川崎フロンターレのシュートがゴールに入る時と入らない時の違いをデータによって検証する
近年、常に優勝争いをし、1試合あたりの平均ゴール数も 2017年 2.1点(リーグ1位)、2018年 1.6点(1位)、2019年 1.7点(7月末=20節終了時点で3位)、と常に高い得点力も誇る川崎フロンターレ(以下、川崎F)。
その得点力を支えるものはなんだろうか。今シーズンの7月末(延期されていた16節を含む20節終了時点)までの数字では、1試合平均のシュート数は 14.7(3位)と高い数字を出しているにも関わらず、シュート成功率は 11.2%(6位)とトップ3に入らないところを見ると、より多くのシュートチャンスを作ることによって得点力を高めていると推測できる。
では、多くのシュートチャンスを作る川崎Fにとってゴールに入るシュートと入らないシュートの違いは何なのか?本記事ではそこを検証していきたい。
川崎Fのシュート位置。濃い水色がゴール。(7月末までの試合)
■入るシュートと入らないシュートの仮説
川崎Fの試合を見てシュートが入らない時に感じたことだが、川崎Fがシュートを試みる際、シュートやラストパスを行うまでに時間がかかってしまった場合に、ゴールに入らなそうな印象を持った。
また、ボールの動く方向が「前→前→シュート」など一辺倒になってしまった場合も同様に、ゴールに入らなそうな印象を持った。
川崎Fは、速攻で仕留めるというより相手陣地でボールを保持しながらの攻撃を行うタイプに分類されると思うが、そのタイプによってまずは縦方向のスペースを縮め、広く人を配置してサイドチェンジをしながら相手を広げて隙を作るというスタイルではなく、ボール近辺に人数をかけてそのボールサイドから突破するというスタイルによって横方向のスペースを縮める。
結果的に川崎Fが相手ゴール前にたどり着くころには、より狭いスペースを攻略する必要があるケースが多い。
(この方法での攻守におけるメリットは本題とズレてしまうので本記事では割愛する。)
その狭いスペースを攻略する上で関わってくるのが、以下のサッカーの原理だと考える。
①ドリブルや狭い範囲でのパス交換などによって、同じエリアにボールが留まっている時間が長いほど、そのエリアに相手守備が密集する可能性が高い。
②ショートパスやドリブルなどで同じ方向に連続してボールが動くと、相手守備の組織は分断されることなくボールを追いかけやすい。
③シュートは前方向のプレーになるため、横から来るボール、前から後ろに向かって来るボールは、ボールとゴールおよびGKを視野内で捉えやすく、シュートのインパクトも強くしやすい。逆に、前線の選手の後方から出されたゴール方向に向かうパスをシュートすることは、シュート方向に体の向きを維持することもGKとボールを同時に見ることも難しい。
そしてこれも原理の一つではあるが、ゴールするにはGKがコース上で構えている場所にシュートを打つより、GKのポジショニングと構えが崩れているところにシュートを打った方が、ゴールになる確率が高いのは言うまでもない。
GKのポジショニングと構えを崩すためには、GKの方向に向かうボールの動きではなく、GKの前を通り過ぎるように速く大きくボールを動かす必要がある。
そして、パスを受けてからシュートを打つまでに時間がかかるということは、ボールが動いていない=GKが準備し直す時間を与えるということでもある。
これらを踏まえて上記印象に仮説を立てた。
仮説1
ラストパスの一つであるクロスが効果的だと言われる所以は、サイドからゴール前へのクロスというプレーが「大きくボールが動き、前方向のシュートに対して横方向のパス」というプレーになり、この原理に沿っているからだ。
ただ、川崎Fのスタイルにおいては①の原理によって、クロスを上げる(またはラストパスを出す)エリアにボールが行く時には、パスを出すための十分なスペースやコースがなくなっている可能性が高い。
それを打開するためのドリブルなどで更にパスするまでの時間をかけた時、相手の守備が整うことにつながってしまい、シュート成功率が低くなる、ということがあるのではないだろうか。
仮説2
川崎Fのスタイルから発生するゴール前の密集の攻略において、①の原理を発生させないために素早くボールを動かすことをメインにして急ぎすぎた結果、ボールの動く方向が単調になり、②の原理を発生させることにつながってしまい、ラストパスまたはシュートを窮屈な状況で行うことになり、そこから追いかけてきた相手を更にかわすためにシュートまでに時間がかかるなどの現象が起きて、シュート成功率が低くなる、ということがあるのではないだろうか。
仮説3
素早いパスとドリブルを駆使しながらプレーの度に方向を変え続け、それによって出されたラストパスを受けて素早くシュートできた時は、シュート成功率が高くなっている、ということがあるのではないだろうか。
■どんな状況=ボールの動き
シュートの検証とはいえ、上記仮説にも見られる通り、サッカーにおいては「どんなシュートを打ったか」より「どんな状況でシュートを打ったか」によってゴールの確率が大きく左右される。
同じ位置で右足でシュートするにしても、GKと1vs1の状況で打つのか、GKの前を横切ったパスをダイレクトで打つのか、などの違いが、シュート結果の確率に大きく影響する。
そのため、まず「どんな状況」というものを整理することで、どんな現象を追いかけていくのかを決めていきたい。
「どんな状況」を探る要素の中には、シュート毎の味方の位置、相手GKやDFの位置、などがあるかもしれないが、人の配置を追いかけても「なぜそうなったのか?」という状況の遷移が見えづらいし、それを統計的な検証として使うことも困難だ。
ではボールの動きという要素ではどうだろうか。
例えば、パスはそこに味方がいなければ発生しないし、DFやGKは基本的にボールの動きに合わせて陣形を作るし、それぞれの選手の向きもボール方向を向いていることが多い。
つまりボールの動きによってある程度の人の配置も推測でき、人の配置データではわからない向きや重心なども見えてくる。
また、上記①~③の原理もボールを中心としたものだ。
状況を探る要素としては十分なものだと思う。
なので、今回は「どのようにボールが動いたか」に注目し、それを「どんな状況か」に置き換えることとする。
この検証では「どのようなボールの動きでシュートに至ったか」を追いかけていくが、対象としては「シュート」から「ラストパス」と「ラストの一つ前のパス」までをデータ抽出の範囲とした。
「ラストの一つ前のパス」までという範囲を決めた理由として、仮説においてはラストパスの前後の状況しか入っていないのが理由だ。
その範囲において「どの位置から、どの方向に、どんなタイミング(ボール保持秒数)でボールが動いたか」を抽出し、その結果が「ゴール、枠内シュート、枠外シュート、その他(DFのブロックなど)」のいずれかの値になったかを関連づけて検証する。
それでは、必要なデータを決めたところで、仮説があっているのか、実際に川崎Fが多くのゴールを決めている形、または決めていない形はなんなのか、を「ボールの動き」という視点のデータで検証してみるとする。
■データを使って検証
今回の検証では、効果的だった形の指標として、「シュート数」に対する「枠内シュート率」と「ゴール率」を使って、率の数値が高ければそれが「シュート成功率が高い」=効果的だった、としたいと思う。
以下、略称として
「ラストパス」を出した選手がボールを受けてから出すまでの過程を「ラスト」
「ラストの一つ前のパス」のそれを「ビフォー」
とする。
セットプレーからのシュートや、ビフォー・ラストが存在しないシュートはデータの対象外とする。
★仮説1の検証
パスまでの時間が遅い時にチャンスを逃すことが多いのではないか?を検証するために、
「ラスト」のボールを離すまでの時間が、1秒未満、2秒未満、2秒以上
「ビフォー」のボールを離すまでの時間が、1秒未満、2秒未満、2秒以上
の組み合わせにおける、それぞれの枠内シュート率とゴール率
を見てみる。
[仮説1]ビフォー・アフター別のゴール率と枠内シュート率
ビフォーが1秒未満の際のラストのプレーについては、仮説通りボールを持ってから時間をかけない方が、枠内シュート率は高くなっている。
だが、それ以外では仮説通りにはならなかった。
全体的にバラついた結果の中で、最もゴール率が高かったのは、ラストもビフォーも2秒以上の項目であり、シュート率が最も高かったのもビフォーが2秒以上(ラスト1秒未満)の項目だった。
ビフォーにて緩急の緩を行って、ラストで急を行うことで効果的な攻撃になっているのか、それとも個人技を発揮するような時間を持つことで個の力を十分に生かした攻撃が効果的になっているのか、そのあたりは今回のデータから観測することは難しい。
ただ、今回の指標としたシュート率とゴール率では仮説を肯定するような結果にはならなかったが、シュート本数に目を向けた時、ビフォーもラストも1秒未満の項目が圧倒的に多く、最も少ない本数がビフォーもラストも2秒以上の項目にあるところを見ると、プレーに時間がかかった場合はもしかしたらシュートにまで至れていないのかもしれないと推測できる。
シュートに至っていないプレー、を定義して、そのプレーを含めて検証する必要があるのかもしれない。
とはいえ、今回の検証の範囲では、
・シュートにまで多く行きたかったら、ビフォーもラストも1秒未満でプレーする事、つまりダイレクトでのプレーが可能になるような配置と受け手の準備をするべきかもしれない
・高確率で枠内シュートを達成したかったら、ビフォーもラストも2秒以上かけるか、ビフォーに2秒以上+ラストは1秒未満、のプレーを選択するべきかもしれない
を結果とする。
★仮説2の検証
連続して同じ方向にボールが動いた時にチャンスを逃すことが多いのではないか?を検証するために、
「ビフォー」がボールを受けてから「ラスト」にボールが渡り、そこからパスが出てシュートに至るまでに、同方向に連続したパスまたはドリブルの回数が、0回、1回、2回、3回あった時の、それぞれの枠内シュート率とゴール率
を見てみる。
(ボールキープの方向もシュート前のドリブルもカウント対象。上下左右斜めの8方向で、右→右前や左前→前など同じ文字が含まれるような方向も連続としてカウント。「ビフォー右にドリブル→ビフォー右にパス→ラスト右にドリブル」は連続が2回としてカウント。ビフォーまでの関わりがないシュートは対象外。)
[仮説2]同方向連続回数別のゴール率と枠内シュート率
同じ方向へのプレーが連続するほど後に受ける選手のスペースが潰れて窮屈なプレーを強いられてチャンスを逃す、という仮説だったが、最も枠内シュート率が低かったのは連続回数が0回、つまり角度を変え続けてシュートまで至った時だった。
連続回数が0回は極端にシュート本数が少ないところを見ると、もしかしたらそれを実行する事自体が難しいことであり、その難しさを超えてなんとかシュートにたどり着いたところで、枠にボールを飛ばすことも困難な状態だった、ということかもしれない。
それに対して、4回の場合がその次にシュート数が低いのは、もしかしたら仮説を証明する可能性があるのかもしれない。
枠内シュート率は高いが、窮屈だからこそシュートに至ることは難しかったのではないだろうか、という更なる仮説を作ってくれる。
そんな中、最も高い枠内シュート率を達成し、シュートの本数でも一番多かったのが、連続回数2回の時。
推測の域は出ないが、この回数が、難易度的に無理なくゴールに迫ることが出来て、極端に窮屈なプレーを強いられることもなくなる、ちょうど良いラインということだろうか。数字上では良い結果を示している。
そして、シュート数は2回を頂点とした山のような形になっているが、ゴール率に目を向けるとまた違った印象となる。
ゴール率では、0回と1回が20%を超えて、2回が16%と少し減り、3回と4回では一桁にまで下がってしまう。
先ほど実行の難易度が高そうだと予想した0回やシュート数では2回に比べてかなり少なくなる1回は、シュートにさえたどり着けば高い決定率を得ることが出来るようだ。
ゴール率だけで見れば仮説を肯定する結果となったかもしれない。
この検証では、
・多くのシュートを求めるのであれば「ビフォー」から「シュート」までの間に2回か3回連続して同じ方向にプレーした方が良いかもしれない
・ゴールを求めるのであれば、「ビフォー」から「シュート」までの間に一度も同じ方向に連続してプレーすることなく、もしくは最低1回までの同じ方向への連続したプレーまでになるように意識した方が良いかもしれない
を結果とする。
★仮説3の検証
「ビフォー」から都度方向を変えた素早いパスとドリブルを駆使してラストパスを出し、それを素早くシュートできた時は、シュート成功率が高くなっているのではないか?を検証するために、
「ラスト」も「ビフォー」もボールを離すまでの時間が1秒未満で、かつ同方向への連続は1回以下、かつボールを受けてからシュートを打つまでが1秒未満、の条件にあったシーンでの枠内シュート率とゴール率
を見てみる。
(赤が枠内で青がそれ以外のシュート。)
対象となったシュートは20本で、枠内シュート率は45%(9本)、ゴール率は20%(4本)。
仮説1および仮説2で出た数字と比較すると、45%と20%はそれぞれ高い方の値になる。
よって仮説を肯定する結果となったかもしれない。
ただ、対象となるシュート数があまり多くないのと、もしかしたら条件を変えればもっと高い数字を出すシュートの状況があるかもしれない、という点は忘れないようにしたい。
また、図のシュート位置(大きな丸)を見ると、中央に多く集まっており、枠内シュート9本の内8本が中央の中でも「ゴール幅」付近にあることがわかる。
この高い枠内シュート率やゴール率を得るためには、早い展開で角度を変えてゴールに迫りながらも、最終的にゴール前の中央でシュートを打てる状態の選手を作れることが必要条件であり、それが出来ていない場合は、枠内シュート率やゴール率が下がるどころか、もしかしたらシュートにまで至ることが出来ない、ということになっているのかもしれない。
または、早い展開で角度を変えてゴールに迫ることで「ゴール幅」でのシュートを可能にしている、とも言えるかもしれない。
この検証では、
・仮説通りに、「ビフォー」から「シュート」まで素早く都度方向を変えながらプレーすることができれば、枠内シュート率やゴール率を高める可能性が高い
・枠内シュート率を高めるには「ゴール幅」内でシュートを打った方が良いかもしれない
を結果とする。
■データから見えること
今回の検証はここまで。
このように、データは発生した現象を客観的な事実として見せてくれる。
が、発生していないものを表現することは難しいものでもあり、事実を提示してくれるのに見方によっては解釈がそれぞれ違うものになってしまうものでもある。
例えば今回データとして含まなかった「ラストパスと思われるがシュートに至らなかった」プレー。
このデータを含めればより効果的な検証が出来たかもしれないが、このような「至らなかったプレー」は実際に発生していないプレーなので、データで表現するのは難しいため今回は除外した。
このプレーをデータにするとしたら「ペナルティーエリア内中央に出されたパス」とかになるのかもしれないが、その中央に出されたパスを「シュートを狙うためのパスだった」とするかどうかの見極めはきっと人によって変わってしまう、などの懸念があった。
また、今回は「枠内」「枠外」「他(ブロックされたケースなど」の分類の内、「枠内」になった状況を効果的な形として扱っているが、実際は「GKと1対1の状況なのに枠外に外してしまった」や「DFの股を抜いて入れられるところをキックミスしてDFに当ててしまった」など、「枠外」や「他」でもビッグチャンスと呼べる状況はありえる。逆に「枠内」だがGKにとってはイージーなシュートだった可能性も大いに考えられる。
更に言えば、外れてしまったシュートは無駄打ちとも言えるが、ゴールを生むためのフェイクとも言える。「疲れた顔で弱いシュートを何本も打っておいてコンディション不良に見せて、ここぞという時に強いシュートを打ってGKの対応を難しくする」など、時間軸の前後でそういう関連性があることもある。
似たようなところで言えば、今回の検証では「シュートが得意な選手に打たせる形を作れていたか」という視点での検証はしていない。
データの範囲の部分でも、今回は仮説の範囲からシュートに至った直前のプレーまでしか遡っていないが、「ビフォー」にボールが渡るまでなど、その状況に至る過程は検証していないので、もしかしたら「ビフォー」より前の他の要素によって「枠内シュート率」や「ゴール率」が大きく影響されている可能性も否定はできない。
このように、データは客観的事実だが、それに対して検証結果は主観的推測と言える。
もしそれを知らずに、上記仮説検証の結果だけを見て「枠内」の数字が重要だと思い、それを改善することばかりに力を入れれば、「枠内」の数字が良くなるどころか試合内容が改悪される、なんてこともありえるかもしれない。
データは、参考にするため、検証するため、にはとても便利なものだが、生かし方がとても重要なものだと改めて思う。
そんなデータによる検証だったが、この記事が試合を観戦される方々にとって「このプレーが出ていれば得点の期待が高まるかも」などの一つの基準として、またはサッカーに関わる方々にとってのデータの一つの見方として、お役に立てることを願う。
筆者:シオンコーチ
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※本記事はフットボリスタ・ラボとデータスタジアム社運営のウェブサイト「Football LAB」の連動記事です。
Football LAB
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