フォレスト出版編集部の寺崎です。
今日は「私とこの1冊」ということで、矢沢永吉『成りあがり』を取り上げます。
『成りあがり』は1978年(昭和53年)に小学館から単行本で出版されました。矢沢永吉がジョニー大倉らとキャロルを結成して活動を始めたのが1972年なので、YAZAWAが世に出て5年後に放った処女作ということになります。ちょうどCMソング「時間よ止まれ」が大ヒットしていたころです。
手元にある文庫本『成りあがり』は昭和55年初版、平成元年18刷。平成元年ということは1989年。ちょうどバブル崩壊のころですか。私はまだ10代でした。そんな時期に『成りあがり』に出会いました。
この『成りあがり』は当時は無名だった糸井重里さんが取材、ライティングをしています。なので、全編にわたってキレっキレのコピーライティングのセンス、世界観の構築が冴えわたってます。
冒頭から一気に「永ちゃん」の世界観にハマる文体です。
この本では
「成り上がり
大好きだね この言葉
快感で鳥肌が立つよ」
というような3行見出しが4ページにつき2~3か所に入ってきます。まず、その作りにガツーンときました。いまでは「見開き2Pにつき小見出しを立てる」というセオリーはビジネス書の定番になりましたが、当時はたぶんこういう作りの本はほとんどなかったんじゃないかな?
しかも、その見出しのどれもがガツーンとくるフレーズなんです。
広島出身の矢沢永吉は小さいころに原爆の後遺症で亡くなった父親、そして母親に捨てられ、祖母に育てられた。そんな境遇の男がスターダムにのし上がっていく独り語りが『成りあがり』です。
この『成りあがり』が「E・YAZAWA」のキャラクターを作り上げ、矢沢本人もこの文体をなぞっているのはないか……と揶揄されるぐらいヤザワな文体が完成しているのが『成りあがり』です。
で、この本のどこが「自己啓発」なのかというと、まず「金」に関する教えが徹底しています。
「こんなに銭だって思わせた何かに腹が立つ」との想いから、矢沢は一心不乱にスターの座を駆けのぼるわけですが、愛読書はデール・カーネギー『人を動かす』だったそうです。そして、新聞はスミからスミまで目を通す派。
高校1年のときに友だちのお姉さんがキャバレーに勤めていて、キャバレーを三軒経営する岡山の社長さんに気に入られ、手渡されたのが『人を動かす』でした。
まず『成りあがり』が最強の自己啓発書である理由がここです。『人を動かす』という不朽の自己啓発書をそのままコピーして行動したという点。
「自己啓発書を読んでも変わらない人は、結局読んだことを実践してないから」とよく言われますが、これぞまさにシンプルな真理であり、この点において愚直に実践する28歳の矢沢永吉。そこに矢沢永吉がYAZAWAになった秘訣がある。
そして、この「現在」「いま」への興味関心。還暦を過ぎても若々しくエネルギッシュな矢沢の秘訣はここにもありそうです。
こうして矢沢が「ヤマト」というバンドでディスコを沸かせ、のちに伝説のバンド「キャロル」で大スターとなります。
キャロルが絶頂期のころ、浮かれるメンバーを相手に放った矢沢の一言がこれまたきわめて自己啓発的です。
いかがでしょうか。派手でまぶしいスターの裏側には、じつに倹約的で自己啓発の王道な生き方が横たわっていたのです。
矢沢を長時間インタビューして完成したこの『成りあがり』を書いた(当時は無名だった)糸井重里さんによるあとがきにこんな一節があります。
この糸井重里さんのあとがき「長い旅を聴きながら」がこれまた秀逸で、泣けて、最後にジーンとくる。ほんとに『成りあがり』という本はサイコーです。永遠の名著。
ちなみにこの本を編集したのは『日本国憲法』などのベストセラ―を手掛けた小学館の島本脩二さんですが、こんなエピソードを残しています。