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【ガチ考察】ブライトンと、コーナーキックと、それから私

こんにちは、朝倉です。最近はイギリスにしては珍しく天気がいい日が続き、晴れ渡った雲一つない青い空を眺めながらコーナーキックのことを考えていました。ブライトンのコーナーキック点入らなさすぎだろ。

コーナーキックは不思議です。ターン制の野球などとは異なり、流れの中で絶え間なく局面が変化し続けることが特徴のサッカーですが、コーナーキックを含むセットプレー時はまるでほかのスポーツを見ているような感覚にすらなります。僕は個人的に、コーナーキックはサッカーよりもアメフトに近いと思っています。状況に応じて誰もが点を取ったりディフェンスしたりできるのがサッカーですが、プレー開始から終了までの過程が非常に簡潔なこの瞬間だけは各々の役割が極端に明確になります。誰がニアで誰がファーに走るのか、こぼれ球を回収する人もいれば味方がシュートできるように相手をブロックする役割の人もいます。アメフトでいう、ボールを投げる人、キャッチする人、渡されて走る人、味方を守るために敵をブロックする人、みたいな感じで、プレーする全員が解像度の高い共通のイメージを持って、そのために自分のミッションを遂行します。要は責任の所在が通常時と比べてより明確なんです。

これは逆に言えば、一人ひとりが自分の役割を全うできれば結果に直結するということになります。しかもその役割は流れの中で求められるよりも比較的シンプルなタスクです。止まったボールを狙ったところに蹴る、自分のゾーンにタイミングよく走りこむ、相手が自由に動けないようにブロックする、近い距離からシュートを枠に飛ばすなどなど。なんかいけそうに聞こえませんか?今回はこんなにお得で結果の出やすいコーナーキックについて素人の所見をお話ししたいと思います。

「不運」で済ませていいのか?

プレミアリーグにおいて、ブライトンは第23節終了時点で127本のコーナーキックを蹴っています。延期分の未消化試合もあり実際の試合数は21ですので、一試合平均6.05回もコーナーキックの機会がある計算になります。プレミアリーグ全体の平均が1試合当たり4.98回なのでかなりチャンスに恵まれているとみていいでしょう。三笘とマーチの両サイドを強みとした戦術を採用しているので、もしかしたらそれもコーナーキックの数に関係しているかもしれません。しかしその一方で、コーナーキックからの得点は昨年10月29日に行われたホームでのチェルシー戦(4-1で勝利)の1点のみで、しかもこの1点は相手のルベン・ロフタス=チークのオウンゴールでした。単純に計算すると、今季ブライトンがコーナーキックで得点する確率は0.78%で、これは自然妊娠で双子が誕生する確率(0.6%)よりちょっと高いくらいです。さすがにこの現状の悲惨な数字を「不運だった」と片づけるわけにはいかないですよね。

果たして何がブライトンのコーナーキックをここまで難しくしているのか。デ・ゼルビがリーグ屈指の戦術家であることは、直近の試合内容からみても疑いようがありません。イタリアのインタビューで彼は「賭けをするのが嫌い」と言っていましたが、それこそが彼が最終ラインから緻密なビルドアップをする理由であり、同時にロングボールを前線に放り込んで競り合いをするといった運要素の大きい戦術を敬遠する理由でもあります。ここまで信念を持って賭けを嫌うこのイタリア人が、戦術のお披露目会とも言えるようなコーナーキックに準備をしてこないわけがありません。では、現状いったいどんな戦術(ここではアサインメントと呼びます)を採用していて、何が問題で上手くいっていないのでしょうか。今回は年明けから行われたプレミアリーグでの5試合をサンプルに、計28本の攻撃時のコーナーキックを分析したいと思います。サンプル数が少なくてごめんなさい。


ブライトンのコーナーキックデータ・アサインメント

基本情報

まずはコーナーキック攻撃時の基本的な情報から簡単にまとめたいと思います。ブライトンのコーナーキッカーを任されているのは主にグロスとマーチです。対象の28本のうち、グロスが20本、マーチが7本を蹴っています。残りの1本は前節のパレス戦での三笘のショートコーナーです。ペナルティエリア内で攻撃に参加する枚数は基本的に6枚で、この人数で十分アサインメントが機能するように設計されています。ボールの行方はニアが15本でファーが13本なので、偏りはほぼ無いようです。

コーナーキックが蹴られた後のファーストタッチは、ブライトンが触れたのが6本、相手が触ったのが20本、どちらでもなかったのが2本です。ここら辺から早速怪しいですね。肝心のプレー結果は、枠内シュートが1本、枠外シュートが3本、相手のクリアが20本、ボールが流れてラインを割ったのが3本、相手GKが直接キャッチしたのが1本という内訳でした。以下にグラフでまとめておきます。

味方が触れる確率は21.4%
シュートを打てる確率は14.2%

アサインメント

ブライトンは対象の5試合の中で、スクリーン、エリアフォーカス、ショートコーナー、シンプルと大きく分けて4種類のアサインメントを使用しているように見えました。素人がわかる範囲ですので、判断しかねたものは含んでいません。それぞれ詳しく見てみましょう。

1.スクリーン(11回)

正式名称はわからないのですが、バスケットボールで相手を行きたい方向に行かせないようにブロックすることから名前を拝借しています。このアサインメントは上記の通り、予めメインターゲットが決まっていて、その選手に良い状態でシュートしてもらうことを目標に他の選手が相手をブロックするというのがコンセプトです。写真だとこんな感じです。

①メインターゲットのダンク(5番)をマークしているトムキンス(5番)の邪魔をするため、
フェルトマン(34番)が位置を確認しています。
②ボールが蹴られる直前、フェルトマンは自分のマークを相手しながらも
何とかトムキンスの背後に位置を取ります。
③フェルトマンがトムキンスに上手く体を当ててブロックしたことで、
大外でダンクがフリーになっています。
④図解するとこのようになります。

相手がマンツーマンで守備をする場合はこのような方法でフリーの選手を作り出そうとしています。逆に相手がゾーンで守ってくる場合はこんな感じです。

①ダンクが背後のサルミエントに何か言っていますね。
②キックの直前、サルミエントは大外のゾーンを守る相手選手(ミコレンコ)の方へ早めに向かっていきます。
③ちょっと怪しいですが、サルミエントがミコレンコをがっちりブロックしたおかげで、ダンクは空いたスペースでイウォビ(17番)と1vs1ができます。体格差もあるのでダンクにとっては有利です。

これはブライトンがコーナーキック時にメインで使うアサインメント2つのうちの1つです。そして、メインターゲットの選手がフリーになる、または優位なポジションが取れることを評価基準とした場合、このアサインメントはかなり成功率が高いです。ほぼ毎回「ボールさえこれば!」という状況を作れているように見えました。また、狙うポイントは100%大外のエリアでした。

2.エリアフォーカス(8回)

もう一つのメインのアサインメントが「エリアフォーカス」です。これは名前の通り、ゴール前の中でも特に一つのエリアに照準を絞って人を集めることを指します。わかりやすく言えば力業です。数の暴力とも言えるかもしれません。写真で見るとこんな感じです。

①賑わってます。
②上から見るとこんな感じです。

ゴールからかなり近い位置で密集地帯を作り出すとDFは嫌ですよね。充分なスペースも無いので助走も取れず純粋にどれだけジャンプできるかどうかもいつもより重要になりそうです。ダンクのような高身長の選手はより脅威になるシチュエーションです。リバプール戦のコーナーキックは7本中5本がこのアサインメントでした。今年唯一のコーナーからの枠内シュートもありましたが、マカリスターのヘディングはアリソンの正面でした。このアサインメントでは、ターゲットエリアは全てニアでした。背の高い選手がそこまで多くないことを考えると妥当でしょう。

正直ごちゃごちゃしていてあまり詳しいことはわかりません。ただチャンスになったのは、密集地帯の中を比較的長い距離移動してきた時でした。マカリスターが惜しいシュートを放ったのも、彼が中央からニアまで走ってきたことで彼をマークしていたヘンダーソンが人混みを抜けられずフリーになれたという局面からでした。

3.ショートコーナー(3回)

そこまで多くは使っていませんが、ショートコーナーという選択肢もあるようです。ただ、そこまでプレーが設計されているようには見えませんでした。

①ボールが出る前の配置です。ファビーニョがファーガソンを見ています。
②ボールが大きく下げられたのでDFはボールを見ながらラインを上げます。この時ファビーニョはボールだけ見ており、ファーガソンを完全に見失っています。
③結果、大外でファーガソンとアーノルドのミスマッチが起こっています。

ショートコーナーではトリックプレーを見かけたりもしますが、ブライトンの場合はパスを受けた選手かその次の選手までで必ずクロスを上げているので、DFラインの視線をボールに集中させてすれ違いを誘発することを目的としているように見えました。はっきり言って、あまり可能性は感じませんでした。その理由も後述します。

4.シンプル(3回)

コーナーキックの基本とされる、ゴール前を大きく分けた5つのゾーンにそれぞれ選手が走りこむというコンセプトを単純に実践しているシーンも見られました。これは定石なので図解は省きます。

浮き彫りになった課題

28本のコーナーキックを見て、完成度はまだまだ上げられる余地があることを確信しました。以下、現状の課題を挙げていきます

1.キックの精度

まずは何といってもキックの精度です。冒頭の基本情報でも触れた通り、28本蹴ったコーナーキックの内味方に届いたボールはたった6本です。また、相手にクリアされた内容も、「ファーで合わせるアサインメントを組んでいるのにボールがニアを越えなかった」例が少なくとも5本ありました。いくらエリア内でフリーになっていてもボールの質が伴わなければ無意味です。スクリーンの完成度は悪くなく状況の良い選手を作れているだけに、ボールがそこまで届かないことのもどかしさがありました。グロスとマーチの二人にはこれから期待したいです。

2.動く距離の短さ

リバプール戦のマカリスターの枠内ヘッドからもわかるように、長い距離を移動するほどDFはマークにつきにくくなります。しかし、現状ブライトンの選手たちはそこまで大きな動きをしません。その結果、DFもマークにつくためにほぼ移動する必要がないので十分な準備をする時間を確保できてしまいます。ショートコーナーやクリアされた後にクロスを入れ直す場面でもそうですが、動き直しをしている選手も限られます。元々背の高い選手も少ないので、マークが外れないこの状況だと圧倒的に不利になってしまいます。ショートコーナーで可能性を感じなかったのもこのせいです。

3.タイミングのズレ

1個目のキック精度とも関係していますが、中の選手とキッカーのボールのタイミングが全く合わないシーンも少なくありませんでした。ボールの滞空時間が長かったり、中の選手の動き出すタイミングが早かったりといった原因により、ボールがまだ届かないうちに目的地に到着してしまうという現象です。せっかく中でフリーになったのに、発生した待ち時間のせいで剥がしたDFが追いついてしまいアドバンテージを活かせていない印象が強かったです。ここはチーム内で話し合って改善してほしいポイントです。

ボールはまだ赤い丸で囲まれた場所にありますが、既に全員が目的地に到着しています。

4.ワンパターン化

ブライトンのコーナーキックは相手からすると予想がしやすいと言えます。例えばメインのスクリーンプレーの内、ダンクがメインターゲットになった回数は半分以上の7回です。さらにターゲットエリアは100%大外ですので、ダンクをマークするDFは「大外に移動するまでの間に誰かが邪魔をしてくるだろう」と心の準備ができます。相手がこの意識を持っていると、スクリーンの効果は半減してしまいます。ダンクがメインターゲットになることは理にかなっていますが、的を絞らせないために彼のほかにもう二人くらいメインターゲットを日常的に務められる選手を据えてみてもいいかもしれません。また、エリアフォーカスの際も相手はファーを捨ててその分ニアに人員を割くことができます。最初の配置でブライトンのターゲットエリアが比較的容易に予測できてしまうことは、相手DFにとって大きなアドバンテージになっています。

ファン・ヘッケは現状レギュラーではないため、ダンクの負担はかなり大きい。

5.外抜きのススメ

最後は課題とは少し異なりますが、コーナーキックで1vs1を制するためのコツについてです。「外抜き」とは読んで字の如く、相手をボールのあるサイドから見て反対側からかわすということを意味し、アメフトでは基本的なスキルです。オリジナルの呼称なので、既存の名前があったらごめんなさい。これをすることのメリットは、DFに同一視野で自分とボールを見させないということです。ダンクがよくこれをやっていますが、マークについたDFは自分の背中側に走られます。そうするとマークを外してしまってはマズいので、ついていくために一時的にボールから目を切ってダンクを追うことになります。ボールの位置を把握しないまま競り合いに勝つことは至難の業ですので、ダンクからするとDFを完全に外せはしなくても、自分だけはボールと相手の位置を把握しながら競り合えるという圧倒的に有利な状況を作れることになります。メインターゲットになる際には非常に効果的で簡単な工夫です。また、自分がメインターゲットではない場合は相手を引きつけるために敢えて内抜きをして相手の視野にとどまりながらDFを動かすこともできます。ダンクを例に話していていましたが、一番わかりやすいのがマカリスターの例だったのでそちらの写真を添付します。

①マカリスターがクラインにマークされています。
厳しい体勢ですが、がんばって外抜きをしようとしています。
②自分の背後に走られたクラインはボールから目を離さざるを得ません。
③結果、クラインはボールの位置が把握できず完全にマークを外してしまっています。
後は決めるだけでした。

締めの挨拶

ブライトンのコーナーキックにあまりワクワクしない理由は以上のようなことが原因でしょう。流れの中では素晴らしいパフォーマンスを見せてくれているだけに、コーナーキックが武器になればヨーロッパの舞台も夢じゃないかもしれません。シーズン後半戦はこんなところも注目してお気に入りのチームの成長を楽しんでみてはいかがでしょうか。拙い分析にお付き合いいただきありがとうございました。




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