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『100万回言えばよかった」のラストシーンの朝日と『人魚姫』

#ネタバレ を含む記事です。個人的な考察であり、製作者の意図とは異なることがあります。また、ストーリの重要な部分や結末に関わる記述があります。ドラマを見終えてから、ご覧になることをおすすめします。

この記事はTBS金曜ドラマ『100万回言えばよかった』の10話(最終話)の考察です。

『100万回言えばよかった』のあらすじ

 TBSで2023年1月13日から3月17日まで放送された全10話の金曜ドラマ『100万回言えばよかった』は幽霊の出てくるファンタジーラブストリーでした。

 あらすじ
幼馴染だったが、大人になってから偶然再会し、改めてお互いを運命の相手だと確信した相馬悠依(井上真央)と鳥野直木(佐藤健)。

運命のいたずらなのか・・・悠依にプロポーズしようと心に決めた矢先、直木は不可解な事件に巻き込まれ突然悠依の前から姿を消してしまう。
 
悲しみに暮れながらも直木を懸命に探す悠依だったが、実は直木は自分が死んだとわからないまま魂となって現世をさまよい続けていた。自分の声が悠依に届かず、何かがおかしいと不安を感じている彼の前に現れたのは、唯一直木の存在を認識できる刑事の魚住譲(松山ケンイチ)。直木は譲に、自分の言葉を悠依に伝えてほしいと頼むのだが・・・。一番愛している人にきちんと「ありがとう、さようなら、愛している・・・」を言えないまま別れることになってしまった直木は、その“思い残し”を果たすことができるのか・・・。

TBS公式HP「はじめに」より抜粋 https://www.tbs.co.jp/100ie_tbs/about

『100万回言えばよかった』10話(最終話)のラストシーン

 『100万回言えばよかった』10話(最終話)のラストシーンでは、幽霊になった直木が1日だけ実体化し、亡くなる前にやり残したことを果たしていきます。そして迎えた最後の夜、自宅を出た二人は中学時代に住んでいた家の近くの海岸に向かいます。そこは奇しくも、中学時代に彼氏にフラれたことを悠依が直木に打ち明けた場所でもありました。
 夜明け前の海岸で悠依と直木が流木に座り、最後の時間を惜しむかのように語り合います。やがて、海から昇る太陽が差す中、直木の体は消えていきます。海から昇る朝日が絵画のようなショットと、空に登っていく直木の視点のようなアングルからの映像が印象的でした。
 朝日の昇る海岸で、消えていく直木の姿から思い出したのが、アンデルセン童話の『人魚姫』です。

アンデルセン童話『人魚姫』のあらすじ

 永遠の命をもつ人魚の一族に生まれた人魚姫は深い海の底に住んでいました。ある日、大きな船に乗っていた王子を見た人魚姫は王子に一目惚れをします。しかし、その夜、嵐が起こり、王子は海に落ちてしまします。人魚姫は王子の命を助け、浜辺に運びますが、そこにやってきた人間に見つかるのを恐れて王子のそばを離れました。
 人魚姫は海の底に戻っても、王子に会いたい気持ちが募り、魔法使いから人間になる魔法の薬を手に入れます。そのときに、人魚姫は美しい声を薬と引き換えにし、王子が他の女性と結ばれると、その翌朝には水の泡になってしまうという条件も受け入れました。人魚姫は魔法の薬を飲み、人間になると、王子のもとで暮らします。ところが、王子はやがて他の女性と結婚式を挙げます。
 人魚の姉たちは、王子の結婚式の夜、自分たちの美しい髪と引き換えに魔法使いから刀を受け取り、その刀で王子を殺せば、人魚姫は死なずに済むと教えました。けれども、人魚姫は王子を殺すことができず、夜明けの光の中、水の泡になって消えます

青空文庫『人魚姫』
底本「人魚の姫 アンデルセン童話集」新潮文庫、新潮社、1967(昭和42)年発行
https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/58848_67709.html

『100万回言えばよかった』と『人魚姫』

 『100万回言えばよかった』のラストのように、夜が明けて、朝日の差し込む中、消えていった人魚姫の話には続きがあります。

 人魚姫は泡になって消えたあと、空気の精になります。そして、空気の精の仲間から、世界中をめぐって風を送り、300年間、良い行いをすると、死ぬことのない魂をもらい、人間になれると聞くのです。この不死の魂を得るという設定は『100万回生きたねこ』(佐野洋子作・絵 1977年 講談社)の死なない「とらねこ」の話ともつながります。
 『100万回生きたねこ』も『人魚姫』も愛する者ができたために、永遠の命を失うお話
です。しかし、人魚は人間になる代わりに声を失い、王子に愛を伝えられませんでした。一方、とらねこは白いねこを愛し、いつまでも一緒に生きていたいと思ったけれども、白いねこに先立たれます。『100万回言えばよかった』で直木を失った悠依のように。
 けれども、直木は人魚姫とは違い、悠依に最後まで自分の言葉で愛を伝えました。『100万回言えばよかった』は悲しいラブストリーだけれど、声に出して、愛を伝えられた分、人魚姫より少し幸せなお話でした。そして、一緒にいられる時間が短かった分、『100万回生きたねこ』のとらねこより少し悲しいお話でした。

愛することとは、いつか愛する人と別れるということ

 人魚姫も『100万回生きたねこ』のとらねこも愛する者のために不死の命を失う話です。しかし、人間には不死の命はなく、愛する人といつか別れるという宿命があります。そして、誰もが、愛する人といつまでも一緒にいたいと思いながら、愛する人と別れる日を迎えます。ところが、たいていの人は愛する人とは、いつか別れるということを考えないようにして生きています
 愛は永遠とは言いますが、生身の体を持った人間は愛する人とは、いつか別れ流日を迎えます。つまり、人を愛すれば、その先には、いつか訪れる別れが必ずあるのです。『100万回言えばよかった』は悠依と直木という愛しあう二人の別れを通して、誰にでも、いつか訪れる永遠の別れの前にある、かけがえのない日常と、愛する人に伝えるべき言葉の大切さを教えてくれたように思います。

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