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食における人工と天然の概念と幾らかの考察

人間とは理解するために単純化したがるもの。

善か悪か、表か裏か、男か女か、関東か関西か、賃貸かマイホームか、きのこかたけのこか、そして人工か天然か。

みんな二元論的な議論や対立が大好き。確かに、人間は4次元空間を想像できないことからもわかるように、多くの因子を同時に認識するのは難しい。

でも、そんな単純化して本当にいいの?ていうかその二つで合ってる?というのが本日のお話。

食品の文脈における人工と天然に関する議論はすでに出尽くされている感もありますが、私の考えをまとめたことはなかったので、ここに言語化しておきます。

今回の内容はもはや私の思想や嗜好、性癖、独断、偏見に塗れた内容になることが予想されますが、それでも付き合ってやるぜ!って方だけご覧ください。

結論

とはいえ、誤解なきよう端的にまとめときますね。Twitterよろしく140字でまとめますと

人工と天然の区別はこと健康への影響や安全性に対しては無関係と言って支障はないけど、感覚や情動への影響(五感や安心)は否定できないよね。そもそも分類が曖昧だけど天然には天然の、人工には人工の良さ&面白さ&魅力があるし、そんな素敵な食品の世界にあなたも足を踏み入れてみませんか?(137字)

そもそも人工とは何か


本題に入る前に人工の定義を考えてみる

じん‐こう【人工】
自然の事物や現象人間手を加えること。また、人間の手自然と同じようなもの作り出したり、自然と同じような現象起こさせたりすること。「—の湖」「—着色」⇔天然

デジタル大辞泉

なるほど、人の手が加わっていると。まぁ農業も手が加わっていますので、グラデーションがありそうです。

人の手の加わり度合いで考える

↑天然
① 狩猟採集(山菜、ジビエ、魚介)
② 農作物、畜産物(コメ、果物、乳製品)
③ ②の加工品(お茶、ご飯のパック)
④ ②の抽出濃縮品(白砂糖、ステビアエキス)
⑤ ④の加工処理による化学合成(ビタミンC)
⑥ 天然に存在しない成分(スクラロース)
↓人工

①②が天然、⑥が人工は異論なさそうなので際どいあたりせめてみよう。

③は人工と呼ぶ人は少ないでしょう。納豆や日本酒などもこの範疇かな。ただし、③においても人が加工・制御して化合物レベルでの物質変換が起きていることには注目すべきかと(発酵なんて特にそう)。

④は白砂糖まで精製されているともはや人の手がかなり加わっているようにも感じます。例えば焼酎などの蒸留酒も④でしょうし、まだ天然と言えそう。みんな大好き(大嫌い)グルタミン酸ナトリウムも砂糖キビの発酵、精製により作られるのでここでしょうし、そろそろ意見は分かれてきそうです。

⑤が微妙。例えばビタミンCと言っても、アセロラなどの果物を濃縮精製したら④だし、糖を酵素変換して製造する場合⑤になるわけですが、これは天然なのか、人工なのか。また、澱粉を酵素処理して製造する難消化性デキストリンもここでしょう(しかもこれは食品添加物じゃなくて食品扱いでOK)。物質変換の観点では③と何が違うのか?と言われると答えに窮しそう。

つまりね、何が言いたいかというと、そもそも人工と天然の定義がはっきりしていなくて、自分の主義主張に合わせてラインをずらすことができるものなので、人工と天然の良さや悪さなんてそもそも語ること自体困難なわけですよ。
天然崇拝の人にとっては「精製された砂糖や塩が悪い!」と主張したい場合④以降を人工物とするでしょうし、化合物レベルで地球上に存在しているか否かで判断する人は⑥だけ人工物とするでしょう。

議論することすら実は難しいのが天然と人工の違いだったりします。

良さげな定義から考える

ちょっと視点を変えてみます。

天然という言葉・ものがちゃんと定義されているものが実は存在します。それは「天然香料」と「合成香料」です。人工じゃなくて合成になっちゃったけど、これが我々にとって大きな道標になるかも?ということで調べてみた。

天然香料
動植物から抽出圧搾蒸留などの物理的手段や酵素処理して得ます。天然香料は、花や草木、果実などから取り出される植物由来のものがほとんどですが、最近ではビーフやポーク、チキンなどの食肉類(動物性たん白質)やカツオブシ、ホタテ貝などの魚介類、エビやカニなどの甲殻類の抽出物が動物性天然香料として利用されています。

合成香料
化学反応を利用した方法でつくられた香料です。合成香料の種類は3000を超えますが、世界市場で取引されている主なものは約500種類です。原料は、天然原料、石油・石炭系原料、パルプ製造の副産物などから大量に入手できる化合物などですが、香り物質を得ることさえできれば原料に制限はありません。

日本香料工業会WEBサイト

https://www.jffma-jp.org/course/

これでいうと、まず④までは間違いなく天然。⑤はものによりそう。ちなみに、香料の場合は天然香料として使える基原料は明記されているので、この定義はしっかりしています。

ものとしての特徴から考える

結局人の手の加わり度合いではちょっと難しそうなので、私なりに考えてみました。それならその特徴である程度分けられないかと。

つまり、私の中でのイメージとしてはこうです。

人工:特定の成分(あるいは成分群)に分解することが容易で、再現性高く化合物から製造できる。
天然:特定の成分に完全に分離することが事実上不可能で、化合物からの再現が困難。

定義というには例外が多すぎる(例えば白砂糖やテキーラが人工になってしまう)ので、あくまでイメージとして捉えてください。

コーヒーをコーヒー豆以外から作ったり、植物から人工肉を作ろうとしていますよね。あれが大変なのは元の天然物の素材が非常に複雑で、再現することが難しいからです。

唐突ですが、レゴブロックで例えてみましょう。黄色で同じ形のレゴブロック100個でできたお手本と同じものを作れと言われたら、そのレゴブロックを探すのが多少大変だとはいえ不可能ではないでしょう。じゃあ色も形もランダムで何パターンあるかもわからないレゴブロックでできたお手本(しかも細部までよく見えない)通りに作れと言われたらどうでしょうか?似せることはできても、完全再現は難しいよね。

レゴブロック=化合物と考えてもらって、天然物を再現すると言うのはそれくらい困難なことで、そこに天然というものの面白さや価値があります。

ちなみに、天然物も化合物(化学物質)の集合体であることに変わりはありませんからね。「これは天然なので、化学物質は含まれていません!」という文章は誤りです。環境省のWebサイトにも化学物質の説明はありますね。

食品添加物=人工は誤り

蛇足ですが、食品添加物は人工だ!!という認識違いをされてる人もいるかもしれないので、念のため書いておきます。

食品添加物には天然由来のもの(④とか)も結構たくさんあります(香辛料抽出物とかね)。

さらにいうと、食品添加物には既存添加物と指定添加物というものがあるんですが、これもいろんな歴史は辿ってきているものの、今は人工天然には関係ありません。


因縁の対決 〜人工VS天然〜

人工と天然が少しだけ見えたところで、おまちかねのガチンコ勝負行ってみましょう。

①安全性への影響

まずはここでしょうね。

天然の方が安全に決まってるじゃん!と思ったあなた。大間違い。

よく事例として出されるのが、フグの毒(テトロドトキシン)や食中毒菌などは天然物だけど危険だよねと言う話。
加熱で増えるアクリルアミドや加工工程で生成されるトランス脂肪酸なんかも危険ですが、これが人工なのか天然なのかそもそも微妙なところ(冒頭の定義では③でしょうか)。
じゃあ人工が正義かというとそう言うわけでもなく、要するに人工とか天然とか全然関係ない!

と言うことで第一ラウンドは引き分け。

ただ、曲がりなりにも食品の専門家なのでもう一歩踏み込んでみましょう。

天然物は特徴のパートで書いた通り、何が入っているかわからない(例えばアレルギー物質とか)こともあるし、収穫する年によって変わったり、何か混入する可能性が高かったりと、制御できないこと怖さはあるでしょう。なので、メーカーの人間はむしろ天然の方が慎重になることが多いと思われます。

一方、人工物(というか濃縮されたもの)は一気に大量に摂取することが容易であると言う危険性があります。健康食品で起きる健康被害として、よくこの手の話は聞きますね。また人類の歴史上長い期間食べられたものではない(食経験が少ない、またはない)ため、実験的には安全だと証明はされていたとしても想定外が起きないとはいえないでしょう。

つまりどっちもどっち。

ちなみに、厚労省関連のサイトにも似たようなことが書いてあるよ

②健康への影響

摂れば摂るほど健康になったり逆に不健康になったりするのはどっち?なんとなく天然の方が健康に良さそうなイメージありますよね

他にも精製度の高い加工食品を摂ると体に悪いなんて話も聞きますが、本当でしょうか。その手の文献はそもそも加工度の基準がバラバラだったり評価が難しかったりするわけですが、ここも結局何を食べるのかの問題であって、人工と天然の違いなんて関係ないでしょう。

天然物だって、お酒を飲み過ぎたら当然体に悪いし、天然だからといえ過剰な糖、動物性脂質、食塩含有量の食事だって控えないといけません。

つまり、ここでも天然と人工で区別するのは無意味で、成分や食事そのもので考えていかないと意味がありません

ただ、①で述べたように人工物(と言うか精製されたもの)は大量摂取しやるいのはここでも問題になるかもね。

といわけで、ここもドロー。

③安定性への影響

続いて安定性。ちゃんと良い状態(おいしさとか栄養成分とかを)保てるか?とう言うところ。

人類は古来から相当苦労したはずで、その苦労の甲斐あって、発酵(アルコールや酸の力)や乾燥(水分活性低下)によって安定性・保存性を高めてきたのはご承知おきの通り。

とはいえ、天然であれ人工であれ、結局劣化するものは劣化します。例えばビタミンAなんかは光やらなんやらですぐに分解されますし(化粧品界隈でお馴染みのレチノール)、ビタミンCなんかも熱弱いです。

なのでここも引き分け・・・と言いたいとことですが、あえて言うなら人工の勝利でしょうか。

と言うのも人工の場合劣化しにくいものを選りすぐって混ぜることができますし、劣化し易くてもその成分だけを増やしたり、身代わりになってくれる物を混ぜたり(例えば、ビタミンCとEを混ぜるとEの抗酸化作用で長持ちします)、人工の方が融通がきくことは多い。

と言うこで、人工の初勝利!

④風味への影響

さて、風味に行ってみましょう。

味も香りも舌触りも、結局化合物と人間の感覚との交わりの中で起きるものなので、化合物(つまり成分)が大事ということです。成分だけで話がつくなら、じゃあやっぱりこれも天然と人工は関係ない?

と思うなかれ!もちろん好みの問題はありますが、これは天然に軍配が上がるでしょう。

というのも、あらかじめ述べていたように「天然とは成分の複雑な組み合わせで、再現が難しい」のですが、人間の感覚は分析できないレベルの微量成分すらしっかり感知することがあります。そんな繊細な感覚に対して、人工物で全く同じように再現するのは非常に困難であることは加工食品の商品開発を経験したことのある人なら肌感覚でわかるはず。ていうか無理よ。

さらに、高甘味度甘味料(いわゆる人工甘味料など)の味が苦手な人も多いと思いますが、あれも砂糖というものを再現することがいかに難しいかをよく表してますね。

もちろん、天然には存在しないオリジナルの風味を作るという妙技もたまにありますが(例えば、エナジードリンク味とかそんな感じ)、そういった例外を除けば天然の勝ちかなと。

⑤サステナビティの観点

SDGsっていうと健康とかも含まれちゃうので、環境・持続可能性という観点で考えてみましょう。

なんか人工は自然を破壊しそうだから天然の方がいい?
いやいや、天然物を根こそぎとり尽くしちゃいそうなので、人工に頼った方がマシなんでしょうか?

でも、人工物の製造コストもバカにならないし廃棄もある?

・・・あれ、環境負荷への影響って天然人工関係なく、結局物によりません?

個人的には人工に一票入れたいけど、専門じゃないし議論うみそうなので、引き分けかなぁ。

⑥感情への影響

最後に言葉の響き。うん、実に曖昧な勝負になりそうだ。

天然ものと養殖もの。実際脂が乗っているのが仮に養殖ものだったとしても、天然の方がおいしそうです。
人工というと、無機質な印象は受けつつも、最先端でカッケーなんて印象もあるでしょう。

・・・結局文脈によるね。でも食品のストーリーと相性が良いのは天然の方でしょうね。食品科学という分野でサイエンスやフードテックに関わる私がいうのもどうかと思うけど、お客さんって別に食品に最先端とか求めてなくて、結構保守的なことが多いです。最先端技術だったとしても「伝統的な○○製法をパワーアップさせた」みたいな過去へのリスペクトがあることも多いですし、それだけ食と人類が関わってきた歴史が長いということなんでしょう。だからこそ人工的なものに嫌悪感を覚えて忌避してしまうのは、人間にとってもしかしたら当たり前の情動なのかもしれません。

どちらが優れているのか?

ということで、

引き分け3、天然2、人工1ということで・・・・うーん引き分け!

引き分けというか全体的にそうなんですが、結局天然と人工という区分も曖昧な上にこの2分類で食品の性質を語ること自体が困難だというのが私の答えであります。

特に食品添加物においては天然物も化学合成品も共に存在しており、その優劣はないというのは消費者庁が提示している以下の文章からもわかるでしょう。

人工、合成、化学及び天然の用語を用いた食品添加物の表示は適切とはい えず、こうした表示は、消費者がこれら用語に悪い又は良い印象を持ってい る場合、無添加あるいは不使用と共に用いることで、実際のものより優良又 は有利であると誤認させるおそれがある。

食品添加物の不使用表示に関するガイドライン
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms201_220330_25.pdf

でもね、多少勝敗のつくものもあったでしょ?だから天然らしきものと人工らしきものにそれぞれいいところがあるんですよ。この分類に全く意味がないとも思っていません。

野球場の人工芝と天然芝だって、「人工芝の方が整備しやすいけど、天然芝の方が膝の負担が少ない」とかあるでしょ?知らんけど。

こんな曖昧な天然と人工ではあるけど、皆さんも食事をする際や加工食品を買う際に
・これって天然人工どっちに近いだろう?
・この成分はどんな役割を果たしてるんだろう?
・この商品は天然推しだけどなんでだろう?
とかなんとか、自分の中で押し問答をしながら食品と付き合ってみてください。


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