【小説】バベルの塔 序章

 ニムロデは、もし神が再び地を浸水させることを望むなら、神に復讐してやると言って威嚇した。
 水が達しないような高い塔を建てて、彼らの父祖たちが滅ぼされたことに対する復讐をするというのである。
 人々は、神に服するのは奴隷になることだと考えて、ニムロデのこの勧告に熱心に従った。
 それで、彼らは塔の建設に着手した。
 ……そして、塔は予想よりもはるかに早く建った。

 ヨセフス 「ユダヤ古代誌」より


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 ノアの洪水の後、人間はみな、同じ言葉を話していた。
 人間は石の代わりにレンガをつくり、漆喰の代わりにアスファルトを手に入れた。こうした技術の進歩は人間を傲慢にしていった。天まで届く塔のある町を建てて、有名になろうとしたのである。
 神は、人間の高慢な企てを知り、心配し、怒った。そして人間の言葉をバラル(混乱)させた。
 今日、世界中に多様な言葉が存在するのは、バベル(混乱)の塔を建てようとした人間の傲慢を、神が裁いた結果なのである。

 旧約聖書 創世記11より


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 ――いよいよ正式にオープンβとして発表される全感覚多人数参加型RPGについて

 上沢氏(以下上):それでは、対談形式で進めさせて頂きます。今回は開発ディレクターの坂上さんにお越しいただきました。

 坂上氏(以下坂):どうもお久しぶりです、本日はよろしくお願いします。

 上:では、まずは主旨に関しましてご説明させて頂きます。今回協賛で発表されました、全感覚多人数参加型RPG【Babylon】について、僭越ながら全国の方々を代表させていただき、私がご質問の方させて頂きます。それにしても、すごい反響のようですね!

 坂:はい、おかげさまで。それだけユーザーの方々が待ち望んでいたということでしょう、PCの前に座ってキャラクターを操作するというこれまでのものではなく、実際にゲーム内に入ってプレイするというゲームを、漸くお届けすることが出来ます。

 上:ゲームをやっている人間のロマンですからね。私も様々なゲームをこれまでやらせていただいて、実際2Dの時代から、3Dになり、画面から飛び出すような臨場感あふれるゲームにはまった世代ではあるんですが。今回のはレベルがやはり違いますから、興奮してしまいます。 
 ……ところで、今回クローズドβテストが完了し、来月から正式リリース前のキャンペーン企画として、先行で抽選で当たった方々の為に運用が始まるんですよね? 今後のスケジュールを伺ってもよろしいでしょうか?

 坂:ええ、これはまだログインする為の施設が、クローズドテストで使用したもの以外は全国で完成し切れていないためためなんですが、まずは先行キャンペーンとして行わせていただきます。まだ、すべての皆様に体感していただくことはできないのですが、来年の春にはオープン版としてリリース予定ですので、全国の皆様にお楽しみいただけると思います。

 上:私も応募したんですが、当選することができませんでした。早く春がきて欲しいですね。

 坂:それは残念でしたね……もっとリアルラック値を上げないと(笑)

 上:そこからですか(笑)。――では、本題に入らせて頂きまして、【Babylon】のシステムの特徴といえば、どういったものになるのでしょう?

 坂:端的に言うと、『言葉』が重要になるRPGですね。

 上:言葉、ですか……?

 坂:ええ、名前からも推測されるとおり、旧約聖書に出てくる『バベルの塔』をモチーフにしています。上沢さんは『バベルの塔』、ご存知ですか?

 上:名前は知っていますが、具体的には……不勉強で申し訳ないです。

 坂:いえいえ、私なんかも今回初めて知った口ですから。開発メンバーにそういう雑学知識に溢れている男がいましてね……余談なんですが、そいつは一般応募で何と引き当てたようで、今回のキャンペーンに参加するみたいです。
 いや、お前関係者だろ、枠取るなよ、仕事しろよ、と言いたい事は山積みなのですが。要項に関係者以外とは書いてない上に、そいつは確認のためのテストユーザーからは外れていましてね、土下座して頼み込むわけですよ(苦笑)。

 上:あはは、でも、個人的には気持ちはわかる気がします。 

 坂:確かにそうなんですけどね。話がそれましたね……簡単に言うと、昔、人間には一つの言葉しか無かったそうなんですよ。誰もが話す言葉は同じで、今のように国ごとに違いは無かった。
 誰もが、遠く離れていても言葉は通じていたわけです。

 上:ほう。

 坂:そして、その時代、神に隷属することを嫌った人間たちが、神に届くような天高くそびえる塔を建設します。しかし、その人間の傲慢さに怒った神が、そんな人間の言葉を『混乱-バラル』させました。
 その結果、お互いに意思疎通の測れなくなった人間たちは、それまでのように意見を統一することができなくなり、現在、多種多様な言語が存在するのは、人間の傲慢さを神が裁いた結果なのだとか。

 上:成程、面白いですね。それで、その世界観の中、具体的には今回取り入れられたシステムというのはどのようなものなのでしょう?

 坂:中心の街、バベルには、実際に『バベルの塔』が存在します。ゲームの目的としては至ってシンプルでして、その最上階、100層に辿りつければ、エンディングとなります。しかしですね、各階層にはそれぞれ封印された言語で読まなければならない『言霊』が存在します。また、封印された『言霊』を開放するまでは話すことのできないNPCノンプレイヤーキャラクターも存在します。『言霊』は街の外のフィールドに存在するし、ダンジョンの奥に存在する。それらを開放しないと、次の階層には登れません。また、開放することにより、更に世界が広がっていきます。

 上:うんうん、それで言葉が重要になるということですか。言葉のわからないNPCもいるというのは面白いですね。開放されるまで何のためのNPCなのかわからないというのも。

 坂:そうですね、後は、今回のシステムでは既存のコマンド型やメニュー選択型とは異なり、音声認識システムが採用されています。これは、PCの前に座って操作する鳥瞰型の視点とは異なるからですね

 上:確かに、目の前にモンスターがいるのにメニューを開いてる場合じゃないですからね。

 坂:その通りです。ですので、呪文の詠唱であったり、技名の発声が必要になります。そして、特に呪文の詠唱では、特定の言葉をつなぎあわせて自分だけの呪文を生み出すことができます。

 上:おお、それは凄い!

 坂:フィールドに散らばる『言霊』を開放するごとに、より強力な技であり呪文が使えるようになります。自由度が高く、各ユーザーが主人公となれるように様々な配慮がなされた設計になっていますね。
 それに、今言ったのはあくまで一部で、戦闘だけではなく、鍛冶屋や料理人のような生産スキルも充実していますので、ただ生活するということも楽しめる作りとなっています。ですから、今回が初めてという方にも敷居は低くなっていますよ。

 上:ますます早くやりたくなって来ました。では、内容については後は実際にプレイするまでのお楽しみとしまして(笑) 話は変わりますが、今回は安全面についても指摘がなされていましたがその観点についても、コメントを頂けますでしょうか?

 坂:やはり世界初、ということでそういうご指摘があるのは当たり前ですね。ただ、今回用いる技術は、元々は医療技術として開発されたものであり、更には過酷な環境に身を置く宇宙飛行士さんたちのための技術でもあるんですね。

 上:つまり、既存技術の流用であり、十分に検証されており危険性はないと。

 坂:もちろんです。それでも、やはり人のすることですから、ミスや事故など、何かが起こる可能性はゼロには成り得ません。……そこで、『アル』の出番です。

 上:『アル』というのは噂されているAIに付けられている呼び名ですよね?

 坂:そうです、彼……普段話していると、もう彼という人格に思ってしまうほど優秀なのですが、『アル』はほぼ世界一といっても良い演算能力と思考能力をもつAIです。元々は軍事用に開発されたということなのですが、とある経緯で、我々にとっては運の良いことにこのプロジェクトに参加してもらうことになりました。

 上:今では様々な分野でAIたちの活躍が報じられていますからね。私も仕事のスケジュール管理だけでなく、プライベートでも消耗品の自動注文、配送など様々な場面でAIにはお世話になっています。でも、彼、と呼ぶほどに人間的なのは珍しいですね。

 坂:ええ、私も最初のうちは驚きました。『アル』はネットワーク環境から様々な言葉や感情を仕入れては自分のものにするんですよ、冗談も通じたりしますしね。
 ――これは余談ですが、あるスレッドから「ktkrキタコレ」だとか「orz(土下座にみえることから、失敗したorz などと使われる)」だとかを学んで会議中に使ったりした時には呆れを通り越して笑ってしまいましたよ。

 上:それは……凄いですね(笑)

 坂:そんなお茶目なところもあるのですが、彼は本当に優秀です。ですので、彼と担当に人間数人で、トレースしているので、何か健康的に問題があればすぐに発覚します。また、モニタリングもバックアップも万全です。

 上:成程、つまり、今回の夢のような企画は、かつては夢であった人とAIの合作でもあるわけですね。

 坂:そうですね、うまいことまとめますね。

 上:いえいえ(苦笑)。でも、そろそろお時間ですので、ここまでにしましょう。興味深い話など、ありがとうございました。

 坂:こちらこそ、ありがとうございました。では、私どもも鋭意努力させて頂きますので、本リリースまでしばしお待ちください。

 ~オープンβ先行キャンペーン開始一月前。 MMO通信談話 より~


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