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はじまりの物語⑬ 2人の祖父

しかし宮中にいたとは

宮中にある池には何度か出たことがある
天上から水底を経て地上に出る際

ピーヒョロロロー
と流麗な音色が聞こえてくる
音のする方に引き寄せられ
草陰からちらりと覗き見てみる

神楽にあわせて
幾重にも重ねられた色鮮やかな衣を身に纏い
ひらひらと蝶が舞うごとき
優美に舞い踊る

地上の上の天上とでもいうのか
そこだけ時の感覚が違うような
別空間のように思われた

宮中にいたというのに
まだ青年だというのに
着るものも粗末であれば
その体も顔も痩せて骨ばっている

手などはその体のわりに大きく
節くれだってゴツゴツとしている

父親が往って3年と申したか
一体どのように過ごしてきたのだ

蛇の目が一葉のその手に向かう

ああ、と一葉も自分の胸の前に
その両の手のひらをひろげ
じっと見つめた

これは自分一人で取り組んでいることだ
そうだなあ、話せば長くなるから
これをしながらでもいいかい、と
部屋の片隅に置かれた一尺ほどの塊に
かけてある白い綿布をひらりと剥いだ

それは一本の白木であった
人型に丁寧に掘り進められており
もはや一体といった方がいいのかも知れない

しかし人と比べて頭の部分の尺がやけに長い

まだだ、
あまねく見渡す御仏の姿にはまだまだ足りない
そういって視線を木に向け
自分の歩みをかみしめるように
ぽつりぽつりと話すのであった

かの者の息子、一葉の祖父は
弟子として医業を手伝っていた
そこに源に臣籍降下していた母方の祖父がやってきた
名を定省(さだみ)という
父親王の病を気にして民に評判の医師の様子を
探りに来たのだ
宮中では弱みは見せることはそれだけで命取りだ
なんとも息苦しいところよ

軒先ではニコニコと なんのはなしですか、と
患っているもの、そうでないもの
区別なく訪れるものの言葉に耳を傾けている若者
そうですか、そうですか、と
飄々として有難く聞いてくれるものだから
人気があるようであった

腕が良いときいていたのだがな、、、
単に愛想がいいだけなのか、
そう思ったが何度か話しかけてみると
不思議と通いたくなる、そんな場所だった
それに、皆からあれやこれやと話をきいて
いるだけあってこの者の発する話しも面白い

年のころも近く、この者が一緒に学問所で
学んでくれたら、そんな思いがこみ上げる
父親王と主人に相談を持ち掛けて
宮廷で座を同じくすることを許された

もっとも、一旦源に籍を落としているとはいえ
皇族に連なる定省の方は
典薬は参考程度で主に大学寮で文章道で律令を学び
定期的に招かれる仏僧の講話を聞き学ぶという
多忙な生活であった

しかしその間でも時間があれば立ち寄り
身分の違いあれど友ともいえる間柄となり
親交が深まっていったという

定省は後に法王にまでなる宇多天皇である
子供どおしが結婚することになって
それはもう喜んだそうだよ

一葉(かずは)という名はその祖父がつけてくれたんだ

そこで蛇は一葉のことばを思い出す

もとより名も捨てるつもりだ』
 
確かにさっきそういった

どういうことだ
まだ状況がつかめずにいる
いったいどうやって過ごしてきたのだ

揺らめく炎に照らされながら
一刃、一刃と力を入れすぎないよう加減して
丁寧に彫りすすめていく一葉を見つめた

ここまで彫りすすめるのでさえ
地上の時の流れの中では大変なことであろう

じっくりと聞き進められるよう
蛇はくるりと胴をまいて頭を床につけた


なんのはなしです果 にまつわるはじまりの物語
やっと半分まできました
本日2投稿目
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