告別

　秘密というものは重過ぎる。
　それでも「嘘だ」と分かっていても受け入れるしかない現実があって、何を知らされても否定してはいけない事がある。
　嘘をつく方も必死なんだ。
　その意図を組んで、私たちは首を縦に振るしかなくなる。
　私たちは彼の命日さえも知らされなかった。
　私たちは建前と欺瞞を繰り返して、儀式ばかりを重んじて本音を隠して生きている。
　真実というものはゆっくりと時間をかけて消えていくものだから、口をふさいでいればいずれ消えてなくなる。
　そして、そのうちだれが犯人なのか分からないまま、悲しかったことも次第に忘れていって、建前だったものが本心だったと錯覚を起こすようになる。
　そうやって賢く自分を葬って、終わりを静かに待つのだ。
　いわゆる「気持ちの切り替えが大切」ということにして。
　終わりの始まり、とはよく言ったもので、時間が経つと自然と新しいものに日常がシフトする。
　泣くほど私たちは暇ではない。
　悲しい気持ちとそれまでの心はその瞬間に置いて次に進んでいく。
　私たちはみな平等に無力で、違いといえば、言葉と立場と性別ぐらい。みんな同じ血も肉も骨の塊で、心の器量もそんなに変わらない。ハッタリが現実を隠しているから気づかないだけで、本当は私もあなたもお互いを制裁するほど崇高な存在ではないのだ。
　私たちの時間は交差しているだけ。共有はされない。
　あなたはどこに向かうのか、もう止めてしまうのか、そんなことは知らないが、出会ってしまったからには、これからの日常の中で私はきっとあなたの事を思い出す瞬間があるだろう。
　直接顔を合わせる事は二度とないかもしれない。​
　その時は記憶の中でまた会いましょう。

For My Boss
Cast：F

2019年10月 カクヨム公開作品 再掲載