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ワクチン予約システムに関する改善提案

マーケットデザインの専門家と一緒に、ワクチン予約システムに関する改善提案をまとめました。その内容を5月19日に東洋経済オンラインでご紹介頂きました。日本経済新聞でもWeb記事5月23日の朝刊でご紹介頂きました。

このnoteでも、その内容を報告させていただきます。

2021年5月19日 ワクチン予約システムに関する改善提案

大竹文雄(大阪大学)
栗野盛光(慶應義塾大学)
小島武仁(東京大学)
小林慶一郎(慶應義塾大学)
野田俊也(ブリティッシュコロンビア大学)
室岡健志(大阪大学)

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大による医療提供体制の逼迫を解決するためには、ワクチン接種を迅速に行うことが必要である。ワクチンの供給そのものは既に十分に確保されているので、あとは接種体制をいかに効率的にしていくかということが課題になっている。中でも大きな問題になっているのは、ワクチン接種の予約がなかなかできないということである。ワクチン接種のために電話をかけてもつながらない、インターネットで予約しようとしても、システムがダウンして予約不能であったり、接続に長時間待たされたりするという問題が生じている。
 このような問題が発生するのは、ワクチン接種に関する予約システムがインセンティブの調整に失敗しているからである。これらの問題を解決するためには、先着順の予約方式を避け、抽選制・完全年齢順・割当制のいずれかを採用することが望ましい。また、予約受付時の混雑を緩和するためには、ネット予約の勧奨も効果的である。さらに、個別接種の予約管理に対しては自治体による代行制度の導入を検討すべきである。その上で、ワクチン接種希望日の集中を減らすために、ワクチン休暇の取得について政府がモデル就業規則を定め、経済界に広く勧奨すべきである。
 接種予約システムの具体的な改善相談については、東京大学のマーケットデザインセンター(email: market-design@e.u-tokyo.ac.jp)および慶應義塾大学のマーケットデザイン研究センター(email: keio.market.design@gmail.com)で受け付けている。予約システムの設計に課題を抱える自治体・ITベンダーの方は、ぜひ相談していただきたい。


(1) 予約システムの改善
 多くの自治体が採用している先着順の予約方式には問題点が多い。ワクチン接種希望者が多い場合に、先着順で接種予約を取るシステムを用いると、受付開始と同時に、多数の人が電話やネットで予約を取ろうとする。一時に予約が集中するので、電話回線やインターネットの回線がダウンしてしまう。そのために、接種希望者たちは、電話をかけ続けたり、コンピューターやスマートフォンの反応を待ち続けたりする。長時間待ち続けても予約を取れる人は一部で、多数の人は予約が取れない。先着順という予約システムのために、予約にかける国民の時間だけでなく、自治体職員の人員と労働時間、電話回線費用、予約システムのサーバーの増強費用などが無駄になっている。また、先着順は公平性の観点からも望ましくない。予約を先着順にすると、手伝ってくれる家族がいる人やネット環境が良い人が有利になる。
 これらの問題は、予約の混雑につけ入り、大量の予約枠を確保する悪質な予約代行業者が活動し始めると、より深刻になる。予約システムの脆弱性を晒さないため、あえて詳細な手順の説明は避けるが、先着順の予約方式は悪質な代行業者の搾取に弱い。実際、世界各国の先着順を採用する公共サービスの予約で、代行業者の横行が観察されている。この問題は、予約を行う段階で身元確認を行わず、単一の人間が多重に予約を取れるシステムのもとで特に深刻となる。これらの代行業者の活動は、予約システムに多大な負荷をかけ、自治体や接種希望者のリソースを浪費させることとなり、接種希望者間での公平性を損なうので、社会的に望ましくない。
 こうした無駄や不公平を防ぐために、以下の3つの予約方式のいずれかを採用するべきである。

A. 抽選制
 接種対象者別に、いつ、どこで接種を受けたいかという(複数の)希望を電話やインターネットで受け付ける。一定期間ごとに年齢や基礎疾患などの優先度を考慮した抽選で申込者に優先順位を付けて、優先順位の高い順に予約枠を割り振っていく。キャンセルがあった場合には、予約システム内でキャンセルがあった時間帯の再予約はせず、次の期間にまわす。あるいは、最初に仮予約を受け付けておいて、(抽選等の後に)正式予約ができる段階になると、メールやショートメッセージで通知を送り、正式予約を受け付けるという方式も考えられる。
 接種者に選ばれるかどうかは、早く申し込みをしたかどうかに依存しないため、この方法のもとでは先ほど指摘した予約システムにかかる負担や無駄を回避することができる点がメリットである。抽選システムが公正に運営されているかどうかに対する疑念が生じる可能性が、抽選方式の問題点である。例えば、接種券の番号の下2桁や3桁を用いるなど、予約の割り振りが公正に行われているかどうかが分かりやすくなる工夫を施すことで対処できる。

B. 完全年齢順
 先着順の問題点は、早く申し込みたいというインセンティブにあり、これを排除できるなら予約の割り振りは抽選制以外の方法で行ってもよい。抽選制を少し改変し、抽選の代わりに生年月日の順などから優先順位を作り、予約を割り振っても、同様に先着順の弱点を克服することができる。この場合、予約の割り振り自体にクジは一切用いないため、抽選システムの公正性に対する疑義は生じないというメリットがある。

C. 割当制
 あらかじめ、個人別に接種場所、接種日時を割り当てて、接種対象者に通知する。接種日、場所の変更を希望する人、接種そのものを希望しない人は、電話やインターネットで連絡をする。この方式のメリットは、予約に時間がかかることや手続きが複雑なことを嫌う人でも接種へと誘いやすいことである。問題点は、接種を希望しないにもかかわらず接種を断る手続きをしない人の比率が高い場合、キャンセルによって生じたワクチンや接種時間の無駄が発生する可能性が高くなることである。

 注意すべきなのは、どの予約方式が望ましいかは状況に依存するということである。接種初期の需要が供給に対してはるかに強い状況では、抽選制・完全年齢順・割当制が先着順に勝る。一方で、ワクチンに対する需要が落ち着いてきた段階では、先着順の予約方式、あるいは予約を廃した(予約なしで直接接種会場に行く)先着順が望ましい選択肢となる。割当制はキャンセル時に希望を聞いた上での再予約が必要であり、そのような希望者が多いと再び予約システムが必要となる。それゆえ、割当制は、キャンセルと再予約の要望が少ないと考えられる年齢層や自治体で望ましいことに注意が必要である。

(2) インターネット予約の勧奨
 電話予約は多数の電話回線だけでなく、自治体担当者やコールセンターのスタッフの人数と時間を必要とする。そのため、電話予約で対応できる予約件数は極端に少ない。したがって、電話予約しかできない人々もスムーズに予約申込ができるように、コールセンターの処理能力はなるべく温存するべきである。電話予約に代わり、インターネット予約を勧奨するためには、「ネット予約ができる人は電話予約をしても得しない」という状況を作り、この事実を周知するべきである。具体的には、接種枠の多くをネット用に取っておく、あるいは、ネットと電話で予約枠を分けないという方法で、この状況を作り出すことができる。

(3) 個別接種の予約管理代行制度
 集団接種だけではなく、個別医療機関による個別接種も多くの自治体で実施される。個別接種の予約方式は、各医療機関に電話で申し込みをする形になっていることが多い。しかし、各医療機関に接種希望者が個別に予約申込をすると、個々の医療機関の電話対応能力が低いため、電話がつながらない事態が発生する。また、個別医療機関に電話するまで空いている予約枠があるかどうかわからないと、実は都合のつく枠があるのに接種希望者がそれを見つけられないという状況が発生してしまうため、予約枠をうまく埋められず、接種のスピードが遅くなってしまう可能性もある。したがって、個々の医療機関の要望に応じて、自治体がワクチン配布に関する予約管理を代行する仕組みをつくるべきである。

(4) ワクチン休暇の勧奨
 ワクチン接種を円滑にするためには、接種希望者がワクチン接種可能な日を多くすることが必要である。副反応が出る場合に備えて、接種予定候補日とその翌日に仕事を休むワクチン休暇を取得できるように、政府がモデル就業規則を定めて、経済界に広く勧奨すべきである。

以上のように、経済学のマーケットデザインの考え方を使うことで、ワクチン接種予約システムを改善することができる。経済学の知見を活かしてワクチン接種を効率的に進めていただきたい。


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