日本料理「一灯」料理長 長田勇久の味わうゼミ noteレポート④_2022年月日
味わうゼミもいよいよ4回目となりました。
フードスコーレ運営委員の門之園がその日の様子をレポートします。
4回目のテーマは「塩を学び味わう」。
自然海塩を製造・販売している「海の精株式会社」の川内啓以さんを案内人としてお招きし、「塩」についてお話いただきました。
「塩味」とは、味の中の基本的な味(基本五味)の中のひとつです。単純な「塩味」としての役割だけでなく、料理にわずかに入ることで素材の風味を引き立てたり、イオンとして人間が生命活動していくために必要な元素でもあります。
「塩味」はわかりやすい基礎的な味であり、実はいろんな役割にも関わっている欠かせない存在です。そのため、「味わう」を考えるにあたって「塩味」を取り上げようと考えました。
そして「塩の味わい」を考えるにあたり、どなたにお話を伺おうか。一番に思い浮かんだのが伊豆大島で自然海塩を製造・販売する「海の精」の川内啓以さんです。
私が川内さんと初めてお会いしたのは、数年前に「海の精」の伊豆大島にある大島製塩場へ見学に伺ったとき。塩をていねいにつくる現場のみなさんの姿や設備の迫力にとても感動しました。
中でも印象的だったのが、川内さんたちがこの地で塩をつくってきた意味、歴史、そして塩づくりに関わってきた人たちへの想いです。「海の精」はミネラルの種類が豊富なので余韻もある味わいが特徴ではあるのですが、川内さんのお話をお聞きしたあとは更に奥深くなったように感じ、塩を使う時の気持ちが変わりました。単なる塩の味で選んで使うというよりも、それ以外の指標が入ったような感覚です。
私が感じた塩へのこの気持ちの変化を、ゼミに参加するみなさんにも感じてもらうことで「味わう」を探求するヒントになればと思い、今回、川内さんに塩のお話をお願いしました。
事前にメイトのみなさんの手元には、「海の精」さんで取り扱っている4種類の塩を送り、ゼミ当日に塩の味わいの違いをオンラインテイスティングすることに。
先入観なく塩を味わった場合の感覚もとらえておきたく、テイスティングは川内さんのお話を聞く前とあとの2回行うことにしました。
川内さんから届いた塩はこちら。
粒子がサラサラだったり、しっとりしていたり、粒の大きさが違ったり、外観にも違いがあります。どんな味の違いがあるのでしょうか。
第1回目の案内人の東北大学坂井先生や川内さんより、「塩味の違いを体感するには水溶液の方がわかりやすい」とアドバイスいただいたので、ゼミが始まる前に4種類それぞれ1%の塩水をつくって用意。みんなもそうなのかな? 塩がコップの中で意外と溶けにくく、スプーンで急いで混ぜながら、パソコンに向かってゼミにいざ参加!
ゼミ長で料理人の長田勇久さんと、フードスコーレ校長平井にとって「塩」とはどのような存在なのか? 立場の異なるふたりに冒頭で聞いてみました。
(長田さん)
料理の味を決めるものとして、長年向き合ってきている存在です。料理によって、塩を使い分けています。味の決め手になるもの、こだわって作るものは海の精を使います。料理しながら、精製塩か海の精か、どちらが向いているのか考えながら使っています。
(平井校長)
塩についてひとと話したことはないけど、食にたずさわる学び場をしていると、必ず塩の話が出てきます。原料として、歴史や物流の基本となっていて、「インフラ」のようなもの。だからこそ重要なものだと考えています。
「塩」はとても身近な調味料の一つですが、ひとによって、塩への向き合い方も違い面白いですね。
次は塩のテイスティング。
まずは、塩の味の違いがわかりやすいように1%の食塩水で比較し、そのあと塩単体でも比較しました。
「塩の味わいを比べる、なんてあまりしたことがないけど違いがわかるのだろうか?」
みなさん少し不安そうに、ドキドキしながら味わっていました。最初は真剣になり静かでしたが、「甘いかも」「しょっぱさが違うかも」「違う気はするけどうまく表現できない」などのコメントが。調味料として身近な塩ですが、改めて向き合ってみると味わいを比べるだけでも違った一面が見えた気がします。「その他にどんな塩があるのだろう。」「どんな風に作られているんだろう。」さらに疑問が湧いてきます。
ここでは、テイスティングのコメントはあまり聞かずに、川内さんによる「塩のお話」へ突入。川内さんのお話を聞いた後に、じっくりみなさんにもお聞きしてみたいと思います。
川内さんには、塩の基本から、歴史や身体への役割についてなど、お話いただきました。
こんなに毎日使っている塩なのに、知らないことがいっぱいでした。
まず最初に驚いたのが、世界の塩と日本の塩の違い。
世界のお塩の生産量のうちの1/3は天日塩(原塩。天日蒸発だけでできた塩)、2/3は岩塩(採掘して、一度溶かして結晶化させた塩)。日本のように海水を煮詰めて塩を取り出す方法は、非常に微量で珍しい。日本は、岩塩鉱床がなく天日塩も作りにくい気候なためで、日本の塩の歴史は、塩を作るために海水をどれだけ効率的に濃縮させるかの歴史なんだそうです。
海水を効率的に濃縮するために、塩田の構造や動力が発達していきます。そしてより効率的で純度の高い塩を作るイオン交換膜製塩法が誕生。政治的な背景もあり塩田製法が一時全廃され、イオン交換膜製塩法のみになり、塩専売法により1997年までは塩の製造と販売も厳しく制限されていました。しかし、厳しい制限下の中でも、塩田復活に向け研究を重ねてきた人たちの取り組みのおかげで、塩専売法廃止後、日本の伝統海塩が復活し流通するように。こちらがのちの「海の精」となります。その後、塩の輸入も自由化され、最近では多種多様な塩が店頭に並ぶ塩ブームにもなりました。
今、さまざまな塩がわたしたちの手元にあって、選択の自由があるのは、いろんなひとの想いや活動があってからこそなのですね。
もう1つ驚いたのが、日本での塩のつかい道の内訳です。ソーダ工業用(※)が約75%、その他融雪剤や家畜用としてが約10%、食用として使用されるのは約10%程度だそうです。
※ソーダ工業:塩を原料に、幅広い産業分野の原料・副原料、反応剤などに使われる化学薬品を製造する工業
意外と家庭用の割合って少ないのですね。
イオン交換膜製法のようにいかに効率的に塩を作るべきかが求められ、技術が発達して行ったのも納得できました。
塩について深ぼっていくと、経済や政治も大きく関わっていて、まさに平井校長が最初に言っていた「インフラ」のような存在なのだと感じました。塩の歴史を知ることは、世界の歴史を知ることにもつながりました。
川内さんに塩のお話を聞いた後に、改めてもう一度テイスティングしながら塩の味わいの違いを比べてみました。
「塩味がやさしくひろがる感じがする」
「甘味の後にしょっぱさがじんわり広がる」
「塩味が強く奥にいく感じ」
「家で使っている精製塩は、塩味が1箇所で感じる印象」
いろんなコメントが出てきました。
みなさん、塩を味わいながら、
「味わいは時間軸なんだろうか」
「塩の違いを表現するのは難しかった。味わうというのは「どう違うか表現すること」なのだと感じた」
と、「味わう」とはどういうことなのか、についても考えていたようです。
普段あえて味わうことをしない「塩」。
はじめは、塩はシンプルすぎて味わうことは難しいのでは? と思っていましたが、やってみると、「味わう」ということに向き合うのに塩に注目するのはアリだな、と感じました。
そして、川内さんのやさしく柔らかな中に熱い誠実な想いがあるお人柄に触れたのも、みなさんの今後の「塩の味わい」に影響していくのかもしれません。
次回は、長田さんによる料理人としての「味わい」について。
料理人の観点から、複合的な要素について触れる時間となります。
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