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短編小説 『あい色の春を紡ぐ』 #春ピリカ

 休日の昼下がり。お揃いのカップを手にソファーに並んで腰かける。

私はカフェオレ
彼はブラックコーヒー。

中身は違っても手の平に伝わってくる温かさはきっと同じで、それを愛しい人と共有できる、このひとときが好きだった。

ふぅと息を吹きかけてから啜る。隣に座るさくちゃんは急いで飲もうとしたのか、声を上げる。

「熱っ!」
「大丈夫?」
「ん、あのさ……」

ぎこちなくカップをテーブルに置くと躊躇いがちに口を開いた。

つむぎ

いつになく真剣な声色に胸が高鳴る。


「僕と……ってあれ?」
「どうかした?」

突然立ち上がって慌て出す彼に私まで狼狽える。

「ない! 指輪がない!」

体中をまさぐりながら叫ぶ。


「指輪って?」
「あ!」
「もしかして婚約指輪?」

私の言葉に、しゅ~っと空気が抜けていく風船のように膝を抱えて丸まった。

「そんなに落ち込まなくても」
「一世一代のプロポーズだったのに」
「それは確かに残念だ」
「そこは黙って慰めて」
「めんどい男だなあ」

と言ってみたものの、自然と緩む頬が隠しきれない。

「なんで笑うのさ」
「こんな時でも朔ちゃんらしいなと思って」
「ダサいって?」
「違うよ。可愛いなって思ったの」
「そんなんダサいと同じじゃん」

可愛いとダサいじゃ全然違うのに。

込み上げる愛おしさを説明する間もなく彼は拗ねていた。


「どうしよ……」

今度は頭を抱えて、う~と呻きだすから

「一緒に探そうよ」

向かいにしゃがんで提案してみた。

「へ?」
「元々、今日はゆっくり過ごす予定だったし、宝探しだと思って指輪探してみようよ。二人でならすぐに見つかるよ、きっと」

そう告げたら彼の目が一瞬だけ私を捉えてすぐに逸らされた。

「どしたの?」
「紬に惚れ直してるとこ」

手で顔を覆って必死で隠そうとするけど、黒髪から覗く耳は真っ赤で、そんな彼はやっぱり可愛い。



「最後に見たのはいつ?」
「昼飯の後にズボンのポケットに突っ込んだ記憶はある」
「どこで?」
「クローゼットの前」
「よし、行ってみよ」


彼の行動を遡りながら辿っていくも、そう簡単には見つからず

「他に怪しい場所となるとトイレとか?」
「見てくる!」

勇み足で現場に向かうも

「……なかった」

しょんぼりして戻ってきた。

「手分けするしかないね」

埒が明かないから別々に探すことにした。



「朔ちゃん、あったよー」

私の声に彼が寝室に駆け込む。

「どこに?」
「ベッドの上」

青い布団と同化するように藍色の箱が落ちていた。

「でも何でこんなとこに?」

不思議に思う私の横で、彼は記憶を掘り起こす。

「そういやポケットに突っ込んだ後、ベッドが乱れてたから整えたんだった」
「その時に落としたのか」



「では改めて」

咳払いをしてから彼が私を見つめる。

「紬さん、僕と結婚して下さい」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。
ってあれ?」

蓋を開けた指輪ケースを見つめる。

「ん?」
「中身ないよ?」
「まじかよ……」

膝から崩れ落ちて今日イチの撃沈。


私の指にはまる日はいつになるやら?


(1200字)


 初参戦な上に、お題を知ったのは応募期間になって、フォロワーさんの小説を読んでからの駆け込み乗車ではありますが……(朔ちゃん並みの慌ただしさですね😇)

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

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