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マチアプ葬送のフリー×ゲン第6話~トラウマの再来

バイクの音が怖い。理由はよくわからない。
だから脇を通り過ぎる度に身がすくむし、爆音で通り過ぎるバイクには、反射的に睨んで舌打ちをしてしまう。

ヒルが怖い。理由は明白。
気づいたらたくさんそこにいて、血がたくさん流れていたから。
だから神奈川県の山が登れなくなった。

犬が怖い。理由は過去のフラッシュバック。
少年野球の合宿に行ったときだった。朝の散歩をしている際、首の縄でつながれている、めちゃくちゃ吠えてくる犬がいた。
それをチームメイト達が手をたたいて煽りだした。
リードでつながれているので、そのチームメイトまでは届かない。
それを笑っているのだ。
俺は後ろの方でそうっと見ていたのだが、その刹那。
目の前に犬が来ていて、思いっきり手を噛まれた。歯形がくっきりついた。
その衝撃で、おでこを地面にぶつけ血が流れた。
噛まれたことも、なぜ何もしていない俺が噛まれるのか、とにかくショックだった。

別の、足が速い黒い犬には、砂浜で追いかけられた。俺は怖くて泣きそうな顔で必死で走っているのに、周りのみんなは笑っていた。飼い主も腕を組んで笑っていて、止めようともしなかった。

だから、全ての犬と、犬を飼う人間が嫌いになった。


 


臨床心理学的には、それはトラウマというよりも恐怖体験やショックというらしい。
大人になると、それほど犬が気にならなくなった。
犬が近くに来たら、さっと避けるだけ。
ガラの悪い頭の悪そうなチンパン系とは、関わらないようにする。そんな感じだ。


マチアプ戦線でできた彼女は、大の犬好きだった。
事あるごとに自分の愛犬の話をした。
スマホには、自分の愛犬のステッカー?やらを自作して貼っていた。
ラインスタンプも自分の愛犬で、よく送られてきた。

その時くらいから、なぜかトイ○ードルが嫌いになった。


作り笑いも見抜かれたようで、ある時、言われてしまった。

「源さんって、犬苦手でしょ・・・?」

「あ・・・。」

バレてしまったので、過去のトラウマのことを話した。

「やっぱ、そんな感じがした~」

それ以来、犬の話題はあまりしなくなった。



そんなある日、夜に彼女が家に来ることになった。

その日は、市のテニス大会。
「俺、第一シードなんすよwww」(一度だけ運でいいところまで行ったポイント、そのあとはほぼ1回戦負け。)とみんなに自慢した大会なのに、途中で足がつり、ベスト16?どまり。

あきらめたくなかった俺は、試合中に、吊りに効く合法薬をオーバードーズし、足をつりながら、粘った。前に落とされた球や、角度を付かれた球が取れなかった。ただ悔しかった。

少し効いてきたなと思う頃には、相手のマッチポイント。
一番最悪な、ダブルフォルトで負けた。

「次の相手、○○さんっすよね。倒しちゃってください。」
痛々しい作り笑顔で、相手を鼓舞する。相手は多分10台後半~20代前半。
情けねぇ・・・。
「がんばります・・・。あのお大事にしてくださいね。」


相手には気を遣わせた。かつてしのぎを削った知り合いはほぼ勝ち進んでいた。「あー、やっぱこんなもんなんだな」と失望したことだろう。

家に帰ってシャワーを浴びて、しばらく寝た。


起きたら夜だった。

(やばい。掃除してない。)

ピンポーン
オートロックのカメラ越しに見える彼女。

(せめて、クイックルワイパーだけはしよう・・・。)

付け焼き刃で掃除していると、

廊下では、キャンキャンと吠えている犬。
誰だよ。このマンションペット禁止なのに・・。
常識外れのバカすぎるだろwww
ああ、やだやだ。

ピンポーン。

やべえ、掃除しきれてなかった。まあしょうがない。
ドアを開ける。

そこには、愛犬を抱えて笑顔の彼女がいた。

「・・・・あっ・・えっ・・・・・。」

口を開けて唖然とするワイ。

時間が止まった。

脳が情報を処理しきれないと、言葉が出ないとはこのことだろう。

やっと、状況を呑み込めてきた。最初に来たのは犬に対しての恐怖だ。

「・・・ちょっと待って。いや待って。犬は無理。マジで無理なんだけど・・・!」

ここまで3秒。

ものすごく長い3秒に感じられる。ここは精神と時の部屋なのだろうか。

「それ行け―!」

犬が、腕から放たれた時、一瞬思考が停止し、そこから動けなくなった。

「!?!?!?」

あまりにも予想外のことが起こると、脳が、状況を理解してくれないのだ。

俺の廊下を、キャンキャン吠えながら駆けていく茶色い物体。

一瞬俺は冷静だった。

(あとで、クイックルペーパーで掃除するの面倒だな。)

「いや、なんで?え、なんで?」

「触ってみて!この子めちゃくちゃおとなしいから。」

一応触った。ここが犬カフェだったら、少しは可愛いと思ったのかもしれない。

「ね!おとなしいでしょ!一度でいいから会わせたかったの!普段なら吠えてるのに、源さんに慣れてるのかなぁ???」

源「あー、うん、それはよかった。でもとりあえず、このマンション・・・ペット禁止だから、出してもらえる・・・?」

「あ、いいのいいの!一度会わせたかっただけだから。実家の車で来ているから、戻してくるね!」

バタン。

廊下には茶色い物体のステッカーが貼ってあるスマホ。

(え、家族で来ているのか・・・。)

ピンポーン。

ドアを開ける。茶色はいなくてよかった。

「部屋番号間違えたかと思った!スマホで電話しようと思ったのに、スマホないんだもん!」

これはいつも通りだ。

「とりあえず、夜はその辺でごはん食べるんでいい?」



昼とは打って変わって、夜風が気持ちよかった。

源「・・・あそこに止まっているのって、家族の車?」

「いやいや、違うよ~!忘れたの?水色の○○だよ!」

「あ、そうだったっけ?」

しばらく道を歩くと、右目の端で水色の○○をとらえた。

(え、まだ車いるじゃん・・・。一目見ておこう的な感じか・・・?)

あ、今日はこっちでいい?

「え、あ、うん。」

大戸屋はとてもおいしかった。



「今度、沖縄にいるいとこの・・・に会ってほしくて!もし・・・・

ああ、この子にはちゃんとしたビジョンがあるのだろう。

だが、俺には未来が見えない。

罪悪感。徒労感。嫌悪感。罪悪感。罪悪感。

普通に生きていきたかった。

ほんとは、幸せな冒険談を書きたかったのだが、そんな気分になれない。この旅はいつか終わりを告げるのだろう。

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