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いろんな人があれこれ言ってプロットが崩壊:シナリオディレクションの際に生じがちな問題

シナリオディレクターの役割とフィードバックによる物語の方向性のブレ:経験談と解決策

※おまけの「シナリオライターのためのQ&Aシート」だけ有料です。

私がシナリオディレクターとして複数のプロジェクトを手掛けてきた中で、また業務委託としてイチライターとして、シナリオディレクターや他の関係者と協力する中で、いくつかの重要な問題に直面することがありました。

ゲームシナリオに限らずよくある現象……
つまり「いろんな偉い人があれやこれや言って取り入れようとした結果、プロットや物語が崩壊していく」……

という現象です。

何度となく直面する状況。
ライターとして関わっている方はこういった現象で困ったこともあるかと思います。
シナリオディレクターとして関わる中でも、自分がOKを出したのに、後から偉い人からの意見が入り、予定に無い修正が入ってしまう……といったこともありました。

今回は私が実際に経験した事例を通して、プロジェクトがどのようにして方向性を失い、またどのように解決策を見つけたか紹介しつつ、またどのような対策ができるかを考えてみました。


経験談:一度OKが出た物語が覆る

ライターとして長く働いているとだいたいみなさん、経験あるんじゃないですか?

私が関わったあるプロジェクトでは、私はシナリオライターとして物語を作成し、クライアントから一度OKをもらいました。

しかし、その後、社内の「偉い人」からの意見が入り、もともと想定していた物語の筋書きとは異なる視点のサブプロットを入れることになってしまいました。

そのサブプロットは「偉い人」にとってはとても大事でコダワリがあるもので、サブプロットであるにも関わらずメインプロットを侵略し、方向性を一時期狂わせてしまいました。

たとえるなら人間ドラマを重視しない「シン・ゴジラ」に、家族愛や市民の苦しむ様子などを入れ込んで、それを重要なサブプロットとして物語の中で重厚に描き出すみたいな感じでしょうか?

私が経験したケースですと、修正が繰り返され、シナリオの方向性が混迷してしまいました。

このような状況は、異なる発言力を持つ人々が異なる視点からフィードバックを返すことで起こることが多いです。特に、フィードバックが矛盾していたり、方向性が定まらない場合に発生します。

他の具体的な事例

映画制作やドラマ、アニメにおけるスタジオの介入

監督、プロデューサー、スタジオ幹部など、複数のステークホルダーが異なる視点から意見を出すことで、物語の方向性がブレることがよくあります。
これにより、最終的な作品が監督の初期ビジョンから大きく逸れてしまうケースがあります。
例えば、映画「スーサイド・スクワッド」の制作過程では、スタジオの介入が作品に大きな影響を与えました。
脚本家など、ステークホルダーからの強い意見に逆らうことはどうしても難しい傾向があり、従ってしまった結果、プロットが壊れてしまうということはやはりよくあるようです。

ビデオゲーム開発

ビデオゲーム開発では、開発チーム、ディレクター、プロデューサー、パブリッシャーが異なる意見を持つことで、ゲームの方向性が混乱することがあります。
これにより、ゲームが発売までに何度も方向転換を余儀なくされる場合があります。
例えば、「アンセム(Anthem)」の開発過程では、度重なる方向転換が最終的な評価に影響を与えました。
というか、長くゲーム業界にいるとこの例は枚挙にいとまが無いですね。

異なる視点からのフィードバックによる崩壊現象

なぜ、異なる視点からの意見があると物語が崩壊していくのか?自明ではありますが心理学的な根拠も存在するようです。

グループシンク(Groupthink)
グループシンクは、グループ内の調和や一致を優先するあまり、批判的な思考が抑制され、劣悪な意思決定が行われる現象です。異なる視点が無視される場合もあれば、全ての意見を取り入れようとして混乱する場合もあります。

意見の分裂とプロジェクトの失敗
プロジェクト管理の分野では、異なる利害関係者が異なる意見を持つことで、プロジェクトの方向性が定まらず、失敗に至ることがあります。

クリエイティブプロセスにおけるフィードバックの役割
クリエイティブプロセスでは、フィードバックが重要ですが、過度のフィードバックや矛盾するフィードバックは、クリエイターのビジョンを曇らせる可能性があります。

解決策の提案

ではどのようにしていけば解決が図れるのでしょうか?

承認フローの明確化と合意の重要性

承認フロー大事です。
誰が最終承認者なのか? どこで「OK」として先に進んでいいのか。
ここがわりと曖昧なまま、ふわっとしていることが多い印象です。
フワっとしているメリットもあるのだと思います。
フローがふわっとしていると、後から意見を言いやすいんですね。
ですがこれが混乱の元でもあります。

ですのでまず
・承認フローを明確にすること。

大事です。それともう一つ。

・その承認フローを共有し、公認の事実にする。

ことです。そのフローで問題ないとプロジェクト全体で合意を取ることは非常に有効です。
もっともフローの合意を取ったところで、後から意見があがってきて物語が覆ることは全然あると思いますが、業務委託などで関わる場合は特に何度フィードバックがあるのかなどを明確にしておくことは重要です。

関係性の構築

プロデューサーやディレクターと良好な関係を築くことも、プロジェクトの進行において非常に重要です。相手がこちらの人となりや好みを知っていたり、人として知っているだけでも強い意見や批判的な意見をしにくくなる傾向があります。

大事なのはリモートの顔出さない会議だけで済ませないこと。
偉い人とも書面上だけのやりとりで終わらせないこと。

ちゃんと話してお互い人となりを知ることは非常に重要で、これをやるだけで次からのフィードバックがまろやかになったりします。

これに関しては心理学的な根拠もあるようです。

人間関係がフィードバックに与える影響:心理学的視点

対人魅力(Interpersonal Attraction)

対人魅力とは、他人に対して抱く好意や引力のことです。人間は一般的に、自分と親しい関係にある人や、共通の趣味・価値観を持つ人に対して好意を抱く傾向があります。好意を抱いている相手に対しては、批判的な意見を控えたり、意見を和らげたりすることがあります。これは、対人魅力が人間関係の調和を促進するためです。

あるいは食事の場や雑談の場を設けて、お互いの趣味を語り合うことも有効かもしれません。

最初の段階でこういったお互いを知るという場面を取ることは経験上有効です。

どんな映画が好きでどこに感動したのか?最近何にハマっているのか?

一見無駄に思えるかもしれませんが、心理学的にも根拠があり、これでその後がスムーズになるなら多少面倒でもやっておいた方が後々楽です。

返報性の法則(Reciprocity Norm)

返報性の法則とは、人は他人から受けた行為に対して、同じように返そうとする傾向があるという心理的現象です。相手が自分に対して親切である場合、自分も親切に接しようとします。これにより、批判的な意見を控える傾向が強くなります。

……ということは、普段会議などで接したりする場面で、相手に「」を売っておくことも大事だということです。

「恩を売る」という表現は、一見すると打算的でずる賢い印象を与えるかもしれませんが、実際には社会的な関係を円滑にするための自然な行動です。恩を売ることの本質は、相手に対して好意を示し、その結果として良好な関係を築くことです。
これにより、相手からの信頼を得やすくなり、意見の通りやすさや協力を引き出しやすくなります

要するに「良い感じ」で「親しみ」をもって接するということでもあると思います。
「好意的」に接するだけで返報性の法則は効果を発揮するようですから。

以下のような具体的なアプローチが考えられます。

  1. 日常の親切:
    小さなことでも相手に親切に接する。例えば、会議の後に感謝の言葉をかける、相手の仕事を手伝うなど。

  2. ポジティブなフィードバック:
    相手の良い点や努力を認め、感謝や称賛の言葉を惜しまず伝える。

  3. 共通の興味や趣味を見つける:
    共通の話題を通じて親近感を高めることで、関係を強化する。

社会的アイデンティティ理論(Social Identity Theory)

社会的アイデンティティ理論によれば、人々は自己評価を高めるために、自分が属するグループ(内集団)を他のグループ(外集団)と区別し、内集団を肯定的に評価する傾向があります。
親しい関係にある人々は内集団として認識されるため、内集団に対しては批判的な意見を控え、支援的な態度を取ることが一般的です。

なので、よくある現象としてはたとえば社内でディレクターやシナリオライターがいて、業務委託で外部に頼む場合、そこでも「内集団」と「外集団」に分かれてしまい、外部のライターをやや否定的な目で見てしまうという現象です。
これってすごく実感があって、名前がそこそこ売れていて実績のある人でも、社内のライターとしてその人に接する際にどうしても「実際のところどの程度の実力なんだ?」と試すような目で見てしまうことがあることは確かです。
最初に上がってきたプロットに対しても、バイアスが働いて、「欠点」「マイナス」探しをしてしまう傾向がありませんか? これって心理学的な根拠があるんですね。

ただ、相手と実際にあって話したり、何度も仕事をするうちにそういった現象が減っていく傾向もあるように思えます。

これは外部ライターの方が「外集団」から「内集団」へと認識が変化したということだと思います。

シナリオディレクター・ライター双方でできる意見衝突への対策

  1. シナリオディレクターとして:外部ライターと打ち解けて「内集団」として認識する:
    シナリオディレクターとして関わる際には、外部ライターと積極的にコミュニケーションを取り、信頼関係を築くことが重要です。
    これにより、相手のことを内集団として認識し、自分自身が相手に対して無意識に抱いてしまうマイナスのバイアスがかからないように気をつけることができます。

  2.  外部ライターとして関わる場合:
    外部ライターとして関わる場合、一刻も早く「内集団」として認識してもらえるように努力することが重要です。
    日頃から「良い感じ」に接し、実力を認めてもらえるように誠実に取り組むことで、信頼関係を築くことができます。

コンフォーミティ(Conformity)

コンフォーミティとは、グループの規範や期待に合わせる行動のことです。親しい関係にある人々がいるグループでは、グループの和を乱さないように批判的な意見を控える傾向があります。
これにより、グループ内の調和が保たれます。

昔あった事例として、とある「意見班」の方とあるシナリオの展開についてぶつかってしまったことがありました。
彼らとは私はほとんど会ったことは無く、顔は知っていたもののお互いの人となりまでは知りませんでした。結果、批判に対して批判で返すという地獄のバトルが始まりそうになってしまいました。

ここで優秀なプロマネの登場です。
そのプロマネはシナリオライターと意見班を直接合わせて面談させました。「意見交換」という名目のMTGで。

プロマネはお茶やお菓子を用意し、そしてファシリテーターとなり、まず「雑談」を振りました。

こんな映画を見ただの、漫画が面白いだの。
すると私たちライターと意見班の間でも自然に雑談が始まり場が「暖まりました」。

その後、意見交換が始まったのですが、その場でお互いがお互いに色々と誤解していたり、大事にしていることが理解していなかったことが判明しました。

以後は、メールやチャットベースのやりとりでもほとんどぶつかりあいが生じず、お互いのことを理解しようとしあう関係性が構築されました
これは「コンフォーミティ」が形成された結果と言えるでしょう。

相互依存(Interdependence)

相互依存は、人々が互いに依存し合い、協力して目標を達成する状況を指します。親しい関係にある人々は、相互依存の度合いが高いため、関係を維持するために批判的な意見を控える傾向があります。
これは上記の経験談にも当てはまることですね。

コンセプトの言語化

作品のコンセプトや物語として大事にするべきことを言語化することも大事です。
これにより、全員が同じビジョンを共有し、方向性がぶれることを防ぎます。

コンセプトの言語化

作品のコンセプトや物語として大事にするべきことを言語化することは非常に重要です。これにより、全員が同じビジョンを共有し、方向性がぶれることを防ぎます。
この際に少なくとも下記のようなことを言語化しておくと良いです。

・物語のコンセプト
・ログライン
・主人公や主要キャラの物語上の目的と障害
・同様にキャラクターアーク
・主要なら敵(ライバル)
・セントラルクエスチョン
・テーマ

チームで製作するなら壁に貼りだしておくくらいしておいた方が良いです。もちろん、途中でピボットして方向転換することはあるものの……

コンセプトを立てない場合に起こること

  1. 方向性のブレ
    2. 例: プロジェクトの初期段階でコンセプトが明確に言語化されていないと、各チームメンバーが異なる方向性でフィードバックを行ってしまう可能性があります。また、シナリオ調整の段階でズレた調整を行ってしまうことがあります。これにより、物語全体の一貫性が失われ、最終的な成果物がクオリティが低い印象を与えることになります。
    恐ろしいのは自分たちでブレている時にブレているということに気がつきにくいということです。
    なのでコンセプトを明確にし言語化しておくことは大事です。

  2. フィードバックの矛盾
    2. 例: コンセプトが共有されていないと、フィードバックを提供する際に基準が異なり、矛盾した指摘が出てくることがあります。例えば、あるメンバーが「もっとシリアスに」と要求する一方で、別のメンバーが「もっとコメディ要素を」と指摘するような状況が生まれます。

  3. モチベーションの低下
    2. 例: チームメンバーが共通のビジョンを持っていないと、各自のモチベーションが低下することがあります。シナリオディレクターもシナリオライターもです。フィードバックを繰り返して迷走しているうちにどこに向かっているのかわからなくなって、自分の作っているものが本当に面白いのかわからなくなってしまうのです。
    逆にコンセプトが明確であれば、全員が同じ目標に向かって努力する意欲が高まり、チーム全体の士気も向上します。

  4. プロジェクトの遅延
    2. 例: 方向性のブレや矛盾したフィードバックにより、修正作業が増え、プロジェクトが予定通りに進まないことがあります。これにより、納期が遅れたり、追加のコストが発生するリスクが高まります。

まとめ

プロジェクトの方向性がブレる現象は、異なる視点からのフィードバックが原因で発生することが多いです。しかし、明確な承認フローの設定と合意、関係性の構築、コンセプトの言語化を組み合わせることで、この問題を解決することが可能です。
また、対人魅力や返報性の法則、社会的アイデンティティ理論、コンフォーミティ、相互依存などの心理学的概念を理解することで、フィードバックの影響を管理しやすくなります。

こういうのって経験上なんとなく、感じている人も多いと思います。私もそうです。ですがこうして改めて言語化することで、記憶に残り意識しやすくなります。
私自身、気をつけたいものです。

おすすめ本

合理的にはこうするべきなのに、なぜそうしないのだろう?といった場合、そこには「適応課題」が潜んでいる可能性があるようです。
これは外部ライターやシナリオディレクターとして関わる際にもしばしば直面する問題です。

適応課題とは、組織や個人が変化に対して適応するために必要な課題です。これらの課題は、単に技術的な問題を解決するだけではなく、価値観や態度、行動の変化を伴うことが求められるため、対処が難しいことが多いです。

この本は適応課題についての解説と解決方法を示唆することで他者との関わり方を教えてくれます。プロジェクトとしてチームで挑む場合は非常にためになる本だと思います。

おまけ:適応課題の特徴

1. 変化に対する抵抗: 組織や個人が現状維持を好むため、変化に対する抵抗が生じます。これにより、合理的な選択が避けられることがあります。
2. 不確実性への恐怖: 新しい方法やアイデアには不確実性が伴うため、リスクを避けるために現状を維持しようとする傾向があります。
3. 価値観の対立: 適応課題には、個人や組織の価値観や信念の変化が求められることがあり、これが対立を生むことがあります。
4. 学習と成長の必要性: 適応課題に対処するためには、新しいスキルや知識を学ぶ必要がありますが、これには時間と労力がかかります。

外部ライターやシナリオディレクターとして直面する適応課題

新しいアイデアの導入: 外部から新しいアイデアや手法を導入しようとすると、現場で抵抗が生じることがあります。
役割の明確化: プロジェクト内での役割分担が曖昧な場合、効率的な作業が難しくなり、適応課題が発生します。
フィードバックの統一: 複数のステークホルダーからのフィードバックが矛盾し、物語の方向性がブレることがあります。これを統一するためには、価値観の調整が必要です。

解決策

対話と共感の促進: チーム内での対話を促進し、お互いの価値観や意見を理解することが重要です。共感を得ることで、変化への抵抗を減らすことができます。
明確なビジョンの共有: プロジェクトの目的やビジョンを明確にし、全員が同じ方向を向いて進むようにします。これにより、適応課題を乗り越えるためのモチベーションが高まります。
段階的な変化の導入: 一度に大きな変化を求めるのではなく、小さなステップで段階的に変化を導入することで、適応しやすくなります。

おまけ

私がシナリオコンサルティングの際に使用するシナリオが混迷しないためのQ&Aシートがありますのでおまけで記載します。

シナリオライターのためのQ&Aシート

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