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社会経済活動再開のために医療体制の迅速な改革を

大竹文雄(大阪大学特任教授)
小林慶一郎(慶応大学教授)
高久玲音(一橋大学准教授)
仲田泰祐(東京大学准教授)

 第4回目の緊急事態宣言が発出されても新型コロナウイルスの感染拡大は続いている。ワクチン接種が進んでいるにも関わらず感染拡大が続いているのは、感染力が従来株の2倍とも言われるデルタ株になったためである。ワクチン接種率がまだ高くない40歳代・50歳代の感染者数・重症者数が増加している。東京都における病床確保数は昨年7月の2倍になっているが、このまま感染者の増加が続けば患者数が医療提供体制の受け入れ能力を大きく超えてしまう。8月12日に新型コロナウイルス感染症対策分科会は「期間限定の緊急事態措置の更なる強化に関する提言」を出し、医療提供体制や検査体制等の更なる強化・効率化と東京都の人流を今回の緊急 事態措置開始直前の7月前半の約5割にすることを提案した。その上で、「ワクチン接種が進み、ワクチンと検査を組み合わせた方法の導入などの様々な工夫を講じることで、その時点の感染状況に応じて、社会経済活動の規制を安定的に緩和できる」としている。
 医療提供体制を強化することは、現在の感染拡大に対応するためだけではなく、中長期的に社会経済活動の規制を緩和していくためにも必要である。我々は、ワクチン接種が進んだ状態で社会経済活動の規制を緩和するために、今年秋冬までにコロナ受け入れ能力を現在の2倍以上にするとともに、すみやかに医療提供体制の選択と集中を進めることを提言する。

ワクチン接種が進んでも医療提供体制の強化が必要な理由

デルタ株の感染力が高いために、希望者全員のワクチン接種が終わったとしても、社会経済活動の規制を緩和すると、未接種者・接種しても免疫を獲得できなかった人々の間での感染拡大が続き、現在の医療提供能力を超える患者数が発生する可能性がある。藤井・仲田(2021b) 「コロナ感染と経済の中・長期見通し」のシミュレーションでは、人流データと感染率の関係をもとに、ワクチン接種1本目が全国民の約7割に行き渡るであろう10月あるいは11月から社会経済活動を徐々に拡大した場合の重症者、入院者数を予測している(図1)。社会経済活動を緩和するタイミングにも依存するが、東京都の重症者数は現在の確保病床数の2倍から3倍になる可能性がある。したがって、秋以降に社会経済活動規制を緩和するためには、確保病床など重症者の受け入れ能力を2倍以上、出来れば3倍ほどにする必要がある。

図1 社会経済活動の規制緩和と重症者のシミュレーション

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出所)藤井・仲田(2021b) 「コロナ感染と経済の中・長期見通し」

現状の医療提供体制を前提として、社会経済活動への規制を続けるという政策では、コロナ感染症の拡大は防ぐことができるかもしれないが、そのために失うものは多い。社会経済活動の規制によって、失業率の上昇や貧困の増加が発生する。失業率と自殺は強く相関していることが知られているが、コロナ禍においては失業率上昇だけでは説明できないほどに自殺が増加している(図2、藤井・仲田(2021a) 「コロナ禍の自殺・コロナ後の自殺」)。社会的活動が制限された若者たちは、教育・訓練を受け、人的ネットワークを充実させることが十分にできない。その影響は長期に渡って続く。医療提供体制を強化することで、この秋に社会経済活動回復の第一歩を安心して踏み出せるようになる。

図2 失業率増加だけで説明できない自殺者の増加画像2

出所)藤井・仲田(2021a) 「コロナ禍の自殺・コロナ後の自殺」

 8月12日の新型コロナウイルス感染症対策分科会の提言でも「これまで新型コロナウイルス感染症に関わってこなかった医療従事者や医療機関もそれぞれの果たすべき役割を認識の上で、新型コロナウイルス感染症の対策に携わること。そのために、国及び自治体は、強いリーダーシップを発揮して医療機関や医療従事者に協力を求めること。」と述べられている。医療提供体制の強化は、短期的にも中長期的にも強く求められる。

医療提供体制の強化について

 医療提供体制強化の指針として、「医療機関間の連携強化」と「選択と集中」がある。軽症・中等症・重症を受け入れる医療機関の連携を強化し、回復期の患者を一般の病院でも積極的に受け入れるようにするという連携強化は一つの方法である。一方、コロナ患者の受け入れに適した医療機関とそうでない医療機関が分散して患者を受け入れると様々な非効率性が発生する。
医療機関間の連携強化に取り組むことに加えて、「選択と集中」によって医療提供体制をもっと効率的に強化できるはずである。新型コロナウイルス感染症の重症者・中等症者を少数の大規模病院や高機能病院に集中させ、他の病院はその機能や能力に応じて、コロナの軽症者、回復期の患者、感染性を失った回復者のリハビリ、自宅療養者や宿泊療養者の健康管理などにそれぞれ集中する。また、感染状況や医療資源の全体配分を勘案し、なおコロナ患者の受け入れに適さない医療機関は通常医療の継続に注力することもできる。
 なお、重症者用の病床も含めコロナ病床数を全体的に増やすことが必要だが、体力の乏しい民間病院も対象にして、空床確保料の引き上げなどで広く薄く病床確保を進めることは、必ずしも効率的とは言えない。むしろ、感染症が広がりやすい都市部の公的病院を中心に、積極的な受け入れ態勢を構築する方が効率的である。ただし、負担の大きなコロナ患者を今以上に公的病院に引き受けてもらう上で、民間病院と比較して公的病院の給与水準が低いことも障害になっている。コロナ対応の特別手当を支給するなど給与体系を柔軟に見直し、医療者の連帯を高める方向で受け入れ態勢を構築する必要がある。また、圧倒的な感染爆発が発生し、専用病院を設置する場合には、病床の管理にあたる都道府県ではなく、国の主導で整備することが望ましい。国民への行動変容に依存した感染対策は、効果の大きさや持続性に関して不確実性が大きい。医療提供体制の強化は、政府が直接確実に行うことができる政策である。
 確保病床や宿泊療養施設を増設しても、看護師など医療スタッフが確保できないためにコロナ患者を上限まで受け入れられないという指摘がある。しかし、看護師の人数が必ずしも全国的に不足していなくても逼迫が生じており、自治体が看護師の増員を人材派遣会社に依存する体制に問題がある。国が看護協会、都道府県のナースセンターなどと調整し、全国の医療機関から看護師等を感染拡大地域の医療機関に、業務として一時派遣するようにすべきである。
 デルタ株の感染力の強さ、ワクチン接種が普及しても感染が長期化するリスク、長期に渡る社会経済活動制限の負の影響などを考慮すると、現在の医療体制を所与とした感染症対策のあり方を、再検討するべき時期であると考える。我々の提言が、今後の社会経済活動・医療提供体制・感染症対策の新しい在り方を模索する上で、皆様の参考になれば幸いである。

参考文献
新型コロナウイルス感染症対策分科会(2021)「期間限定の緊急事態措置の更なる強化に関する提言

高久玲音(2021)「コロナが問う医療提供の課題(1)-(9)」『日本経済新聞(やさしい経済学)』(2021.5.7-5.19)

藤井大輔・仲田泰祐(2021a)「コロナ禍の自殺・コロナ後の自殺」2021.8.10 

藤井大輔・仲田泰祐(2021b)「コロナ感染と経済の中・長期見通し」2021.8.17


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