マーケティング・ジャーニー 変容する世界で稼ぎ続ける羅針盤 (日本経済新聞出版)(神田昌典著)
日本のトップマーケターである神田昌典氏によるマーケティングに関する本である。最新の事例が多数紹介されており、ビジネスをする人であれば誰もが役に立つ内容となっている。マーケティングは全てのビジネスマンにとって必須の知識である。特に、現代の誰でもできるデジタル時代には最重要スキルと言っても過言ではない。
シンプルにいえば、専門領域で経験を重ね、さらにマーケティング力を身につけていけば、鬼に金棒。
自分のことを考えていた「個人」が、顧客に奉仕することを通じて、「社会」と出会うまでの道筋だ。 つまり、社会に役立てる、自分の才能を見つけること──。これがライフ・ワークとの出会いになる。
まず、デジタル時代のマーケティングに必要なことは「絞りこむこと」だと筆者は言う。
このひとつに絞り込むというのが、デジタル時代にはぴったり合う。情報が爆発する中で、大半の商品は埋もれてしまっているが、あるひとつのカテゴリーで評判になれば、検索されたときに上位に表示されるようになる。個店にもチャンスはある。
絞り込んだ一つの例として鯖寿司専門店「鯖や」が紹介されている。「鯖や」はもともと海鮮居酒屋で、お客様の要望に応え様々なメニューを提供していたが経営はあまりうまいくっていなかった。しかし、メニューを鯖寿司に絞り込んだところ、それが話題を呼び、大ヒットにつながったという。
また、マーケティングで大切なことは、「顧客の痛み」を解決することだと筆者は言う。
本当に困っていることは言葉にできないものだ。家族にも友人にもいえない。 ところが、その困ったことをお客様から聞き出し、それを解決できるビジネスを思いついたら? あなたはどうするだろうか。
本書では、東北でM&A仲介業をしている会社が、顧客の「後継者の結婚相手が見つからない」という痛みに応えるために、結婚紹介業を始めた事例や自然食品を取り扱う会社が牛乳などのアレルギーを持つお子さん向けに「乳製品を一切使わないノンミルクのジェラート」を開発した事例などが取り上げられている。
顧客の要請に応えることを意識するあまり、戦略的ではなく無意識に商品ラインナップを増やしてしまい、収益性が下がっている。日本には、このような会社が実に多い。 それを解消するためには──。 お客様が持つ痛みとは何か? なかでも、他社にはマネできない、自社だけが持つ独自の力でしか解消できないことはないか?それを、徹底的に顧客に向き合って考え、絞り出すことだ。 結果、ひとつでも強みが浮かび上がってくれば、それは、今までのすべての商品を上回るほどのインパクトを持つ。 そして、それは日本だけにとどまることなく、世界から求められるようになる。
さらに、AIや機械化によって人が不要になるという論調もよく聞かれるが、AIや機械を導入することによって逆に人がより必要になった事例も紹介されている。
たとえば、近い将来、営業スタッフは要らなくなる、といわれていた。マーケティング・オートメーションを活用すれば、自動的に見込み客を集めてきてくれる、と考えられていたからだ。 ところが、現実には、電話をかけるスタッフが大量に必要になった。
たとえば、見込み客が関連資料を請求したとき、MAの場合は、その人に、自動でフォローのメールを送信する。しかし、そんなことをするより、見込み客へ1本の電話をしたほうがいい。しかも、30分以内に電話した場合と30分以後とを比較したところ、成約率に与えた差は、なんと100倍! 昔ながらのアナログなやり方のほうが、よほど効果的だというわけだ。
今、米国では、電話営業も訪問営業スタッフも、争奪戦。なぜなら、なぜなら、コンピュータが発掘した見込み客の成約には、「人間」が必要であることが明らかになったからだ。
最後に、私が本書の中で最も共感した箇所を紹介したいと思う。
前章では、「顧客」の痛みを、素通りすることなく考えた。顧客の状況について心を寄せれば寄せるほど、それは自分の状況を振り返るきっかけになるはずだ。なぜなら、私たちは、自分の経験や知識の中から、何か顧客に役立つものを引き出さなければならないからである。こうして人生の振り返りを続けていくと、「いったい、自分は何のために生きるのか?」という根源的な問いに入っていく。これは、海の底に潜っていくような感覚だ。そして、必ず壁にぶつかる。自分には、何もできることはない、と、今までの自信が、粉々に打ち砕かれるのだ。このようなどん底──実はそこが、創造の泉だ。 そうした暗い闇の中でも、希望を持ち続けると、ふとしたことをきっかけに、鳥肌もののアイデアが突然、生まれる。それは言葉では説明できない、世界とつながってしまったような感覚。大きな未来が突然、クリアに見えてしまった感覚で、MITのオットー・シャーマー教授は「プレゼンシング」と名付けている。これが、イノベーションを生み出すまでのお決まりのパターンで、例外はない。このパターンを知らないと、壁にぶつかった途端に、「もうダメだ……」とそこでゲーム終了。自分には才能がないと思い込んでしまう。そうではない。イノベーションは、ここから生まれるのだ。
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