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これまでで一番恥ずかしいドジ

10年前のこと。
故 蜷川幸雄さんが演出をして、漫画『ガラスの仮面』が舞台化されることになりました。タイトルは「ガラスの仮面~二人のヘレン~」、音楽劇です。

『ガラスの仮面』の漫画を読んで育ち、自分の価値観の半分くらいは『ガラスの仮面』でできている私としては、行かないわけにはいきません。早速チケットを予約して、その日を楽しみに待ちました。

何を着ていこう?とウキウキしながら考え、劇場なので多少シックな方がいいだろうと、黒地に白の水玉模様でフレンチスリーブのワンピースを着ていくことにしました。ふわっとした軽い生地の、Aラインの膝丈ワンピースです。真夏なので、冷房対策に白いカーディガンを肩にかけ、黒のエナメルヒールに、黒のハンドバッグというコーディネートにしました。

舞台の会場は彩の国さいたま芸術劇場。埼京線与野本町駅が最寄駅です。行くのは初めてでしたが、蜷川幸雄さんが劇場の芸術監督をされていたので、細部にもいろいろこだわりがありそうです。

当日、少し早めについてロビーに入ると、お祝いのスタンドフラワーがたくさん並んでいました。北島マヤ役の大和田美帆さんへのものが多かったようです。私はちょっと落ち着かない感じでキョロキョロしながら、先にトイレを済ませておこうと、トイレに向かいました。

まず洗面台で、駅からの徒歩で浮いてきた汗を押さえ、メイクを直します。別に誰も見ていないだろうけど、その日は服装だけでなくメイクもばっちりしてきたのです。自分なりに「よし」と思い、続いてトイレの個室に向かいます。多少混んでいましたが、並ぶほどではありませんでした。

トイレを済ませ、洗面台で手を洗い、ハンカチで手を拭いて、もう一回鏡でメイクを確認してからホールに向かいました。チケットを見ると、座席は前から3列目。後方の扉から中に入り、ヒールが高いので転ばないようにしようと、少しゆっくり目に階段を降りながら自分の座席に向かって歩きました。「こういうときって、私は浮かれてこけたりしがちだから注意しないとね」と思いながら。

階段を半分以上降りたくらいのところで、後ろからトントンと肩を叩かれました。振り返った瞬間、女性が私に抱きつくようにして私の腰にストールのようなものをかぶせました。ホールのちょうど真ん中くらいの、階段通路のど真ん中でした。

「???」

「スカートが……」

「???」

「ストッキングの中に入ってます……」

「ストッキングの中??」

周りから注目されないよう、小さな声で言ってくれたのでしょう。急いでお尻に手をやると、手に触れたのは、ワンピースの生地ではなく、ストッキングのツルッとした表面。言われた通り、後ろ側の裾がストッキングの中に入りこんでいました。

私は、肌色のストッキングに包まれたパンツのお尻と太股をさらしながら、トイレから大ホールの中ほどまで歩いてきたということで……。しかもヒールの高い靴で、なんなら少し気取ってゆっくりと歩いてきたわけで……。

急いで裾を引っ張り出し、その少し年上くらいの女性に、泣きそうにゆがんだ顔でお礼を言いました。

会場の座席はすでに半分以上が埋まっていて、その人たちの視界に、お尻を出して階段を降りていく自分の後ろ姿が映っていたのか。しかもトイレからホールの入り口までの通路にも結構な人がいたし……と思うと、その場で自分がドリルになって地面にもぐっていきたい気持ちになりました。

もちろんそのまま自分の席に向かう勇気はなく、急ぎ足でホールを出てまたトイレに駆け込みました。個室に入って便座に座るも、あまりの恥ずかしさと自分のアホさ加減にしばらく立ち上がれませんでした。

開幕の時間は迫っています。少しでもさっきと違う人間に見えるよう、手に持っていた白いカーディガンを着て、さらにさっきとは違う横の扉からホールに入って座席に向かいました。

その後、劇が始まっても、しばらくは動揺がおさまらず、なかなか内容が入ってきませんでした。おしゃれのつもりでそのワンピースを選んで、直前にメイクまで整えたのに、『ガラスの仮面』を見に来た人たちに、お尻を見せることになるなんて。

それ以来、そのワンピースを着なくなっただけでなく、薄い素材のワンピースを着るときは必ずスパッツをはくようになりました。

女性のみなさん、スカートやワンピースでトイレから出るときは、お気をつけくださいね。

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