見出し画像

村上春樹「鏡」 解説

高校1年生向け
言語文化


1. どんな話なのか

 主人公の「僕」は自宅でパーティーを開いている。「僕」は、友人たちにかつての体験した「心の底から怖いと思ったこと」を語る。

 学生運動が盛んだったころ、18歳の「僕」は田舎で夜警のアルバイトをしていた。警備中、「僕」は不可思議な鏡と出会う。
 鏡には無意識に押し殺していた「僕」の内面が映し出されていた。鏡の中のもう一人の「僕」は現実の「僕」を憎み、支配しようとする。現実の「僕」はすんでのところで逃げ出すが、そのときの恐怖は消えなかった。
 大人になった「僕」の家に鏡はない。

2. 本文の「核」

・鏡によって、現実の「僕」と鏡の中の「僕」が出会った。
・鏡の中の「僕」は、抑圧された無意識が顕在化(表にでた)したものある。
・一連の事件は「僕」が「心の底から怖いと思ったこと」である。

3. 各段落の解説

A段落

 現在の「僕」(大人になっている。30代)が友人を招いてホームパーティを開いている。参加者がひととおり恐怖体験を話し終えたので、最後に「僕」が話をすることになる。「僕」は幽霊や虫の知らせを経験しないごく平凡な人生を送ってきた。しかし、たった一度だけ「心の底から怖いと思ったこと」があった。

B段落・C段落

 かつての「僕」(当時は学生運動全盛期。18〜19歳)は、紛争に参加しない代わりに大学へも行かず、これといった目的ものなく日本各地を放浪していた。あるとき、新潟のとある中学校で夜警のバイトをしていた「僕」は不可思議な「鏡」と出会う。
 一見すると普通の鏡だが、しばらく眺めているうちにおかしなことに気づく。鏡の中の「僕」は姿形こそ現実の「僕」と同じだが、内面はまるで違う。現実の「僕」を憎み、支配しようとしている。
 現実の「僕」はなんとか鏡の中の「僕」から逃げ出し、朝を待った。日が昇ったころ、鏡はなかった。「僕」が見た幽霊めいたものは、まぎれもない「僕」自身であった。

D段落

 大人になった「僕」は、「やはり幽霊ではなかった。最も恐ろしいのは人間自身だ」と締めくくる。しかし、その家に鏡は一枚もない。「僕」はかつての恐怖を今なお忘れられずにいるのだった。

4. テストに出そうな重要箇所

① 「散文的な人生」とはどのような人生か。

 「散文」とは小説や作文等の特別なリズムを用いない文章のこと。これを踏まえると「散文的な人生」とは、(特別なリズムのない)「平凡な人生」を指すとわかる。なお、「散文」の対義語は「韻文」俳句や短歌、詩など)。合わせて覚えよう。

② 「なんだかすごく変な感じがした」とあるが、どういうことか。

 直後に「体が起きようとする僕の意思を押しとどめているいるような感じさ」とある。これを使って解答を作る。そのまま解答欄に入れると説明したことにならないので適切な形に加工する必要がある。「起きようとする意思に反して体が動かないということ。」「自分の意思の通りに体が動かないということ。」等が妥当か。「『僕』の意思通りに体が動かない」という要素を説明できていればOKだ。

③ 「相手が心の底から僕を憎んでいる」とあるが、「抑圧」という語を用いて理由を説明せよ。

 まず、「相手」とは鏡の中のもう一人の「僕」を指し、憎まれているのは現実の「僕」であることを理解する。
 次に、「憎む」理由が、現実の「僕」が鏡の中の「僕」を抑圧しているためであることを読み取る。
 最後に、「誰が」「誰を」「どうする」の形で解答をまとめる。
 よって、「鏡の中のもう一人の僕を、現実の僕が抑圧しているから。」が答えとなる。


*補足(やや踏み込んだ内容です。読み飛ばし可)
 頻出の問題ではあるものの、本文中に「抑圧」に関する明確な記述がないため、要素をだしにくい。

 これを解決するために、B段落の記述から「僕」の性質を探る。

・「僕」が18〜19歳のころは学生運動が盛んであり、僕もその波に呑みこまれた一人である。
・「僕」は高校卒業後大学に通っておらず、明確な目的もなく日本中を放浪している。
・学生運動に肯定的な態度も否定的な態度もとっていない。
・夜警のバイトを選んだのは「楽だから」という理由でしかない。

 これらの記述から、「僕」がこれといった目的意識なく、10代後半という貴重な時間を浪費していたことがわかる。
 またB段落後半では、

・「僕」は高校時代に剣道をやっていて、腕には自信がある。「相手が素人なら、たとえ向こうが日本刀の真剣を持ってたってべつに怖かなかったさ」と豪語しており、怖いもの知らずである。
・大人になった「僕」は、この一連の事件を「人生でたった一度だけ、心の底から怖いと思った」と語っている。
・大人になった「僕」は、当時の生き方を否定こそしないものの、「それが正しいと思ってた」と述べている。

 とある。これらから、10代の「僕」は自信過剰気味で怖いもの知らずであり、若者特有の全能感(なんでもできる感覚)を覚えているとがわかる。さらに、大人になった「僕」は当時の生き方を「正しいと思ってた」と述べている。これは裏を返せば、「今では正しいと思っていない」ということである(ただ、そういった生き方は「若気のいたり」であり、もしもう一度やり直しても同じ選択をするとも述べている)。
 以上の2点から、10代の「僕」は「自分で自分の人生を選び取らない無責任さや事なかれ主義的性質に罪悪感を覚えているものの、それが表に出ないように無意識に押さえ込んでいる」と読み取れる。この読解が「抑圧」という言葉につながるが、ノーヒントで導き出せというのはあまりに酷である。一般的な出題者なら、問題文に「『抑圧』という語を用いて〜」とヒントになる文言を記載するだろう。


④ 「あの夜味わった恐怖だけはいまだに忘れることができないんだ」とあるが、「僕」が恐怖を忘れられないことがわかる箇所を本文中から探せ。

 直後のオチがそのまま答えとなる。「家に鏡が一枚もない」が正答。

5. おわりに

 話は読みやすく、おもしろいが、全体の輪郭をとらえるのが難しい。おそらく「おもしろいけど、結局何が言いたいの?」となる学生も多いだろう(村上春樹の授業で起こりがち)。
 端的にまとめるならば、次のようになる。

 この話は「『僕』の自意識と無意識がクロスし、内面に秘めた屈折に気づく話」なのだ。B段落の最初で「怖いもの知らず」だった僕が「忘れられない恐怖」という体験を経て、「人間にとって、自分自身以上に怖いものがこの世にあるだろうか」という気づきを得ることこそが、「僕」の成長なのである(大人になった「僕」が成功者オーラを放っているのもこの成長あってこそ、なのかもしれない)。

 ただ、これは「国語教師としての読み」である。「いち春樹ファン」としては……別の機会に述べる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?