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「中村安寿 × 中村直幹 スペシャル対談」 -ノルディックコンバインド女子選手の新たな一歩-

2020年12月、ノルディックコンバインド史上初の女子ワールドカップ(W杯)が、オーストリア・ラムソウで開催された。
この記念すべき試合で、日本代表の中村安寿選手が3位に入り、表彰台に立った。

ノルディックコンバインドの女子選手にとって、中村安寿選手にとって、初めてのW杯。
しかも新型コロナウイルス禍の影響で、予定されていた試合が中止されるなど、記録にも記憶にも残るであろうシーズンになった。

この異例な渦中において、メディアが伝えた情報だけでは見えてこない、選手や関係者だけが知りうる苦難や思いがあったのではなかろうか。
実際のところは、どうだったのだろうか?

中村安寿選手の兄であり、スキージャンプ日本代表でもある中村直幹選手が、アスリートとして、兄妹としての視点で、中村安寿選手に話を聴いた。



この記事は、オンラインコミュニティ「FlyingLaboratory」内で行われた対談を、編集して記事化したものです。対談のフルタイム動画を、コミュニティメンバー限定で、コミュニティ内にてご覧いただけます。



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中村直幹(以降:直幹)
初めてのW杯。しかも新型コロナウイルス禍の影響で、シーズン途中の帰国もできない変則的なシーズンになった。
これについてはどうだった?

中村安寿(以降:安寿)
これまでの海外遠征は、最長で1ヶ月だったのが、いきなり3ヶ月と3倍になって。
通常は、毎週末に試合があるのですけど、男子と比べて女子の試合数は少ない上に、時世の影響もあって削りに削られ、オーストリア・ラムソウでの1戦だけになりました。
W杯の下のクラスのコンチネンタルカップで、3試合にエントリーしたのですが、1試合は失格になってしまったので、2試合に出場。その後の世界選手権で1試合。
結局、3ヶ月もいたのに4試合しかやっていないので、遠征というよりは、合宿という感じで(笑)

直幹
そんな中、W杯で3位、コンチネンタルカップの2試合でどちらも2位、世界選手権で4位。
すごいね、すべてベスト5に入ってる。
悔しさもあるだろうけど、結果を残してる。実情はどんな感じだったのかな。4試合を振り返ってみよう!




波乱含みでのぞんだワールドカップ初戦

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安寿
W杯について、当初は第1戦をノルウェーのリレハンメルで行われる予定だったのですが、キャンセルになって。
代わりにオーストリアのラムソウで行われることが、試合の2週間前に決まりました。
飛行機とかの移動手段やホテルの手配など、色々と決めないといけないので、コーチやスタッフの方々はバタバタされることに。
実は最初、コーチは行かない方向で考えていたそうです。私は行く気マンマンだったのですけどね。

直幹
へー、それは後々にわかったこと?

安寿
コーチとは仲がいいので聞いていました。
行かない話が出ていたのですが、ヘッドコーチや他の方々から、せっかくの記念すべき試合に、参加できないのはかわいそうだと。結果が伴わないとしても、参加することに意味があるのではないかと。
それで行けるようになったんです。

直幹
それで現地に行ってみて、どうだった?

安寿
現地に着いてから試合の二日前に、思わぬことが。
急きょ、みんな集まってくれと言われて。
日本チームのスタッフの中に、コロナ感染者が出たので、W杯に出場できないかもしれないと言われました。

直幹
えー!

安寿
それで、いったんホテルで待機になりました。
罹ったのはしょうがないです、罹りたくてなったわけでもないし、誰も責めれないので。
だから、他国の選手たちが試合に出ているとき、自分たちは部屋にいるのかなーと諦めて。

直幹
待機中のホテルでは、どうしていたの?

安寿
今後のために、英語のインタビューの練習をしておこうと。優勝する気だったので(笑)
大学で国際コミュニケーション学科に入っているのですけど、英語が苦手なので、フレーズを丸暗記しようと思ってました(笑)
そして翌日、他国の選手たちは、PCR(Provisional Competition Round)という、天候不良でジャンプを飛べない時のための予備ジャンプに参加していました。
そこで、日本チームが参加していないことに、周りが気づいて、ざわつき始めて。

直幹
おいおい、日本チームがいないぞって?

安寿
そうそう。
そして日本チームは、PCR検査で大丈夫だったら試合に出れることになりました。
日本チームのみんなは、PCR検査で陰性だったのですが、私だけ、まさかの陰性でも陽性でもないという意味わかんない結果になってしまって。

直幹
なんと!

安寿
日本チームのみんながジャンプの練習を行っている間に、私だけ再検査することになりました。
マジかよ!って思ったのですが、なぜか謎の余裕がありました(笑)
ジャンプを一本も練習できなくても、まあ何とかなるだろうって。
再検査は、無事に陰性でした。

直幹
そんなことがあってからの試合は、どうだった?

安寿
初めてのW杯のためか、みんなソワソワしていて、無観客だけど、テレビカメラとか会場の雰囲気がいつも違ってしました。
周りの方々は、初戦だから気合い入れずに楽しみなよって、言ってくれて。
そのおかげなのか落ち着けました。
自分では1桁ぐらいの順位でジャンプを終えれたらいいなと思っていたら、まさかの3番。
これまでは16番とか、トップと1〜2分とかの差がついていたので、びっくりしました。

直幹
そして、クロスカントリーでは、順位をそのままキープしての3位。

安寿
優勝を狙える位置にはいたのですが、みんなレベルアップしていて、走れるようになっていて。
ゴールした時、いつもは疲れて倒れこむ感じなのに、何だか笑えてきちゃって。
1位と12秒ぐらいの差があったのに、選手視点では1位の選手が目の前にいる感じだったんです。ああ、3位かぁーって。
でまあ、ギリギリ表彰台に立てて、ラッキー!みたいな感じでしたね。

直幹
その試合だけでW杯が終わってしまった。
俺がその立場だったら、いったん、ほっとしちゃう感じになるかも。

安寿
優勝を目指してやってきたので、あぁ3位かぁってなったのですけど、少し時間が経ったら、もうちょっと頑張れば優勝できるかなって、変な自信が生まれてきました。
でも、そこからクリスマス、正月と経るうちに熱も冷めてきて。

直幹
わかる!
初めて出たときって、すげぇ盛り上がるんだよね。

安寿
そう。
W杯の3位ってなったら、いろんなスポーツメーカーさんが、SNSでタグ付け投稿してくれて。
海外の方からもフォローされて。W杯の影響はすごいなーって思いました。

直幹
スポーツ選手になるということは、そういうことだからね。
安寿も世界の舞台に立つことになって、これからヒーヒー言うことになるのだろうな(笑)

安寿
へへへ(笑)




壊滅的な状態で挑んだコンチネンタルカップ

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直幹
年が明けて1月中旬にあった、コンチネンタルカップの3戦。
ここでは、どんな気持ちで臨んだのだろう。

安寿
年末年始の練習では、ジャンプの調子がすごくよかった。
ゾーンに入っているというか。こうしたらこうなるのかな?と、アイデアがいっぱい出てきて。
いつもなら、そういうのを実際に試してみたら、違う!となりがちなのだけど、あれ?めっちゃうまくいく!というときがありました。
そんなに良かったのに、この頃になると壊滅的に悪くなっていて。どうすればいいのかわからなくて。
そんな状態での1試合目。直幹からもアドバイスをもらって、そこそこラインのジャンプができて2位。

直幹
そうだったね。

安寿
翌日の試合でもわからない状態は続いて、おまけに天候も悪かった。
アプローチするときに板の滑りが悪くて、選手たちみんなが落ちていく中、何とか粘って2位。
3連戦とも1番は、ノルウェーのギダ選手でした。

直幹
ギダちゃん、俺の推しだから(笑)

安寿
そして3戦目は、まさかの人生初めての失格。
ワンピースの失格って、普通は股下が長すぎというイメージがあるのだけど、私は袖が長くてアウト。
すごいショックで。試合に出ずにみんなを応援するのもキツくて、早く終われーって思ってました(笑)

直幹
俺も人生で一回だけ失格があった。
W杯の夏の試合で、汗をかき過ぎて体重が落ちて。
ジャンプの1本目で9位に入って。1本目でトップ10に入ったらチェックが入るんだよ。そのチェックでアウト。
なんかもう、めっちゃ笑ってた。でも悔しいんだよね。

安寿
悔しい。
ルールなのでしょうがないから、早く立ち直ればよかったのに。
結構、引きずりましたね。

直幹
まあ、試合数が少ない影響もあるのかもしれないし。

安寿
しかも3連戦が終わった後、クロスカントリーでも悩んじゃって。

直幹
へー、珍しい。

安寿
それまでは1分ぐらいの差なら余裕で詰めれたのに、みんな早くなってて。
私も体重が軽くなってジャンプが良くなった分、パワーが落ちて、去年より力強く走れなくなってしまった。
それで、練習でゆっくり乗るだけでも怖くなってしまって。

直幹
へー、スランプかな。

安寿
なんか怖くて、乗るのが。
みんなに負けてしまうのじゃないかって。
ジャンプを始めるのが他のみんなより遅かった分、クロカンをやってる時間が長かった。
だから、みんなより早く走れただけ。それがみんな追いついてきた。
クロカンを、なめていたのかもしれない。

直幹
そうか。そのスランプからはどうやって抜け出したの?
いや、まだ抜け出していないのかな?

安寿
抜け出していないですね。
フォームとか色々考えながら世界選手権に臨んだけど、いま振り返れば、ほんとに最悪な走りだった。



自分と向き合うことに苦心した世界選手権

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直幹
世界選手権は大きな試合だけど、4位に入れた。

安寿
ジャンプが壊滅的、クロカンは怖くて、メンタルも最悪の状態で、会場のオーベルストドルフに入りました。
しかもジャンプ台は、初めて飛ぶ台。
予習的にYouTubeで、オーベルストドルフで高梨沙羅選手が飛んだ映像を見て、イメージしていたのですけど。
いざ飛んでみたら、思い描いていたイメージとぜんぜん違った。

直幹
やばいよね、オーベルストドルフ(笑)

安寿
もっと急斜面だと思っていたら、ベターっとした感じで。
一番苦手なタイプのジャンプ台でした(笑)

直幹
ずっと地面が、そこにあるんだよね。
ああいうタイプのジャンプ台は、日本にないんじゃないかな。

安寿
ないよねー。蔵王ともタイプが違うし。
で、自信のないままにジャンプを飛んで、30人中13位とかで練習は終わり。このままでは1桁順位にも入れないと思って。
それでコーチが撮ってくれていた、ジャンプが上手いギダ選手とイタリアの選手のビデオを観て、何が自分と違うのだろうと一晩、考えまくりました。
直幹にもアドバイスもらって、練習で試してみたら、ちょっとの改善でこんなに飛べるんだってぐらいに変わりました。

直幹
勝手なイメージだけど、安寿は飛ぶの上手いけど、飛び方がわからなくなるとき、あるじゃん。

安寿
そうそう。
直幹から、自分で勝手に難しく考え過ぎているんじゃないの?って言われて、そうかもしれないと思った。
それで修正して、頑張ろうと思いきや、緊張がすごくて、頭も痛くなるほどで。
失敗したらどうしようとか、考えなくていいと自分でわかっているのに、失敗したときの自分が許せなくて。この時に書いてた日記の内容は病みまくり(笑)
高梨沙羅さんとか、有名だから期待もすごいから、もっと辛いのかなー、すごいなーとか思ったり、いろんな感情が溢れてた。

直幹
自分が緊張したってさ、周りは変わらないし、やることも変わらない。
今の自分にフォーカスしないと、緊張に負けちゃう。
そんなふうに、俺はマインドフルネスしてた(笑)
今の自分を感じれるように。あー心臓動いてるなーとか、今日寒いなーとか考えると、今ここにいる自分に戻れる。
ジャンプのスタート前に、テイクオフと空中のことばかり考えて、準備している今の自分に集中できていないと、だいたい失敗する。
最近、こういう勉強をたくさんしてるから、今度、一緒にやろうね(笑)

安寿
試合前日の朝も怖くて泣いちゃって。それでとりあえず、落ちるところまで落ちようと思って。マイナスのことばかり考えて落ちまくった。
そして、よし、頑張ろう!って前を向いたら、目の前にてんとう虫がいたの。
てんとう虫は、ヨーロッパで幸運を呼ぶ虫と呼ばれていて。
なんか、頑張れ!って言ってくれているように思えた。

直幹
そして、試合に臨んだんだ。

安寿
試合当日は、もう緊張、緊張なので、他の選手たちのジャンプを見ないようにしていて。誰かがいいジャンプを飛んで、自分も頑張ろうって思うのが嫌だったから。
それなのに、他の選手がすごく飛んで、無観客なのに会場がざわついて。
勘弁してくれぇー!って思いながら、ゴーグルをつけたら、今までゴーグルが曇ったことなんてなかったのに、めっちゃ曇っちゃって(笑)

直幹
汗かいてたのかなー(笑)

安寿
うぁーやばい!と思いながら、ゴーグルをふきふきして。そんな状態で飛んで。
なんとか最低限のジャンプはできて、6番スタートに。
クロカンで少し順位を上げて、結果は4位。
去年の夏に、世界選手権で4位になった人はどんな気分なのだろう?、自分は絶対になりたくないなーって思っていたら、まさかの自分がそうなって。目の前にメダルが見えていたのに、あと一歩が届かなかった。
悔しくて、自分に腹が立って、この感情を一刻も誰かに伝えたいと思って、直幹に電話した(笑)

直幹
そうだそうだ(笑)
沙羅も同じ気持ちを味わってるかもね。
オリンピックで、あれだけメダルを期待されて、4番だったこともあるし。

安寿
そうかもね。
去年は、自分に期待してて、調子が悪くても何とかなる!という精神でやった結果、世界ジュニアでボロ負け。
これでは良くないと思って、今年は、自分が悪いと思うところと向き合おう!と思って臨み、4番。
去年よりは成長したと思うけど、良くなかったのは、自分の目標を下げてしまったところ。
世界選手権で優勝する目標を掲げていたのに、ギダ選手の強さに弱気になって、目標を「世界選手権でメダルを獲る」に下げてしまった。
結果は4番で、メダルも獲れなかった。
悔しかった。
なんで目標を下げたんだって。

直幹
そこは自分に正直でいいと思うよ。無理してる方がきつい。
目標が高いからって、めっちゃ飛べるわけでもないし、走るのが早くなるわけでもない。
陵侑を見てると、すごく感じる。俺は俺だから!って。

安寿
小林陵侑さんみたいに、自分というものを、しっかりもっていたい。

直幹
すごいよ、陵侑は。
「俺は今、調子悪い時期だから、いいんだよ!」って(笑)
「今回は消化試合になりそうだからいいの!」って言いながら、優勝してたからね(笑)

安寿
大先輩の渡部暁斗さんも、わりとサバサバタイプで、負けた時は、「はい、次!」って感じで。

直幹
それはね、たくさんの経験があるからだと思うよ。
1シーズンで1ポイントも獲れずに30番以内に入れないとさ、屈辱とかそういうことでもなくて、自分の存在意義を否定されているような気持ちになって。
そういうこともあったから今がある。
安寿もこれからいっぱい試合に出ると思うし、練習もしていくと思うし、その中で経験を積んでいくんじゃないかな。
頑張るしかないもんね。

安寿
頑張るしかない!




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自分の力ではどうしようもない周りの状況と、心身をコントロールするのに苦心した自分自身。

そんな状況下で、肉体的にも精神的にも浮き沈みしながらも、結果を残した中村安寿選手。

本人としては、悔しさや物足りなさもあるでしょうが、ここまで踏みしめてきた一歩一歩が、明日の自分、来シーズンの自分の力につながっていくのではないでしょうか。

先に世界に出て、適切なアドバイスをしてくれる兄、中村直幹選手の支えも力にしながら、さらに飛躍する姿を見てみたい。
そのように思わせてくれるところも、彼女の魅力の一つなのかもしれません。



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編集: 浅生 秀明


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