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十全十美、緋田美琴

はじめに

「路傍の石、七草にちか」は多くの方に読んでいただけたようでとても嬉しいです。まだキャラクターが出たばかりということもあって、考えをまとめるための叩き台のような形で、全体的な考察が求められているのかなという感じがします。

ということで美琴編です。美琴については、気になるトピックについてにちかとの対比の中で語ることも多いと思いますので、美琴の『W.I.N.G』だけでなく、にちかの『W.I.N.G』に関しても多くのネタバレが含まれます。まだプレイしていない方は二人をプロデュースしてから読むことを強く推奨します。

にちか編はこちら

普段やってる「シャニマスのコミュ全部読む」という企画の記事はこちら。

call

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にちかは「素質を持っていないけど、アイドルになりたい子」だったわけで、いきなり対照的な一文ですね。

――ねえ、プロデューサー 
私、アイドルになりたいの
...死ぬほど

自分が試されるということにためらいがない、という点ではにちかと対照的であり、「死ぬほど」アイドルになりたいとまで言う、アイドルへ固執した態度はにちかとよく似ています。

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『PiCNiC BASKET』での美琴さんの最初の発言。にちかの『W.I.N.G』編の「may the music never end」では「そうだよ」というタイトルのレコードに「そうなの?」という八雲なみからの問いかけが書かれていたことが、にちかの信仰を相対化する一助となりますが、様々な面でにちかと対照的な美琴さんがそのことと同じような働きをするであろうことが示されているようです。そしてその逆もまた然りだと思います。

また、ついでに言及するなら「ちゃんとカメラ入れてもらいましょう」とアイドルは「商品」という目線で見ているにちかや、「事務所がそれでいいなら」と人との交流や、自分の消費のされかたに関心のない美琴の態度は象徴的です。二人が「ただのピクニック」をどう捉えているか、そしてそれがこれからどう変わっていくか、ということは非常に重要だと思います。

こうして『W.I.N.G』に参加できることも
そこで、正しく評価してもらえることも
きっと、当たり前じゃない
(中略)
私は、当たり前のことだとは思ってない
...そうじゃないって、知っているの

「この世界、当たり前のことなんて ひとつも無いと思うの」と語る美琴は、活躍の機会をもらえることや、誰かに支えてもらえること、応援してもらえることを「当たり前じゃない」と感じ、感謝しています。しかし、彼女の言葉には嘘があります。彼女が当たり前だと思っていることがひとつだけあるのです。

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美琴にとって、自分が限界まで努力することは「当たり前」なのです。プロデューサーが「美琴が毎日積み重ねてる努力も当たり前のことなんかじゃないもんな」と声をかけますが、何も答えず、複雑そうな笑みを浮かべるのは唯一当たり前だと思っていることを、ピンポイントで言われたことへの戸惑いもあるのではないでしょうか。

活躍の機会をもらえること、誰かに支えてもらえること、応援してもらえることを「当たり前じゃない」と考えている、ということは、裏返せば活躍の機会をもらえないこと、誰かに支えてもらえないこと、応援してもらえないことを「当たり前」だと考えているということでもあります。つまり、彼女は他者に一切期待をしていないのです。

...正直、納得できないよ
美琴ほどの実力があって評価されないなんて...
どう考えたって、おかしいと思う
...プロデューサー、ごめんね

シーズン1(失敗)でプロデューサーは、ファンや審査員に対して「美琴の魅力を分かってくれるんじゃないか」という期待があったからこそ、それが裏切られることで失望を感じていますが、美琴はそもそも他人に期待をしていないため、失望など感じようがありません。むしろ、自分のパフォーマンスが至らなかったと、プロデューサーに対して罪悪感を抱いてすらいます。

これこそが美琴の最大の特徴です。異常に他律的だった七草にちかに対し、緋田美琴は異常に自律的であると言えます。年相応に落ち着いた性格の裏には、14歳から10年間もパフォーマンスの向上に取り組み、他者からパフォーマンスを称賛されるにも関わらず、それが結果に繋がってこないという経験から形作られた、非常に乾いた世界観が隠されています。

このことはほとんどのコミュがレッスン室で行われているということとも関係してくると思っています。レッスン室には自分と、自分のパフォーマンス以外存在しません。他者に一切期待しない美琴にとって、自分以外はいないのと同じ。オーディション会場も、ステージも、彼女には自分一人しかいないレッスン室となんら変わりない場所に見えているのではないでしょうか。彼女はレッスン室に入り浸りますが、逆にレッスン室から抜け出せずに苦しんでいるようにも見えてきます。

sincere

美琴!
...! ...びっくりした
(中略)
いいや、そういうことじゃなくて
...? じゃあ、使っていてもいいの?

他者からの呼びかけに気付かない、他者からの心配に気付かない、と根本的に美琴の世界には美琴しかいないことが繰り返し示されます。

「昨日できたことが、今日絶対にできるとは限らない」

「call」で触れそこねたところなんですが、このセリフも美琴さんの孤独さを強調するものであって、他人をあてにしない美琴さんにとってやるべきことは自分のパフォーマンスを磨くことしかないんですよね。

そして美琴さんはプロデューサーが認めるほどのパフォーマンスを発揮しており、昨日100%だったものが今日70%になってしまうかも、というものではなく、昨日99.74%だったものが今日99.68%になってしまうかも、というようなかなり偏執的なものであると予想されます。

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「プロデューサーが認める」という点についてですが、プロデューサーはアイドル自身の理想を最も重視し、それぞれが自分らしい輝きを見つけられるように手助けをしています。

美琴は「歌とか、ダンスとか...パフォーマンスでみんなに感動を与えるようなアイドルになりたい」と自身の理想が非常に明確であり、それを体現するような実力も兼ね備えている、プロデューサーにとっては完璧と言っていいアイドルです。それ故、プロデューサーは美琴に差し入れしに来るものの(それが非常に重要ですが)、技術的な指導をすることはありません。

逆ににちかのように他人の理想に合わせようとする姿には疑問を覚え、どうすればいいか迷うことになります。「on high」でにちかがレッスン室を帰らされてしまったのに対し、「...わかった」から続くコミュでは「まずは美琴が思うように、やってみてくれ」と信頼されているのが対照的です。

俺が、美琴を応援するのは 
当たり前だと思ってくれて、いいからな
......!

美琴は意識の上では「誰かに感動を与えたい」という理想を掲げていますが、無意識において、その「誰か」に対して期待もしていないし、何も求めていないという矛盾を抱えています。

ここには意識の上では「はづきの妹」であることで自分を価値付けようとは思っていないにちかが、しかし無意識の上では「はづきの妹」ではない自分は何者でもないと考えているために、他のどの事務所でもなく283プロを選んでしまうというような、意識と無意識の乖離があるように思われます。

私は美琴の『W.I.N.G』をプロデュースしていて、「にちかと比べて魅力がないな」という感想を抱きました。初めはそれを「アイドルとして完璧すぎて、伸びしろが薄い」からだと思っていたのですが、今は「ファンに期待していないアイドルをファンは推さない」という部分もあるのだと思っています。

自分を守るため、他人に期待しない美琴(この部分においては非常に円香に似ていますね)を見て、ファンは「この人は自分を求めてはいない」と直観し、しかしその直観を自覚している訳でもないために「美琴さんは何となく推せない」というような感覚が生まれるのかな、と考えています。

しかしだからこそその解決策も明確で、「期待を裏切られるかもという恐怖を克服し、勇気を出して手を伸ばすことが出来るか」、それが美琴編の主題と言っていいと思います。引用した部分でプロデューサーが語るように、まずはプロデューサーという他者を信じられるかどうか。というところから始まるのではないのでしょうか。

bygone

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過去にユニットを組んでいた斑鳩ルカとの対面ですが、不明なことが多すぎてここについて語れることはほとんどありません。ただ「さっきの子って...」から続くコミュにおける「ううん...ルカはもう、ひとりでちゃんとやってるから」という認知の歪み。これはなかなか凄まじいものがあります。

ディレクター曰く「ピリピリ」した態度を周囲にぶつけ、美琴を見れば突っかかってくる斑鳩ルカは、明らかに他者を必要としています。「誰にも期待せず、手を伸ばそうとしない」美琴に対し、ルカはイライラを態度で表明することで周囲が自分の心情を推し量ってくれることを「期待」していますし、美琴に突っかかることで「敵対」という関係を結ぼうと「手を伸ばし」ています。

それに対し美琴は「ルカには関係ない」とその手を振り払い、「ルカはひとりでちゃんとやってる」と嘯くのです。これは斑鳩ルカという「期待を裏切られるかもという恐怖を克服し、勇気を出して手を伸ばした未来の美琴の姿」を美琴自身が否定してしまうという非常に残酷かつ象徴的なシーンとも言えます。

もちろん「期待の仕方も手の伸ばし方も間違ってる」というのは全くその通りですし、ルカを反面教師にして今の美琴さんの考え方が養われてきた、ということもあり得ると思います。ただなんにせよ、プロデューサーがレッスン室に差し入れを持ってくることによって「美琴がここにいるって知ってる。美琴に期待してる」というメッセージを与えてくれたように、ルカの敵意を認めることで、ルカの存在に対して承認を与えてあげることが、美琴の世界に対する不信を払う第一歩だと考えます。

stage

上京してきて、こっちの学校に通ってたけど
学生時代の思い出なんて全然なくて
記憶の中は、ほとんどレッスン室の背景なの ...笑っちゃうけど

めちゃめちゃ切ない...。エピソード自体もそうなのですが、14歳からずっとレッスンに打ち込んできたからこそ、パフォーマンスが上手なだけで個性の無いアイドルになってしまっているのもしんどいところです。

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「一緒に行こう」では「...そうだね、プロデューサーを連れて行ってあげないと」と発言していて、自分のための理想でしかなかったアイドルという夢に、「プロデューサーに恩返しすること」という他者のために頑張ろうとする姿勢が入ってきていて、美琴の世界が少しずつ開けてきている様子が見て取れます。

「必ずなれるよ」では「...うん、私も、そう信じてるの」と返しており、「by gone」で示したような八雲なみとの対比が明確です。SHHisの2人は八雲なみのスピンオフとしても読めるというか、「八雲なみが自分の理想を突き通していたら」を緋田美琴で、「八雲なみが『靴に合わせる』ということと上手く距離を取れていたら」を七草にちかで突きつめることを通して、「アイドルとはどうあるべきか」という命題に取り組もうとしている感じもありますね。

そう考えると「わたし<she>がわたし<she>になる」というSHHisの紹介文はわたし(=にちか)と<she>(=「八雲なみ」)の間で引き裂かれるにちかを暗示するだけではなく、わたし(=八雲なみ)と<she>(=偶像としての「八雲なみ」)の間で引き裂かれた八雲なみの人生を、にちかや美琴が幸せな形で生き直すことによって、八雲なみ、ひいては天井努にとっての救いとなることが出来る、という希望を見出すことも出来そうです。

become

完璧じゃない方が応援したくなるし
歌えなくても踊れなくても、どんな振る舞いをしてたって
見た目が良くて、個性があって、
キャラが立ってて、推せればいいんだって

『天塵』においてテレビ出演したノクチルを強く想起させるような文章です。自分もパフォーマンスが高くて人間がよく出来ている美琴さんよりも、パフォーマンスが未完成で、未熟さも残るにちかの方が直感的に「推せる」という感覚はあり、そういう選択がある意味「当たり前」になっていたことを、美琴さんのセリフで気付かされるという部分はありますね。

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......ねえ、プロデューサー
アイドルって、どうやったらなれるんだろう ...…難しいね
..... 
美琴はもう――... 
......いや 

ここの選択肢は圧倒的に「なれるよ」が好きですね。「sincere」でも書いた通り、プロデューサーは美琴のことを理想的なアイドルだと感じているので、「美琴はもうアイドルだ」と言いたいところなんですが、そう言ってしまうと「アイドルになりたいんだけどなれない。難しい」と感じている美琴は、自分の感覚を否定されたと感じてしまいます。

夫婦の会話とかでもよく聞く話ですね。「今日寒いね」と言われたら「そうでもなくない?」とか返すのではなく「ああ、寒いね」とまず共感を示してほしい、みたいな。暑いか寒いか事実ベースで喋りたいわけじゃなくて自分の感じていることへの共感が欲しいんですよね(ちょっと例えとしてずれてる気もしてきましたが)。

準決勝前後

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他者に期待せず、自分の理想を自分の力で叶えようとしていた美琴が、自分からプロデューサーの応援を求めたことは、非常に大きな変化と言っていいと思います。美琴は今、プロデューサーからの応援を期待しているのです。

準決勝後では、「なるべく大きく、一歩踏み出せたらいいな」と語るのが印象的です。円香にも通じる話ですが、「失敗の恐怖を乗り越え、勇気を出せるか」という部分が非常に大事だと思います。

決勝前後

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「stage」で提示された「大きくて眩しいステージ」という言葉は本編で何度も使われていて、これからも美琴のキーワードになりそうです。

俺、本当に感動してさ... すごく心に響くパフォーマンスだったよ!
...えっ あ、ああ、うん

レッスン室を想起させるような(集中してる美琴がプロデューサーに話しかけられたときのパロディだと思います)やりとりを使って、レッスン室から抜け出しステージに立てたことの衝撃と感動を描いているこのシーン、非常に心憎い演出です。

on

「誰かに感動を届けたい」と思っているのに、その「誰か」のことを信じていないという矛盾について、「sincere」では美琴がそのことについて無意識であると書きましたが、敗退したことを受けて「ちゃんと私らしい」と自嘲する美琴を見ていると、その矛盾に薄々気付いているのかもしれない、とも思えてきます。

my name

レッスン室を抜け出して公園に佇む美琴。灯織のように優勝後にもレッスン室、という形にしないのは、「自分一人しかいないレッスン室」を抜け出せたということを強調するためではないでしょうか。「いつもこうやって呼んでくれてたの、初めてちゃんと聞けたかもしれない」というセリフもその流れで読めそうです。

「ふっ...あはは。そんなに、叫ばなくても」と声をあげて笑う美琴は印象的です。そういえば微笑む、とかはあっても声をあげて笑うのは初めてですね(敗退の自嘲を除けば)。

...... プロデューサー、私...
もっと、早く プロデューサーと――...
.........
――ううん、多分 今だったんだね

美琴~~~!!!ここ、すごく好きです。すごく好きということをそれ以外の語彙で伝えたかったんですが、無理だったのですごく好きですとだけ言っておこうと思います。

おわりに

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SHHisの衣装名に隠された意味、紐解いちゃうぞのコーナー始めますねー!

画像は例のごとく下記URLからです。前回はジェムシリカについてでしたが、今回はシルキーの意味についてです。
「silky」には(態度などが)洗練された、丁寧過ぎるという意味があり、それらは主に悪い意味で使われるそうです。完璧すぎて推しづらい、美琴の第一印象と共通するようなニュアンスを感じます。

美琴に対し、最初に感じていた感想は「にちかほど面白くないキャラ」というあまりにもな感じだったのですが、「誰かを求めていない」ことがどうやら自分にとって魅力が無いの原因の一つだと気付き、「期待を裏切られるかもという恐怖を克服し、勇気を出して手を伸ばすことが出来るか」というテーマに辿りついてみて、とても普遍性のあるテーマだと感じました。

自分が美琴に魅力を感じていくプロセスを、そのまま美琴の成長のプロセスだと考えてみると面白いような気がするのと、やっぱり福岡公演でのステージが美琴のキャラクターを完成させる上で非常に重要なものになるというところがあります。マジで現地行かせてくれ。

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