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はじまりの物語㉑ 旅立ちの前に

夏はすぐそこであった
すべてではないが、早くに着工したものはもう井戸が
できあがっている
こどもに背中を緒ぶった母親、
老親の世話をする中年男、
下の兄妹の面倒を見つつ一緒にはしゃぎぐ子供たち
近くに水場ができて皆が喜び礼をいう

力を合わせて掘ってくれたおかげだよ、
一葉はそう言ってはにかんだ
好かれているのだな、と蛇もうれしくなる
一葉との毎日が新鮮で
かの者を思い出して寂しくなることも少なくなった

おおーーーい、出来たなあ
公家を乗せた馬が2頭、井戸の手前で止まる
一人は、道風(みちかぜ)
手網を握りながらもう1人が
馬に水を上げてくれないか、と達吉に声をかけた
達吉は深々と頭を下げて馬を引き水を飲まにいく

順調だな、一葉
これで出発前の心残りもなくなったか、

そう問いかけた男は、藤原実頼(さねより)である
藤原家から宇多天皇に嫁いだ女御の子息で一葉のいとこだ
一葉より8つ年上の28歳。
それほど長身ではないが顔も体もバランスが良い
井戸の周りの女子連中の視線がみな実頼に向けられ
実頼と一つしか変わらない道風は少し不満げだ
さすが藤原家のお坊ちゃんですな、と道風はからかった

よせよ、藤原家といえど様々だ
天下の権勢から外れたしがない身分よ

そうはいうものの、実頼自身にもそれなりの財力があり
公にはせず、この井戸づくりもひそかに資金を援助していた
(一葉の旅にも持たせてやれるし、道風の小野の一族は
各地で任を務めているから頼る先もあるだろう)
そう心のなかで思っていた

一葉はいった
そうだなぁ、明日には立とうと思う

そうか、では今宵は出立前のお祝いだ
馳走は社に運ばせる
夕刻また会おう

そう言って実頼と道風はまた馬にのって駆けて行った

実頼の使いが来る前に社に戻って準備をしておくれ
一葉は達吉にそう頼み、神鹿の杖をもって歩き始めた

向かった先は、山間にある例の水辺であった
かの者もよく座っていた大きく地表に隆起した
木の根っこに腰をかける

一葉は杖を横にしてさあ出てきていいよ、と蛇に
声をかけた
木の葉がさわさわとそよぐ、へびは水辺に近づき
湿った土の感触を楽しんでから水に入った
キラキラと光る水面を眺めてから一葉の方を向く

井戸の目途がついたからか、少し脱力しているようだ
ふっとのど元に黒いものを感じる

蛇の心配に気づいたのか、一葉は語り始めた
これからの旅は、仏に通じる道への旅
一葉 という名を捨てるというのもそのためだ
しかし、捨てきれない思いと
本当にそれで衆生が救えるのか、
仏の道とはそんな力があるのか、
信じきれない思いもあるのだ

君にこの「おもい」を取り出してもらっても
いいだろうか
蛇は達吉たちのしぐさを学んで
頭をコクリコクリと2度さげた

ただし、「コトバ」は
なんのはなしですかではない
「南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)」だ

ナ ム  ア ミ  ダ  ブ ツ

ナ ム  ア ミ  ダ  ブ ツ

蛇は頭のなかでイメージした
もともと ナンノハナシデスカ だって上手くは
声にだせたりしていない

用意はいいよ、というようにもう一度コクッと
頭を下げたあと一葉をまっすぐに見つめた

南無阿弥陀仏 (ナムアミダブツ)

一葉が手を合わせ南無阿弥陀仏と小さく声に出した

ナ ム ア ミ ダ ブ ツ

蛇がそれに呼応する
すると、ポンッと一葉から「想い」が飛び込んできた
ほんのりあったかく、口から出した玉は
ほんのり水色がかったきれいな透き通った玉だった


㉑になりました。
㉔までに創作大賞応募条件の2万字は超えそうです。
だがしかし、そこまでに物語がおわる気配がありません。
が精いっぱい一葉(かずは)と蛇に寄り添って進めます。

読んでいただいてありがとうございます。

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ミニ雑学 パフパフパフ~♪
菅原道真の祖父の菅原清公
小野篁の 父  小野岑守
空海 はみんな同校生で遣唐使にも選ばれています
小野篁は遣唐副使に選ばれるも嫌がり地方に回されました  
付け焼刃の知識です


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