プロローグ(警察)
本当にあった怖い話、世にも奇妙な物語、やりすぎ都市伝説、などなど……。世の中には科学では証明できない事象がいくつも存在する。「信じるか信じないかはあなた次第です」とはよく言ったものだが、俺も幼い頃はよく「トイレの花子さん」とか「口裂け女」とか、定番の怪談話に盛り上がったものだった。ああいうのは「いない」と分かっていても友達とふざけ合うのが楽しい。子供の定番の遊びだ。
しかし、世の中にはそういうオカルトを本気で信じている人がいるらしい。例えば「人が空を飛んでいた」とか「少女が片手で車を持ち上げていた」とか……。
交番に勤める警察官という職業柄、宿直や夜間の見回りをしていると、そう言った世迷言を言う輩を相手は珍しくない。しかし、それが酔っ払いやタチの悪そうな不良ではなく、真面目そうな主婦や学生がほとんどなのはどうしたものか……。最近の悩みだった。気味が悪いうえに対応が難しいのだ。軽くあしらえば「対応が悪い」と言われそうだし、かと言って真剣に話を聞くのは馬鹿馬鹿しい。
「どうしたらいいんですかね」
いつだったか、そのことについてポツリと先輩に相談したことがある。その人は俺がこの派出所に赴任した時からずっと面倒を見てくれている先輩だった。
俺の突然のぼやきに先輩は缶コーヒーを片手に目を丸くしていた。くだらない相談をしてしまったとすぐに失言を後悔する。撤回しようと口を開きかけたところで先輩が言った。
「まぁ、この街ではよくある事だよ。とりあえず聞いた話をそのまま報告書に書いちゃえばいいんじゃないか?」
「は」
思わず変な声が出た。俺は椅子の背を抱くように反対向きに座ったまま、ぽかんと目と口を開けて先輩を見上げていて、その姿がさぞ間抜けだったんだろう。先輩が笑った。
「ふはっww 何その顔ww」
「いや、だって先輩が変なこと言うから……」
「何も変じゃないだろ、この街で怪異現象なんてよくある事よ。最近はあんまり大きい事件はないけど」
「えっ、もしかして先輩もそう言うの信じてるタイプですか?」
話を切り出したのは俺の方だが、いい大人が馬鹿げてる。するとそんな俺の言葉に先輩が眉根を寄せた。
「おいおい、まさかお前この街で二年も警察官やっといて汐御崎七不思議を知らないって言うんじゃないだろうな」
「しおみさき……ななふしぎ……」
子供じみた単語に混乱する。地元で有名な小学生の怪談話かだろうか。現役の警察官が真顔で語ることではない。俺、揶揄われてる?
混乱していると先輩が腕組みをして言った。
「なるほど。その様子じゃ仕方ない。汐御崎七不思議とは何たるか教えてやろう」
「……いや、迷惑なので結構です」
嫌な予感がして俺は即座にキッパリ断った。……はずだったのだが、その宣言通り、翌日から先輩のオカルトレクチャーが始まった。「この街では常識だから」とか何とか、胡散臭い心霊写真やら気持ちの悪い怪談話やらを聞かされた。相談なんかするんじゃなかったと、後悔するが先に立たずだ。今日も今日とて助手席に乗り込む先輩の話をBGMに定期パトロールへ向かった。パトカーに箱詰めでは逃げ場もない。完全に身内からの公務執行妨害だった。
「鳥人はここ一年半ぐらいでよく見られるようになった怪異生物で、文字通り、羽の生えた鳥のような人間だ。背中に白くてフワフワした羽根が特徴的で、体格は成人男性と同じぐらい。頭に狐の着ぐるみの被り物をしていて、スマホの音声機能を使って会話してきたりする……」
先輩が語る。
内容がファンタジーすぎて、まるでSF小説の登場人物の話をされているようだった。無視を決めたかったが、隣で熱弁されてはそうとはいかず、それっぽい相槌をうって聞き流す。
「不気味ですね、凶暴な奴なんですか?」
「いいや、とても温厚だ」
「温厚?」
「ただ空をバサバサ飛んでいる感じかな……、ほら今もう上を見上げるとそこにいるかも……」
「運転中だから見れません」
「まぁ、昼は地面に影が写るから見上げなくてもすぐわかるんだけど」
「空なんて滅多に見上げないですからね……」
「さて、これで数日かけて七不思議全部紹介したが……、大丈夫か? ついてこれているか?」
「え、はい、まぁそれなりに」
嘘だ。ほとんど内容なんて覚えていない。と言うか、先輩が話に夢中で全然周りを見てくれないから、そのぶん俺に負担がかかってるんだから話どころではないし、正直まじめに仕事してほしい。しかし先輩はマシンガントークが続く。
「鳥人だけじゃないぞ。汐御崎神社とか、安達修繕屋の子ども店長、美しすぎる花屋店員、大谷高校のドッペルゲンガー、パイロキネシスト、内海病院のNoAプロジェクト……、汐御崎七不思議は小学生でも知っている。警察官なら尚更だ。覚えておいた方がいい。……はい。突然ですが、問題です。今、私は七不思議を6つしか言いませんでした。残りの一つは何でしょう?」
「え?」
まさか抜き打ちクイズ?
「……」
「もしやお前、今までの私の話ほとんど聞いていなかったな?」
「……」
黙り込む俺に先輩の声が低くなる。
「すみませ……って痛い痛い痛い痛い!」
謝るのもまたず、先輩が俺の頬を爪で刺す。手入れの効いた女の爪は凶器のように鋭利で痛い。相当お怒りのようだ。
「正解は紅蜘蛛党だ。まさかお前、適当に聞き流していたな?」
「はい、すみません」
「ったく……」
先輩が指を引っ込める。きっと腕を組んで頬を膨らませているだろう。先輩が怒るときにするクセだ。
俺は型がついて赤くなっているであろう頬をさすりながら言った。
「今度はちゃんと聞きます」
「本当だろうな?」
先輩がため息をついたところで、『至急至急』と無線がなった。応答すると、雑音とともに男の声が早口で告げた。
『汐御崎駅の駅員よりマル電。中央改札口で事件発生。マル被逃走、マル害一名、目撃者多数。直ちに現急するように』
俺はすぐにハンドルを回して駅に向かう交差点を曲がった。サイレンを鳴らして、スピーカーで道をあけるように促しながら進む。
「嫌な予感がする」
隣で先輩が独り言を言った。
2023.07.05. HP公開 再掲載
CAST:黒瀬龍騎、先輩。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?