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【書評】AmazonMechanism(アマゾン・メカニズム)―イノベーション量産の方程式 (谷敏行著)

2021年に読んだ本の中で最高傑作の本でした。新規ビジネスを立ち上げる上で目から鱗になるアイデアが沢山記載されています。アマゾンの哲学について述べられている本は沢山ありますが、本書はそれを体系的に学べる良書になっています。

著者である谷敏行氏は、アマゾンジャパンでエンタテイメントメディア事業本部長、アマゾンアドバタイジング・カントリーマネージャーなどを歴任された、アマゾンの哲学を理解している実践者です。

谷氏はまずアマゾンの強さを次のように表現しています。

常に「顧客」を中心にして考え、その満たされていないニーズは何かを追求し続ける。満たされていないニーズを満足させるためには「発明」が必要である。「発明」によりこれまでに存在しなかった大規模なイノベーションを実現していくには、それが既存のサービスや製品の「カイゼン」「進化」による持続的イノベーションでない以上、「長期思考」がなければならない。

つまり、「顧客志向」「発明」「長期思考」がアマゾン大躍進の秘訣であると言います。そして、これらの要素を達成するためにアマゾンで採用されている具体的なツールが「PR/FAQ」というアマゾン独自の企画書フォーマットです。

アマゾンでは、PR/FAQの書式を使い、さらに、そのPR/FAQをベースとして皆で議論する場が設けられます。そこで、「本当に顧客ニーズがあるのか?」「そのサービス・製品が提供するソリューションを顧客は本当に喜んでくれるのか?」を深く議論することができます。そういう議論を通して「普通の社員」たちの視座を上げる機能が、PR/FAQのフォーマットにはあります。 PR/FAQは、企画提案者と関係者の視点を、おのずと顧客に近付けていくツールです。この仕組みによってアマゾンで働く人々はおのずと「ワーキング・バックワード」へ、すなわち「顧客ニーズからスタートして発案する」というという思考習慣へと導かれていきます。
1)顧客は誰か?
2)顧客は、どんな課題を抱えているのか?
3)顧客の課題に対して、このサービス・製品が提供するソリューションは何か?
4)そのソリューションは、顧客の問題を本当に解決するのか?
5)顧客はこのサービス・製品を心から「欲しい」と思うか?

アマゾンではこの「PR/FAQ」をもとに新規ビジネスが議論されていくということです。そして、次のように、本書では議論のポイントが例示されています。

アマゾンの会議では、「自分たちが今、保有している技術や、数値予測できる短期的利益にこだわった小さなアイデアになっていないか」という問題提起が、頻繁になされました。「他社ではなくアマゾンがやることで、顧客により大きな価値を提供できるのか」という問いも、アマゾンの会議ではよく聞かれるフレーズです。
アマゾンでは、新規事業の立ち上げにおいて、「短期的採算性」や「市場規模分析」、「社内リソースによる差別化」から議論を始めないのです。

このようにアマゾンでは「顧客志向」が最優先の価値観とされています。アマゾンの「顧客志向」が普通のレベルではなく、異次元であるということが次の文章からうかがえます。

「顧客中心主義」を掲げる経営者は多くいますが、これらのベゾスの発言からわかるのは、ベゾスが求める「顧客中心」とは、これまでに存在したあらゆる企業を超えた「異次元の水準」にあるということです。
つまり、高い水準で顧客を中心に据える企業文化を作り上げることで、他の企業の模範となるということです。自分が生み出したアマゾンが先例となり、他の企業を変容させ、「顧客を大切にする」ということについての社会や文化の水準を向上させることまでを望んでいます。
アマゾンでは、「会社の利益を確保する」ことと「顧客を満足させる」ことを同列に扱いません。「顧客を満足させる」ことは別格の最優先事項で、いわば「聖域」です。顧客を満足させることは当然のこととして、その実現方法をまず考える。そこに結論が出た先で、企業としての利益をどう確保するかを考える。

「顧客志向」から始めるビジネス創出の例として、アマゾンゴー、キンドルの具体的な考え方についても紹介されています。

「アマゾンゴーのビジョンは明確です。現実の店舗における最悪な時間、つまり会計の列をなくすことです。待たされるのが好きな人などいません。私たちが思い描いた店舗は、入ってから欲しい物を手に取れば、そのまま外に出ることができる場所なのです」
べゾスの「キンドル」のケース
●「キンドル」によって「これまでに印刷されたすべての本が60秒未満で読めるようになる」というまったく新しい読書体験を提供できる。
●上記のような読書体験を提供できれば、顧客は「キンドル」を手放せなくなり、普遍的なニーズが表面化する。
●ほかの会社が「キンドル」を作るより、自分たちが開発したほうが、顧客の使いやすさや顧客が必要とする機能を深く考えることができるので、顧客にとっていい製品になる。

アマゾンではこれらの新規事業に対する考え方が組織の細部に渡るまで浸透しています。それは、アマゾンの幹部たちは自分で新規事業を立ち上げた実践者であり、幹部になっても新規事業の立ち上げを求められているからだといいます。

そんなアマゾンの社内には、新規事業を種まきの段階から数千億円、数兆円の規模に成長させる経験をしていたり、その経過をつぶさに見てきたりした社員が数多くいます。その人たちは、どんな大きなイノベーションもはじめは小さく始まり、大きな結果を出すまでには時間がかかるということを、経験的な実感としてよく知っています。だからこそ、短期的に結果が出なくても、大きなポテンシャルがある種が育つのを、3~7年という長い時間軸でサポートする自制心と辛抱強さを備えています。

最後に、ジェフ・ベゾスの異次元の水準での「顧客志向」に対する考え方がわかるメッセージを紹介して、本記事を締めたいと思います。

私が顧客について愛することの1つは、顧客はそれが神に与えられた能力であるかのように、満足しないことです。期待値がとどまることは永遠になく、期待値は上がり続けます。それが人間の摂理です。満足するという意味においては、私たちは狩猟・採集時代から何ら変わっていません。人々はよりよい方法に対してどこまでも貪欲で、昨日は「ワオ!」と感動したものが、すぐに今日の「普通」に変わります。そして私の見るところ、その進化のスピードは今までになく速まっています。それはおそらく、顧客がこれまでになく多くの情報に簡単にアクセスできるようになっているからかもしれません。

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