで、矢沢永吉『成りあがり』を取り上げます。

『成りあがり』は1978年(昭和53年)に小学館から単行本で出版されました。矢沢永吉がジョニー大倉らとキャロルを結成して活動を始めたのが1972年なので、YAZAWAが世に出て5年後に放った処女作ということになります。ちょうどCMソング「時間よ止まれ」が大ヒットしていたころです。

手元にある文庫本『成りあがり』は昭和55年初版、平成元年18刷。平成元年ということは1989年。ちょうどバブル崩壊のころですか。私はまだ10代でした。そんな時期に『成りあがり』に出会いました。

この『成りあがり』は当時は無名だった糸井重里さんが取材、ライティングをしています。なので、全編にわたってキレっキレのコピーライティングのセンス、世界観の構築が冴えわたってます。

冒頭から一気に「永ちゃん」の世界観にハマる文体です。

成り上がり
大好きだね この言葉
快感で鳥肌が立つよ


何が欲しいんだ。
何が言いたいんだ。
それを、いつもはっきりさせたいんだ。
いま、こういう時代だ。みんな、目的はどっかに捨てちまってるみたいだな。いいさ、構わないよ。オレは。みんな、そこらへんのボクたち。頑張ればいいじゃん。
十の力を持ってたら、九までは、塾だ受験だちょうちんだでいいよ。でも、一ぐらいは、残りの一ぐらいは、一攫千金じゃないけど、「やってやる!」って感覚を持ちたいね。オレ、本気でそう思ってる。
成りあがり。
大好きだね。この言葉。素晴らしいじゃないか。
こんな、何もかもが確立されきったような世の中で、成りあがりなんて……せめて、やってみろって言いたいよ。
昔から「この成りあがり者め」ってのは、下を見て吐く言葉なんだよ。
ところが、いまの背景では、いいね、素敵な響きだね。
ああ、うれしいうれしいって言うよ。
快感で鳥肌が立つよ。
そういう人間だよ、オレは。
聞くやつが、読むやつがどう思うかは知らない。けれど、文句は言わせない。「おまえも、やれば?」ってね、言ってやる。

この本では

成り上がり
大好きだね この言葉
快感で鳥肌が立つよ」

というような3行見出しが4ページにつき2~3か所に入ってきます。まず、その作りにガツーンときました。いまでは「見開き2Pにつき小見出しを立てる」というセオリーはビジネス書の定番になりましたが、当時はたぶんこういう作りの本はほとんどなかったんじゃないかな?

しかも、その見出しのどれもがガツーンとくるフレーズなんです。

関東 矢沢家一代
広島じゃない
横浜がオレの故郷だ

なんで金がないんだろう
どうして両親がいないんだろう
口癖は おばあちゃん おもしろくない

銭で買えないものがある?
冗談じゃない
おまえ、そんなこと言えるのか

親戚にとられたドラム・セット
いつかおまえらを土下座させてやる
よく晴れた昼間だった

横須賀のクラブに売り込む
見事オーディション合格
ギャラ一万 レパートリー五曲

二十年ぶりにオフクロと会う
会った瞬間にすべてを許した
会ったら殺してやるぐらいの気持ちだったのに

おまえは ほんとに何が歌いたいんだ
その問いにオレは答えてる
十万の目の前で汗をふりしぼって答える

広島出身の矢沢永吉は小さいころに原爆の後遺症で亡くなった父親、そして母親に捨てられ、祖母に育てられた。そんな境遇の男がスターダムにのし上がっていく独り語りが『成りあがり』です。

この『成りあがり』が「E・YAZAWA」のキャラクターを作り上げ、矢沢本人もこの文体をなぞっているのはないか……と揶揄されるぐらいヤザワな文体が完成しているのが『成りあがり』です。

広島っていうと、すぐ原爆とか、やくざとか結びつけるみたいな人もいるけど、オレに言わせれば、そういうのって、ファッションだよ。流行みたい。そういう見方は、オレしないな。一地方都市よ。
コンサートに行くだろう、広島に。ちょっと前までは、広島って街にさ、飛行機の上からションベンひっかけてやりたいと思ってた。
ど腐れの街じゃ、つぶしたるわい。
そう思ってたけど、いまは半分半分だ。
うれしさと、悲しさ。半分ずつある、広島ってとこには。

で、この本のどこが「自己啓発」なのかというと、まず「金」に関する教えが徹底しています。

オレ、絶対に金持ちになってやろうって思ってたよ。金さえあれば何でも手に入ると思った。金で買えないものがある?
うん、あるだろうな。あるって、軽く言ってやる。
でも、そういう「金で買えないもの」って言い方には、すごく抵抗があるんだ。金があれば、二兆円ぐらい持ってたら、京王プラザなんかでも買える。でも、言われるだろう。
「彼はきっと孤独なんだ」
うん、孤独かもしれない。
オレ、進んで孤独になる。オレにはそっちの孤独の方がいいから。長屋の孤独、嫌いだもん。大邸宅の孤独を選ぶ。
もうごめんだよ。長屋の孤独は……。
金がすべてじゃない。
こう言う人にも、やはりふたつのタイプがあると思う。
まったく頭から金持ちになることを放棄してるやつ。自分の才能がないってことを、完全に理解してるんだ。
もうひとつは、苦労を知らないやつ。
金で買えないものがある。
すばらしい愛。
うん。そうか。いまの愛情は、だいたいは金で買えるね。女の愛情も、金で買える。言っちゃ悪いけど。
人間て、タブーがたくさんあって、その緊張感でバランスをとってる。つまり、それを言っちゃおしまい、そんな感じがあるんだよ、世の中には。でも、ほんとに、ほんとのことを言えってことになったら……。
全部、金で買えるよ。島も買える。ナオンも二十人ぐらい買える。
田中角栄、おおよし、認めるよ。オレの正義っていったら銭だ。銭さえあれば、正義も悪魔も全部買える。カラーテレビ一万台ぐらい部屋に置いて、朝から一発ずつぶっ壊せる。ナショナルからソニーから、片っぱし。本日は朝から晩までかかって十八台壊したから、明日は八十台追加持ってこい。こうね。
オレの正義は銭だっての、合ってるね。
……ほんとは、銭じゃないのよ。
ほんとは銭じゃない。オレに、こんなに銭だって思わせた何かに腹立ってる。そう思わせて二十八年間やってこさせた何か。ホント、悲しい、実は。

「こんなに銭だって思わせた何かに腹が立つ」との想いから、矢沢は一心不乱にスターの座を駆けのぼるわけですが、愛読書はデール・カーネギー『人を動かす』だったそうです。そして、新聞はスミからスミまで目を通す派。

高校1年のときに友だちのお姉さんがキャバレーに勤めていて、キャバレーを三軒経営する岡山の社長さんに気に入られ、手渡されたのが『人を動かす』でした。

オレ、十六歳でガキだし、半分以上本気で感心したわけよ。その社長の話。本と一緒に「メシでも」って、一万円くれた。そいつとふたりで大喜びして、カツ丼なんか食って広島へ帰ったもんね。
そういうキッカケで読み出したんだ。その本。
十回ぐらい、リフレインで読んだよ、えらい気に入ってね。キザに友だちの誕生日に贈ったりしたよ。
無意識のうちに、ためになってるみたい。
本を読んで、それを必ず実行するんじゃ、ロボットみたいだけど「ああなるほど。なるほど。一理あるな。一理あるな」と感じたわね。たまに女房に花買って帰るというのも、影響かもしれないね、多少。

まず『成りあがり』が最強の自己啓発書である理由がここです。『人を動かす』という不朽の自己啓発書をそのままコピーして行動したという点。

「自己啓発書を読んでも変わらない人は、結局読んだことを実践してないから」とよく言われますが、これぞまさにシンプルな真理であり、この点において愚直に実践する28歳の矢沢永吉。そこに矢沢永吉がYAZAWAになった秘訣がある。

ほんとの愛読書は、オレの場合、新聞だよ。バカ読みする。政治面から、株の欄まで。スミからスミまで読む。メンバー、びっくりしてるよ。毎日の愉しみだよ、新聞は。

そして、この「現在」「いま」への興味関心。還暦を過ぎても若々しくエネルギッシュな矢沢の秘訣はここにもありそうです。

こうして矢沢が「ヤマト」というバンドでディスコを沸かせ、のちに伝説のバンド「キャロル」で大スターとなります。

キャロルが絶頂期のころ、浮かれるメンバーを相手に放った矢沢の一言がこれまたきわめて自己啓発的です。

当時、キャロルがワーッと、パーッと日比谷とかやってる頃、
「ジョニー、おまえ、いま作詞印税が入ってきてる。金ってのは怖いから、十円儲けたら一円使え。一千万円儲けたら、百万か二百万ぐらい使え。あと六百万は着実に貯金して、二、三百万は生活費に充てろ。金ある時にパッパッパ使ったら、いざ必要になった時に、金ないよ」
そしたら「永ちゃんに言われる筋合いはない」って言ったよ。
それ、正論だわな。オレの金じゃないんだから。
当時、キャロルのギャラは、全部四等分だったよ。
でも、オレみたいな考え方は、あそこでは受け入れられなかったみたいだな。
「矢沢は、裏で金をフトコロに入れてる。年齢をサバよんでる。あれは三十歳は超えてるはずだ」そんなことを囁かれた。誰が、どんなやつが言ったか知らない。でも、身内でそんな話が出るなんて……俺は悔しくて悔しくてたまらなかった。
(中略)
金のことだって、フラットに考えてみたら、当然だよ、オレが金残るなんて。一万七千円のアパートと六万、七万、八万のマンション。比べたら、でかい違いよ。
それで、矢沢は、仕事終わったらさっさと川崎へ帰って行く。片一方は、ナオン連れて飲みに行く。そりゃ残らんわ。
家に帰ってね、亭主に戻るわけ。子供もいたし。
風呂がなくてね、銭湯に通うの。子供を、オレがおぶってさ、女房とサ。カゴ持って行くんだよ。
(中略)
オレは、作詞家の阿久悠さんて人が好きなの。保土ヶ谷に住んでた。三万五千円で2DKぐらいのアパートにね。それで、あの人、つい最近よ、伊豆に越したね。一億五千万の邸宅造って。
オレ、立派だと思った。長者番付ボンボン出てるあの人が、保土ヶ谷の三万五千円のアパートなんて、みんな信じなかったもんね。でも、あの人が、もし東京で二十万か三十万のマンションで、外車、キャデラックなんかにボックンボックン乗って、ワオワオやってたら、あんな家なんか建たない。
ところが、おかしなもんだね。
家が建ったとたんに、まわりは何を言う?
「あれは、金、力一杯ためてきたんだ」
てめえにはできないことをやると、そう言うんだ。まわりは……。
てめえは、それじゃ何やってた?
「うん、結構オレ、ナウに暮らしてたよ」みたいな感じ。
ナウなんかじゃないんだよ。使いまくって遊んで、カラッケツになってるだけだ。そんないやなもの、たくさん見てきてる。

いかがでしょうか。派手でまぶしいスターの裏側には、じつに倹約的で自己啓発の王道な生き方が横たわっていたのです。

矢沢を長時間インタビューして完成したこの『成りあがり』を書いた(当時は無名だった)糸井重里さんによるあとがきにこんな一節があります。

「この本を読んで、イヤな気持ちになるやつもいるだろうな。オレのことを間違ってると言うやつも、きっといるよ。でも、いいじゃない。そのほうがいいよ。きっと」
(中略)
だから、鼻をつまんで捨ててしまってかまわない、この本は。
ただ、できることなら、実現してほしい望みがひとつだけある。
教科書を見ただけでアクビが出る、本なんか何年も読んだことがない、そんなやつによんでもらえたら……この本にかかわったスタッフは、みんな、そう思った。
グレてるやつ。矢沢風に言うと「はぐれてるやつ」に読んでもらいたい。
ドブの中から、星が飛び出すこともある。死んでしまえばいいような人間が、たたんでいた翼を拡げて大空に舞い上がることもできる。そんなことを、証明してくれた男が、現にいるではないか。
人間の一生は、トーナメント戦じゃない。勝ったり負けたりをくりかえすリーグ戦だ。敗れっぱなしなんてない。
親父も負けた。おまえも序盤戦で負けた。いいよ、中盤戦から盛り返せよ。
逆転しろよ!
矢沢は、そんな内容の歌を、この本の中で歌い続けてくれたと思う。

この糸井重里さんのあとがき「長い旅を聴きながら」がこれまた秀逸で、泣けて、最後にジーンとくる。ほんとに『成りあがり』という本はサイコーです。永遠の名著。

ちなみにこの本を編集したのは『日本国憲法』などのベストセラ―を手掛けた小学館の島本脩二さんですが、こんなエピソードを残しています。

 私が最初に作った本、ロックミュージシャンの矢沢永吉の『成りあがり』は、インタビューしてまとめたものです。
 彼の地方公演について歩いていくと、コンサートホールに入場してくるお客さんの人となりや雰囲気がわかるようになってくるんです。どういう人たちが、彼の本の受け手なのか自ずと見えてきた。彼のファンを見るということが、取材なわけですね。「だれに」ということを発見したわけです。
 そこで、はっきりしたのは、生まれてから、おそらく1冊も本を読んだことがない人たちもこの本なら読むだろうということでした。わたしは、そういう読者に向けた仕事をやるんだと企画を立ち上げたときに思いました。デザイナーにもそのことを伝えました。
 そういう軸をはっきりさせると、やるべきことが見えてくるわけですね。
 文章はセンテンスを短くする。字組みは読みやすく、ひとつの話は2ページで区切りをつける。3行ぐらいで、大きい級数の小見出しで話を要約する。材質はソフトカバーにする。判型はジーパンのお尻のポケットに入れられる大きさにする。
 こんなことが読者の顔から浮かび上がってきたわけです。

CWS編『編集者になる!』(メタローグ)より


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