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IPOプロセスは「αマネジメント」の体制構築期間

こんにちは。CFOのnickです。
フーディソンは2022年12月に東京証券取引所グロース市場に上場しました。主幹事との契約を締結したのが2018年夏でしたので、実に4年以上もIPOの準備をしていました。その間さまざまな方々からのご支援をいただき、個人的にも非常に多くのことを学ぶ機会となりました。今回はその過程で考えたことをまとめてみました。


なぜIPOをするのか?

経済産業省「スタートアップの成長に向けた ファイナンスに関するガイダンス」より

上記の図は経済産業省が公開している「スタートアップの成長に向けたファイナンスに関するガイダンス」からの抜粋ですが、IPOの意義は「上場企業としての認知獲得」、「資金調達機会の増加」、「エグジット機会の提供」と記載されています。

一方で、スタートアップの社会的な認知度上がったり、産業が成長したこともあり、上場が認知度向上に直結するわけではないことや、資金調達手段においても未上場の方がアドホックにアクセスが可能であることなどを踏まえると、実態としてはそれほど関係なくなってきているように思えます。

そのため、現在IPOを目指す企業においては、VCや創業者による「エグジット機会の提供」が主な意義になっていると考えられ、VCの出資を受ける際に株主間契約でIPOを目指すことが緩く規定されているので、それを理由にIPOに向かっていくことの方が多いような気がしています。

当社の場合は、VC出資の影響もありましたが、それ以上に創業者CEOの山本が創業当初から「100年続く会社にするために公器にしなければいけない」という信念を持っていたことが、より大きくIPOの動機になっていました。

この信念は、企業は100年でも存続できるが人間には時限があるため、パブリックカンパニーとして経営していかないと、いずれ企業として立ち行かなくなる、というシンプルな考えに基づいていました。

IPOプロセスで感じた課題

私自身、IPOプロセスを推進する立場になったことは初めてだったので、進める中で、様々な方々に質問をさせていただきながら理解を深めました。

その中で感じた課題は、IPOに関して全体的な理解を持っている人はそれを実現したCFOなどの一部の人に限られていると感じた点です。IPOプロセスの局所的な専門家は存在するものの、それらのアドバイスはあくまで局所的な最適解であり、全体的な最適解とは限らないため、判断を誤ることがあるということです。

一方で、局所的な専門家が多く存在し得るというのは、逆に言えば、局所的な最適解に従っていくだけでもIPOに至ることはできるという意味も持ちます。

ただし、当社のIPOの目的の「100年続く会社にするために公器にしなければいけない」という視点から考えると、上場後も踏まえて総合的にIPOプロセスを進めなければいけないと考えており、当社なりの全体最適解で準備を進めました。

会社を公器にするとは?

公器になるためのフレームワークとして東証が発表しているコーポレートガバナンス・コードを参考にしましたが、最上段では「基本5原則」で整理されています。

1. 株主の権利・平等性の確保
2. 株主以外のステークホルダーとの適切な協働
3. 適切な情報開示と透明性の確保
4. 取締役会等の責務
5. 株主との対話

東京証券取引所 2021 年 6 月 11 日「コーポレートガバナンス・コード」より抜粋

これは「上場会社」のコーポレートガバナンスのフレームワークですが、未上場会社の視点から考えると、特にIPOの専門家がカバーしていない領域は「株主との対話」です。専門家が少ないということは、株主との対話の体制が十分でなくても上場自体はできてしまうということかもしれませんが、公器を目指すという観点からしっかりとその体制も作っていきたいと考えていました。

株価の値動きと経営判断の関係性の謎

上場前後では限定されていた株主数が数十倍にも増加することや日々株価が動くという変化があります。一方で上場すると株主を選べるわけではないですし、株価は市場が決めるものなので、会社としてできることは限定されているようにも思えました。

IPOをしたばかりの企業の株価の動きを分析してみると、上場後上がり続ける会社、一度高値を付けて下がり続ける会社、1回目の決算後に突如上がる会社など、さまざまなパターンが存在することに気付きました。

果たして同一企業なら必ずその値動きをする宿命にあるのだろうか?と考えるときっとそうではなく、経営の準備や判断によって結果が変わるのではないか?という仮説を持つようになりました。

例えば1回目の決算後に株価が上がったいくつかの会社は(便宜的にA群と呼びます)、業績の見通しを低く開示していたり、あるいは、語っていた戦略の説明が不十分だったりする場合が多いようでした。

また、Bという会社は任意開示を行って、憶測で株価が急騰したタイミングで、VCのロックアップが外れて一気に売りが掛かり、その後急落するというようなケースもありました。

もしそれらの会社が業績の見通しをもう少し高く開示していたらどうだったのか、あるいは、とある会社が任意開示をせずに過度な思惑売買が発生しなかったらどうだったのかーーー
たらればですので、実際にはわかりようはないですが、違う株価の動きになっていた可能性は十分あるのではないかと思います。

サプライズを避けるために「αマネジメント」を構築する

経営としては様々な事情を抱えた中で判断や行動をしているので、A群やBの経営判断が良いか悪いかは知る由はありませんが、少なくとも投資家の期待を良くも悪くも裏切る「サプライズ」は短期目線でのリターンを求められるようになり、経営としてはなるべく避ける努力をすることが、中長期的な市場対話において重要であるように思えました。

このように経営として市場の期待値をコントロールし、期待値に合わせて結果を出していく経営姿勢を私は「αマネジメント」と呼ぶようにしました。

ここの「α」は金融のポートフォリオ理論で使用される用語で、ファンドの期待収益率に対する超過収益率を示します。経営として「α」をマネジメントすることで、健全に市場と対話できるようになるのではないか?と考え、そこに注目することにしました。

「αマネジメント」を構成する3つの要素

特にIPOにおいては中長期的、短中期的、現在のそれぞれの時間軸における期待値を調整する体制を整備することが「αマネジメント」になるのではないかと考えています。それらは具体的には以下の3つの要素に言い換えられます。

1. エクイティストーリー| 中長期的な期待値

エクイティストーリーは、会社が何を目指しているのかを明確に伝え、それが社会的なインパクトや企業価値としてどれだけ魅力的なものであるかを内外に語ることです。エクイティストーリーの精度が高ければ、投資家や従業員、取引先などからの期待も高まるでしょう。逆に精度が低ければ、期待は減少する可能性があります。

多くのスタートアップは、創業者が実現したい壮大なビジョンや会社の存在意義を持っていますが、それを言語化できずにいたり、スケジュールを具体化できていないことがあります。精度向上は容易ではありませんが、創業者が10年程度のタイムラインを考慮しながら、実現したいことを明確にしているかどうかは期待値に大きな差を生むと考えられます。

2. PLマネジメント| 短中期的な期待値

PLマネジメントは、会社の短中期的な業績予測の精度を向上させることを指します。その目的は、予想外の業績結果を避けるためです。これは経営上の重要な要素であり、各部門のKPIマネジメントの精度を高め、管理部門がプロジェクションモデルを作り上げることによって実現できると考えられます。また、目標に対して経営陣全員がコミットしていることも非常に重要です。

PLマネジメントは経営そのものであり、特に事業の真のKPIを見つけることや、目標にコミットする組織を構築することは容易ではありません。これらの準備が整っているかどうかによって、上場後の投資家の期待値設定が変わると思われます。

3. 流動性の確保| 現在の期待値

売りたい時に売れない株というのは不測の事態に備えて期待値を上げなければいけないという心理が働きます。特にグロース市場に上場するような企業は規模が小さいため、出来高(流動性)が少なくなる傾向があり、売買が成立しにくくなります。

出来高を増やすためには一義的には浮動株をどれだけ作るかで変わるので、それをどう設計するかは特にIPO時のオファリングサイズで人為的に操作できるところになります。浮動株は既存株主の売出と新株発行で調整が可能ですが、この調整は株主や証券会社などのさまざまな思惑が絡むので、様々なケースに備えて準備をしておく必要があるかと思います。

まとめ

これらをまとめるとαマネジメントとは、エクイティストーリーを明確にすることで中長期的に会社に期待を持つステークホルダーを増やし、PLマネジメントを徹底することで業績予想と実績の乖離を抑え、そのステークホルダーの信用を築き関心を集めると共に、戦略的に浮動株を一定確保することで流動性が担保され、株価が適正な価格に反映されるようになるであろうという話になります。

さらにコーポレートファイナンスで考えてみると、αマネジメントをおこなうことは企業価値が向上するとも言えます。上記の式で表すと、以下の効果があります。

  1.  エクイティストーリーの精度が高くなると、将来キャッシュフローへの期待値が上がり、より先のキャッシュフローを企業価値に織り込める(先のキャッシュフローの方が直近のキャッシュフローより高ければ企業価値は上がる)

  2.  PLマネジメントの精度が高くなると決算に対する投資家の見方のボラティリティが下がりβが下がるため企業価値が上がる(決算開示後の株価のアップダウンが激しいとβが上がってしまう)

  3.  流動性が確保されれば流動性リスクプレミアムが下がるため、リスクプレミアム(Rm)が下がり企業価値が上がる

さいごに

IPOプロセスでは、専門家からの指摘はほとんどガバナンスの話で持ちきりになることが往々にしてあると思います。しかしながら、全体を見る経営の立場としては、そこだけに注力せず「αマネジメント」の精度を上げることにも意識を持ち、その体制を構築することで、株主との対話のレベルを上げることができ、きっと中長期的に市場との関係性をよくできるのではないかと考えています。強いてはそれが企業価値の向上にもつながる可能性も示していると思います。

当社のIPOにおいて、私なりにαマネジメントを構築してきたつもりでした。しかし、結果としては上場後株価は公募価格を割って推移しておりますし、直近の当社のβは3を超えておりますし、出来高が700万円程度しかない日もありましたし、短期的には全くもって成果はでておりません。従いまして、当社のαマネジメントの質をもっと向上していかなければいけないと考えています。

この話はあくまで実務を行う中で、考えた仮説であり、正しいかどうかもわかりませんが、IPOプロセスの中で全体を理解して判断していくことが重要と思えた局面がいくつもありましたので、一つの意見として参考になる方がいれば良いなと考えております。