先生と同室
22時、消灯の時間がきて四季と皇后崎は各々ベッドに入る。
とは言っても、まだ眠気はなくていつものように二人は小声で話し出す。
「なあ」
下のベッドにいる皇后崎に四季が声をかける。
「なんだ?」
皇后崎の返事を確認してから四季は話し出す。
「無駄先と遊摺部って同室じゃん?あいつらどんな会話してるか気にならねえ?」
「…別に」
皇后崎は大して興味がなさそうに答える。
「えぇーオレめちゃくちゃ気になるんだけど。無駄先が何話すか全く想像つかないし」
「そんなに気になるんなら、明日遊摺部に直接聞けばいいだろ」
「おぉーそれもそうだな」
「…」
「なあ」
「…」
皇后崎の返事がないので、今夜の会話はこれで終わりみたい。
四季は明日遊摺部に聞こうと心に留めて、目を瞑った。
翌日
午前の授業を受けるため、皇后崎と教室に入る。
他のみんなはもう席についていた。
黒板のすぐ前の席に遊摺部が座っていたので、四季はその後ろの席に着いた。
「おはよう四季君」
「おー、はよ」
遊摺部が振り返って明るく挨拶してくれるから、四季も明るく返す。
「なあ遊摺部」
遊摺部はなあに?と、首をかしげる。
「お前って無駄先と同室じゃん?普段どんな会話してんの?オレめっちゃ気になっちゃって」
遊摺部は驚いたように少し目を開いてから、ちょっと困ったような顔をする。
「あー、そのことなんだけど、実はオレ、先生と部屋で一緒になったことなくて。先生はオレが寝てから帰ってきてるみたいで。ちゃんと先生の着替えや荷物が置いてあるから部屋を使ってることは間違いないんだけど。朝にはとっくにいなくなってるし。実質一人部屋になっちゃってるんだよね」
そう言う遊摺部はなんだかちょっと寂しそうだ。
「…そうなのか、なんか変に期待しちゃって悪い」
少し気まずくなって四季が謝る。
「大丈夫だよ。気にしないで」
眉をちょっと歪めた遊摺部はそう言って前を向く。
その時、無駄野がガラッと扉を開けて教室に入ってきた。
タイミングがよすぎて、四季は今の話、もしかして聞かれていたのでは?と思ってしまう。
教卓に立った無駄野は、席に着いた生徒たちをざっと見回し、最後に目の前に座る遊摺部に視線を落とす。
遊摺部は下を向いているようで気づいていないようだけど、無駄野が遊摺部を気にかけているのか、他より少し長く見つめたのを四季は見逃さなかった。
やっぱりさっきの話、聞かれてだやつだと四季は思った。
⬜︎
その夜、日付が変わる前に無駄野は部屋に帰ってきた。
いつもより仕事を巻きで進め、早めに切り上げてきた。
キイーッと小さな音を立てて扉を開けると、暗い部屋を外の光が一瞬だけ照らすけれど、すぐに閉めるとまた暗くもどる。
かすかに点るソフトライトの明かりをたのみに、無駄野は二段ベッドに近寄る。
上の段には自分の生徒である遊摺部が、背中を丸めて壁を向いて寝ている。
きちんとかけていたはずのタオルケットは、足の下の方にくしゃりと蹴り飛ばされている。
無駄野は遊摺部の足の隙間からそっとそれを引っ張り、元のようにその体にかけてやった。
そのとき、軽く握られた遊摺部の右手がほんの少しだけ動いたように見えた。
よく見れば寝息もしていないので起きているのか?と思ったけれど、無駄野は見て見ぬふりをしてベッドから離れた。
無駄野はタートルネックのシャツを脱ぎ、寝巻きとして使っている黒のTシャツに着替える。
夜だけは、腕や首に刻まれたタトゥーを曝け出す。
着替えを終えた無駄野は、明日の服をベッドの下に用意し、その隣にローラースケートも置く。
他にやるべき事はないか、頭の中で思い出してみるけれど、見つからないのでないということにして、下のベットに入る。
今日の出来事を一つ一つ思い返す。朝目覚めた時から、今こうして寝る寸前までの出来事を。
今日を無事に終えられたことに安堵して、無駄野は目を閉じた。
「おやすみなさい、先生」
目を閉じたのと同じくらいで、上から遊摺部の囁く声が耳にとどいた。
「おやすみ、遊摺部」
無駄野は目を閉じたまま少し頬をゆるめて答えた。
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