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ぬるいスープを飲みながら
前話『NARIKIN SHOW TIME』https://note.com/footedamame/n/nbda2a69b4a46
"自分の人生に何が起きているかわからない"
"理解できてはいるけれど、心が受け入れきれずにいる"
そんなことをこれまでも何度か経験したことがある。
一度目は、幼稚園の途中で家を引っ越し、通う園が変わったこと。
もうそのころの友達や先生の顔も名前も憶えていないけれど、ぼくはあのとき、大切ななにかを喪失することの痛みを人生で初めて知った。……ような気がする。
新しい公園で新しい友達とキャーキャー遊びながらも「ここはどこなんだろう…」「あの場所に戻ることはあるのかな…」と、頭の片隅で思いながら過ごした。
すこしでも新居での生活の戸惑いやストレスを減らすために、母親は当時、新しい部屋でもぼくのおもちゃの収納や家具は新調せずに、レイアウトも極力前に住んでいた借家と同じにしてくれたことで、ぼくは小学校入学を無事に迎えることができた、そうだ。
今でも引っ越してから一週間以内にかならず風邪をひくし、動画の再生数も伸び悩むから、ぼくは住環境の変化に弱い人間なのだと思っている。
ぼくがこれまで撮った動画のうち、サブチャンネルの内で再生数が圧倒的1位の動画が、『4歳の頃に遊んでた公園が、まだあった』だ。
引っ越す前にぼくが遊んでいた公園。昔はもうすこし遊具が多かった記憶があるが、時代の波に乗り撤去されたのだろう。がらんと広く、でもボール遊びは禁止。今の子供たちは何をしているのだろう、公園の思い出って何なんだろう、そんなことをダラダラ話している動画が、500万回再生を超えている。
……二度目は、だいぶ時間が飛んで、大学受験と大学1年生の1年間。
他のすべり止めの大学をすべて落ちたのに、無理だと思っていた第一志望の大学だけは合格した。
諦めていたから考えもしなかった一人暮らしの部屋は、あれよあれよという間に内見なしで決まり、課題に追われる日々が始まった。
常に「忙しい」という気持ちもなく、成績は良い方だったと思うけれど、あの日々を「楽しい」と感じることはなかったし、あまり記憶がない。
きっと、自分が大学生になったということを心が受け入れきれずに退学してしまったのだと思う。
三度目は、前の彼女が家を出て行った時。
20代、いつ死ぬかわからないこの先の人生をずっとふたりで住むものだと、結婚を前提に強い気持ちで同居を決めた訳でもないのに、心のどこかでそんな期待をしていた。
「別れるって、なぜ?」「家賃を折半して都会に住みたかっただけだった?」「ぼくのことが本当に好きだったから?」
自問自答したところで彼女しか知らない答えを、ブツブツと紙に書いて予測してみたりと、実りのない日々を2年くらいは過ごしていたように思う。
吹っ切れたのは、昔のメッセージを読み返して、「ふーん」という返事があまりにも多いことに気付いたとき。付き合う前からそうだった。
彼女にとってはそれが居心地の良さのひとつだったのかもしれないけれど、ぼくはもっと、喜びも悲しみも分かち合える人とこの先を一緒に過ごしたい、と強く感じて、もう彼女に未練を持つことはやめた。というか、未練が自然となくなった。
そして四度目は、まさに今受け止めきれずにいること。
……カヲリさんが、ぼくに朝ごはんを作ってくれている。
「あの」
「はい」
「…悟さんって、朝にお米食べる人ですか?……あっごめんなさい、いつもより早かったですかね」
「え…………食べるよ、普通に食べます、なんでも」
「あっハイ、すみません勝手に作っちゃって…図々しいですね!!」
「いや……ありがとうございます。昨日のハイボールも美味しかったから」
「朝ごはん、食べますか?」
「うん、食べます……その辺の使い方わかる?色々」
「たぶん大丈夫ですけど…わからなかったら聞きますね」
「あの、冷蔵庫に…たぶん奥の方だと思うんだけど、シャウエッセンがあるから……賞味期限とか大丈夫かな」
「昨日見ましたけど大丈夫みたいでしたよ、……あんまり料理とかしない人ですか?」
「えっ……どうだろうなあ、暇だから最近は毎日……あ、でも家で揚げ物は絶対にしないって決めてる」
「アハハ、私もです、臭い取れないですよね、…じゃあ作るんで待ってて下さい」
「あの、紙皿と割りばしあるから、よかったら使って」
「はい」
昨日帰宅したままの服で、ソファに横になりながら携帯を見る。
7時22分、携帯の充電は残り19%だった。
「はい、……勝手に作りましたけど、よければ…」
「なんかありがとう、すみません…………ホテルみたい」
「……そうですかね?」
「うん、…………すごいよ」
カヲリさんが、割りばしを割る。
「カヲリさんは、今日これから仕事?」
「あっいえ、休みです……私は」
「そっか、……そうなんだ」
「ごめんなさい、食べたら出ますね、お仕事あると思うので。……昨日?今日?4時間くらいしか寝てませんよね」
「いや、別にそんな、いてくれても……部屋に何もないけど、本当に。……昨日楽しかったからさ。……あ,携帯の充電大丈夫?よかったら」
「あ、ありがとうございます…………まずはごはん食べますね、…お皿とか洗ったら一旦…はい。お邪魔しちゃってすみません」
「……」
「…………」
沈黙に耐え切れず、ぼくはテレビをつけた。
「あっ…これ動画で昔紹介してた……いいですね」
「そうそう、このプロジェクター、部屋明るくても結構見えるでしょ。……カヲリさん毎朝見てる番組とか、ある?」
「いえ、特に…久米さんの見てる物で大丈夫ですよ、何派なんですか?」
「10時くらいに起きるのが普通だからさ、特になくて……朝の番組ってこんな感じなんだね」
「私も見る時間全然ないです、バタバタとメイクしたりとかで」
そのままぼくの部屋に来てしまったから、昨日のメイクを早く落としたいだろうに、だとか、気まずいだろうに、だとか、そんな余計なことを考えながら、ぼくはようやくご飯に箸を運ぶ。
「……あの、カヲリさん」
「はい」
「……何が起きてるんだろうね、昨日、今日と」
「ほんとですね、アハハ」
「……これから、午前中に動画撮ってもいいかな」
「あっはい、…私すぐに出ていくので。今日も頑張ってください」
「いや……サッと撮るんで、居てもらっても良くて…………よかったらその後に映画でも……観ない?」
「映画?今日ですか?……今って何やってましたっけ……観たいのありますか?」
「あっごめん……このプロジェクターで、サブスクとかで……って思ってた。でも観に行くでも全然。ていうかごめんね、また今度でも。…気になりそうなのある?」
「あっ私こそ…、いや…特に気になってるのはないと思うので……じゃあ、映画館で観たい物ないならお互い好きな映画にしましょう、久米さんと、私の」
「うん、観たことあるやつかもしれないけど」
「いいんですよ、別に」
「そうだね」
「じゃあ……帰る?」
「……いえ、せっかくなので今日がいいです、……いいですか?」
「うん、…ありがとう」
ようやく、お互いふふ、と笑いながら、すっかり冷めたごはんを食べた。
「ぼくの好きな映画とかそういうことじゃないんだけど、カヲリさんってホラー見る?」
「いやあ……全然見ませんね……、怖いとかでもないんですけど、アハハ」
「そっか、ぼくも観たこと全然ないんだよね」
「観たいんですか?」
「いや、…全然。はは、なんでこの話したんだろう」
「ほんとですね、アハハ」
「……あの、さっきのホテルみたいって、良さげな朝食バイキングの所みたいだねって思って」
「わかってますよ、ちょっと嬉しいです」
「……ごちそうさまでした」
「はい、……久米さん食べるの早いですね」
「…久米さん、ね、はは」
「なんか、パイセンって呼ぶの急に恥ずかしくなっちゃって」
「うん、…いいんじゃないかな」
「あの、マンションの一階にコンビニありましたよね」
「うん」
「シャワーとかお借りしてもいいですか?」
「あ、うん、……え、いいの?」
「シャンプーとか自分で用意するので!」
「あ……うん、好きなやつの方がいいよね、いや、別にいいけど…。メイク落としはあるから使っていいよ、お肌に合えば」
「えー!!それ絶対女の子連れ込んでるじゃないですか!!」
「いやいやいや、違うんだって、7月に出した、顔ぜんぶ緑色に塗った動画でさ、それで使ったやつ」
「あー!!見ました!!落とすときに使ったんですね」
「普通の石鹸じゃ痛いかな、とか思ってさ。女の子連れ込んでるとしたらそんな堂々と言わないでしょ!」
「疑ってすみません、アハハハハ、まあ、連れ込んでたところで私が何言える立場でもないですけど、ハハハ」
何が起きているかわからないままで、ぼくは一階のコンビニにカヲリさんと寄った。「じゃあ、シャワー終わったらいつでも電話くれれば、ごゆっくり」とだけ伝えて、昨日と同じお茶を買って公園に向った。
つづく
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