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はじまりの物語⑰ 蛇の名

次の日
ザッザッ ザッザッ
ホウキで掃き清める音がして目を覚ます
社の前は玉砂利を敷き詰めているようだ

小鳥の囀り、虫の声
サラサラと水の音もする
水辺に行こうと戸口に向かう

ちょっと待って
まだ出ちゃだめだ!

一葉は大きくはっきりと制止するように
声を出した
外の男がほうきを持つ手をとめて
お目覚めですか、とひょいとのぞいた

ああ達吉、すまないが桶に水を汲んできておくれ
そういって運ばれてきた桶の中に
蛇はスルッと身を滑り込ませた

逃げ出すとでも思っているのか
いぶかしく様子を伺う

するとまた、ジャリジャリ ジャリジャリッと
足早に誰かが向ってくる音がする

おおーい、一葉できたぞ!
戸口に烏帽子がひっかからないよう
大きな男が頭を下げて入ってくる
貴族のような身なりだ

男が頭を上げて顔を見て驚いた
どうしてここにいるのだ
男は蛇をみてニヤリと笑った

人間の姿に身をやつしているが間違いない

一葉はそんな蛇の様子に目もくれず
道風!出来たのか!と今度は弾んだ声を出した

ああ、見てくれ!
道風が長筒の中から大きな紙を取り出す
どうだ!
自信げに肩ほどから両手で紙を下に垂らした

それは墨汁で描かれた天に昇るあの日の我の姿であった


おおおおおーー!すごいよこれは!
一葉は両手を上げ体まで跳ねるようにして
その絵を褒め称えた
キラキラと輝くように美しいというのではないが
墨の濃淡、流れるような滑らかな線
蛇がみてもそれは見事としかいいようがないものであった

しかし、だ
こんな絵をしたためて
やはり我を見世物にでもするつもりなのか
それに道風なぞ呼ばれて人間のなりをしているが
こやつは上帝の使徒ではないか

一葉はやっと蛇の方に意識を向けた
説明と紹介が必要だね
そういって、わけを話し始めた

宮廷にいる間、
書物や大学寮での講義、僧侶の講話まで
一通りのことは見聞きして回ったんだ

ここにいる小野道風はその指南役でね
見てのとおり書画に優れているのと
もともと神職もいる家系で
色々と相談もさせてもらっているんだ

そのもっぱらの相談の種というのは、
唐から色々新しい文化や知識が入ってきただろう
漢詩や薬学をはじめいろいろな術がもたらされ
この国の文化レベルがぐっと上がったのだけど
それと人々の暮らしが良くなったかというと
そうでもないんだ

得体のしれない病に襲われたりということが
頻頻と起こっていて
それがどうやら陰陽を妖術として
使っている者たちの仕業でね
もしかしたら祟りというのもその仕業で
道真公も死してなおいわれのないことを
擦り付けられ大層おいとわしいことだ

陰陽師は自分で手を下さずに
蛇や他の不思議な力を持った生けるものを使う
陰陽師に捉まり名づけられてしまうと
陰陽師が死んだ後もずっと縛られる
式神と呼んでいるらしいが
あんなものはとても神の行いではない

あの日の君は、その者たちにとって
なんとしても手に入れたい存在なんだ
本当にあの夜君を見つけ出せてよかった

一葉は語気を強めて早口に言った

この社には道風が結界を張ってくれていたから
なんとか見つからずに済んだようだ

あの夜君を写し取ったこの姿絵に
これより名づけを行う
君自身ではないから、君を縛ることにはならない
ただ君の変化を写し取ったものだから
君自身の護守にもなるだろうよ

いいかい、道風
ああ、そちらもちゃんと書いてきてある
そういってもう1枚、紙を広げた

そこには、龍 という文字が
力強く書かれていた



下書き投稿なので九頭竜さまの屏風絵写真
挿入させて頂きました

↑九頭竜さまと絵を奉納された猫猫寺
 ご住職の紹介記事です

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