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『胡桃の箱』18 隠されていた秘密

その夜、白石はるみは自宅の寝室で、オルゴールの鍵を眺めていた。錠前屋が作ったその鍵は、独特な形をしていた。

その形は、何処かで見たことのあるような気がするが、さあ、何処だろう。

「もしや」
ハッとした彼女はジュエリーケースから、アンティ―クのペンダントを取り出した。

細い革紐に、小さな鍵とゼンマイネジと指輪を通したペンダントは、秋人からもらったものだった。


はるみは、佐々木が作らせたオルゴールの鍵とペンダントの鍵を見比べた。二つの鍵は、大きさも形状も一致した。

ただのアクセサリーだと思っていたペンダントの鍵は、オルゴールの鍵だったのだ。

ということは、ゼンマイネジもオルゴールのものなのだろうか。

彼女は、オルゴールの穴にゼンマイを差し込み、巻いてみた。するとオルゴールは、優しい音を奏でた。

何処かで聞いたことのあるような、懐かしいメロディーだった。そして一曲奏で終わると、カチリと音がして止まった。

「あれっ、もう終わり?」

確かめようとすると、オルゴールが取り外せることに気付いた。はるみは注意深く、オルゴールの仕掛けを取り外した。オルゴールの下は、二重底になっている。

もしかしたら、何かが隠されているのでは。そう思って底板を外して見ると、予感は的中した。

オルゴールの二重底の中には、茶色い封筒が入っていた。

「なんだろう?」

心臓の鼓動が高鳴る。震える手で、恐る恐る中身を確かめてみる。そこには、写真のネガフィルムが数枚入っていた。

はるみは、フィルムを透かしてみる。

「えっ?」

思わず声が出た。

フィルムには、ソファにもたれる女性が写っている。それは秋人が撮った、若いころの自分のネガだった。

秋人がオルゴールに、このフィルムを隠したのだろう。このオルゴールは、写真館から盗まれたものだったのだ。やはり春人の話は、本当だったのか。

彼女は、オルゴールの存在を知らなかった。けれども、燃やされるはずだったオルゴールが、今ここにある。そして思い出の写真のネガフィルムが、自分の手元に戻ってきた。

「こんなところにネガを隠して。私のために燃やそうとしたのね」

様々な思いが、溢れ出してくる。ずっと心の奥底にしまい込んでいた思いが、長い間忘れていた思いが、止め処も無く溢れてくる。 

はるみは、蹠を切ったように涙を流した。泣いて、泣いて、泣いて、泣き続けた。


『文潮』の写真騒ぎは、二週間ほどで収まった。僕は特に、白石はるみと連絡を取ることも無かったので、写真を売った猿渡のことも源ちゃんのことも黙っていた。

彼女は僕を疑っているのかも知れないが、話を蒸し返すのも嫌だった。そんな時、源ちゃんから連絡があった。

「春人、元気?」

「まあ、普通」

「あのな、あれから猿渡と話したんだよ」

「そうなんだ」

「春人が疑われていることや、バーに置いてあった箱のこととか」

「うん」

「そしたらさ、あいつ確かにそのバーに行ってたらしいんだ」

「へえ」

「写真売った金で、旨い酒飲んだんだと」

「クソだなあ」

「で、カウンターの一番端の席で飲みながら、盗んだ箱の処分法を考えたらしいんだ」

「処分って」

「奴もいろいろ考えるうちに、面倒になったみたいだな。酔いがまわって大胆になったのか、カバンから箱を出してカウンターの端っこに置いてみたら、誰にも気づかれなかったんだって。それで、そのまま店を出て来たんだってさ」

「まったく、しょうがないなあ」

「でも秋人さん、どうして箱を燃やせって言ったのかなあ。なんか知られたくない秘密でもあったのかな」

また、話が振り出しに戻りそうだ。

「もういいよ、秋人パパの秘密なんか、知りたくないし」

「そうだな、夏子さんも、そっとしとけって言ってたもんな」

「僕もあれ以来、白石はるみと連絡取ることもないし、減ちゃんのことも猿渡のことも誰にも言ってないよ」

「ごめんな。この借りは、返すからな。高崎に帰って来たら、おごらせてよ」

「うん。今度の連休、秋人パパの納骨式で帰るよ」

「納骨か。なんか人生って、あっというな」

「そうだね」

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