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NARIKIN SHOW TIME

前話「軍師繋がりがナッシング(回文)」
https://note.com/footedamame/n/n7f54497e2328



10日ぶりくらいに髭を剃る。途中で電動シェーバーの充電が切れて、マンション1階のコンビニに7枚刃の髭剃りを買いに行った。
なぜか念入りに、10本程度ちょろりと生えた胸毛も剃ってみる。ついでに、誰にも触られることもない乳首をなぜか毅然と守り続ける毛にもその役目を終えて貰った。汚い腹の毛は、もじゃもじゃしていて面倒そうなので手入れはやめておいた。……それまで心地が悪かったわけでもないのに、医療全身脱毛を完了させたような清々しさに全身が包まれる。

2-3時間食事をして、カヲリさんとサークルの後輩たちに会うだけだ。
学生の頃は、毎日のように、へたすれば1日に2度もあったような普通の景色に再会するだけなのに、いったい何がこんなにも自分を緊張させているのだろう。
ニュー・ノーマルな暮らしへの適応?カヲリさんに会わなかった期間の長さ?……いや、どちらも違う気がする。
カヲリさんとの何かを期待しているでもないのに、…というか、ぼくのことなんて知らない人や動画を見たことのない人ばかりの集団からしたら、ぼくは得体の知れない広告収入で暮らす34歳の小汚いおじさんなのだ。
―—ああ、そうか……。
「変な人」の看板を掲げて生きているのに、そして、はじめましての人にはなるべく「変な人」として出来る限り強く記憶されなければいけない仕事をしているにも関わらず、心のどこかではまだ、仕事の外で「どうやらこの人はほんとうに変な人らしい」と思われることを、心の底から恐れているのだ、ぼくは。

酔い止め、財布、携帯電話の予備バッテリー、カメラ、レンズ、カメラのサブバッテリ、ノートPC、簡易レフ板……、動画投稿者が持ち運ぶ物はやけに多い。誰が決めたのだろう。……いや、自分でしかないか。
旅行用の鞄の底から出てきた、同じ古参動画投稿者の著書。挟んだ栞をめくると、こんな一説が自分の顎を的確にストレートで殴ってくる。

たった5分の動画だとしても、その裏には数日間の企画、3時間の撮影、5-6時間の編集、20分のアップロード時間が隠れていることが少なくない。
3時間かけて撮った物を、1時間半程度の動画にして流す方がもっといろんな僕が見えるだろうし、投稿を続けるのは簡単になるのかもしれない。でも、今の僕はそれをすべて5分にまとめて公開してしまいたい。
「狂ってる」なんて当たり前だ。1時間の入学試験のために3年間を費やす受験生と同じように、「それが生まれるまで」に費やした時間を日々試されているのがこの仕事なのだ。
だから無邪気に「ラクそうだね」と思われても、そう言われてもあまりイラっとはしないし、反論もしないことにしている。ぼくだけがその5分の価値を知っていればいいと思っているから。(ここに書いてしまったけれど。)

僕のことを本当に知っている人なんて、世界中に僕一人しかいない。
だれかと繋がり続けようとしなければ繋がれないこの仕事で、新しい人と出会うチャンスをもらったのなら、ただひたすら謙虚に接する。このことだけは絶対忘れない。


どれだけ僕のことをを知ってくれている人が増えたとしても、その誰かの善意に甘え過ぎず日々まともに振舞っていなければ、「あの人はいいひとだよ」と信じてくれた人、紹介してくれた誰かにまで大きな迷惑をかけて、恥をかかせてしまうことになる。それだけは避けたい。
僕が過激なネタを執拗なまでに避けて、カメラの前で馬鹿みたいに騒いだり、芸人でもしないような変顔リアクションをするのは、こんなふうに思っているからだ。

エンターテインメントとは、「笑わせること」に尽きる。

著 成田 省伍(a.k.a.NARIKIN SHOW TIME)『僕の仕事はextremer』

さすがは、"レジェンド"と呼ばれる業界の大看板なだけある。6年前に書いている言葉が、時が経つほど重みを増している。

ぼくは今一度、この仕事と自分の立場を噛み締めた。
今日は、ただのサークルの後輩だと思わず丁寧にご挨拶しよう、お話をよく聞こう。上品に振舞おう。また会いたいと思って頂ける人であろう……。……ってあれ、一昨年作った名刺、いったいどこにしまったんだっけ…………。


今夜の集合は18時半。今はまだ16時過ぎ。
おととい気が変わって、急に仕事の都合がついたと話し、結局リアルに居酒屋で会うことになった。
こういう日って、腹ぺこで行っていいんだっけ、いやでも、お腹いっぱい食べることを楽しみに(つまり、ぼくに会うことなんかは二の次に)来る子だって多いはずだ、ぼくはその場にいる人とただ楽しくお話しよう、誰かのお話を聞こう……。はじめてのデート前の中学生のように、部屋のあちらこちらをウロウロしながらチョコを食べる。

昔から、初対面の人が大勢いる社交の場は苦手だ。自分で勝手に60点の応対を0点だったと決めつけて恥じ入ったり、四方を気にしすぎて疲れ果ててしまうのだ。ああ、そうだ……。カヲリさんに会うのが怖かったのも、「二人きりで再開することは無いかもしれない」とどこかで分かっていたからなのだと気づく。やっぱりそうだった。その通りになった。

30分探して諦めた名刺は、結局玄関の鍵置きの横に置いてあった。たぶん最後に持ち歩いたのは数ヶ月前。いつの間にか景色の一部になってしまっていたのだろう。自分の動揺具合に呆れて笑ってしまう。

部屋を出る。もう一度マンション1階のコンビニに入ってお茶を買う。
少し暑いかな、と感じる上着で出てきてしまったけど、夜20時過ぎの解散ならこれで丁度いいくらいのはずだ。…勝手に決めた今日のテーマは「変わったぼく」「大人になったぼく」のはずなのにな、ぼくはいまだに、数週間しか着る機会のない春物や秋物の服を買えずにいることに気付く。

上着が暑すぎて、久々の電車に乗って2駅で見事に酔った。情けなさすぎる。現在17時20分。もう最寄りの駅に着いてしまった。気持ち悪さを紛らわすためにカフェで緑茶を飲む。そこそこお腹を空かせた方が、相手も気を遣わないだろうと思ったのだけれど、コンビニで買った500mlのお茶も飲みほしてしまって、なかなかお腹が膨れてきたぞ。
……ぼんやりと過ごして、10分前くらいにお店の前に行こう。

……。落ち着かないな。
ここがカフェだから落ち着かないのか、カフェで手持ち無沙汰だから落ち着かないのか、今日だから落ち着かないのか、……いや、そもそもぼくが家の外で落ち着いたことなんてあったっけ?

そんなことを考えていると、あっという間に18時近くになっていた。

そういえば、久々にカヲリさんに会うのに、話したいことや聞きたいことをまったく考えていなかった気がする……。…いやでも、二人で話す場ではないんだから考えなくてもいいのか……

「あっパイセン!早く着いたんですか!?」

トレンチコートに身を包んだカヲリさんが、変わらない声で僕に話しかけた。

「……えっ怖っ!!ハハハ!!すみませ~んお久しぶりですー、私も早く着いちゃって!」

「あっ、いやごめんね、カヲリさん久しぶり!」

彼女のことを考えていたタイミングで急に話しかけられたことに驚いて、彼女を物凄い形相で睨みつけてしまった。

「座っていいですか?」

「あ、うん、お願いします」

「お願いしますって!!アハハハ」

「どうぞ、どうぞ……」

すっかり冷めたお茶を飲み干す。

「あの、今日はありがとう、これ、名刺です。私こういうものです…」

「アハハハ、え!?ありがとうございます!!えーっ、これも貰っていいんですか!?」

サークルで初めて会った日も、ぼくは彼女に名刺を渡した。当時同級生と組んでいたお笑いコンビ「クメマッツ ツッコミ担当・久米悟」と書いた、信じられないくらいダサい名刺。

「まだ持ってるの?捨てていいよ、恥ずかしいから…」

「捨てないですよー!!今日もちゃんと持ってきました!!」

ちょうど沈む西日がまぶしい。逆光の中でも、彼女の笑顔はそれ以上に眩しくて目の奥がツンとした。そして少し、まだ残る電車酔いを思い出して僕はまた眉間に皺を寄せてしまう。

「じゃあそろそろだし行きましょうか!!そろそろみんな集まってきてるみたいなんで!」

空になったぼくの紙コップもサッと取って、彼女は都会を歩く人と同じスピードで歩き出した。交差点から見える巨大スクリーンでは、NARIKIN SHOW TIME くんがデジタル配信限定ニュー・シングル『パパラッチョ』を歌っていた。


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「ぬるいスープを飲みながら」
https://note.com/footedamame/n/n0616c32b6de3

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