短編小説 『平和な世界をつなぐバトン』 #シロクマ文芸部
「平和とは、こういうことを言うのかしら」
おばあちゃんは、窓辺から空を華やかに彩る光を見て呟く。
薄闇の中、しゅるるるる~と昇った龍が、口から色鮮やかな丸い炎を吹き出すと、一瞬の煌めきとともに光の粒が散り散りになってわずかに残した煙が風に流され、ふぅっと消えていく。その後にバトンパスのような力強い音が鳴り響く。
その光景がなんとなく人間の生き様のように感じるのは、今の私では想像もつかない時代を生き抜いてきたおばあちゃんと一緒にいるからだろうか。
「あの人がこの景色を見たら
何と言ってたかしらね」
物憂げだった表情が、おじいちゃんについて語る時だけふわりと綻ぶ。まるで一瞬にして若き日の少女に戻るかのように。
私はおじいちゃんに会ったことがない。
おじいちゃんは戦争で亡くなってしまったから。
でも、私はおじいちゃんを知っている。
それは遺影で見たからじゃなく、こうやって時折おばあちゃんがおじいちゃんについて語ってくれるから。
だからこそ誰かの心に残っている限り、人は生き続けられるんだとも私は思っている。
「おじいちゃんにも見せてあげようよ。
せっかくの特等席なんだから」
「そうよね。こんなに綺麗な花火を
独り占めしてたらあの世で怒られちゃう」
と、茶目っ気に笑いながら、おばあちゃんは棒のように細くなった腕を挙げ、左手の甲を窓辺に向ける。
その手の爪には
お父さん指にはおじいちゃん
お母さん指にはおばあちゃん
お兄さん指にはお父さん
お姉さん指にはお母さん
赤ちゃん指には私
をデフォルトしたイラストが描かれている。
「実結ちゃん、ありがとうねえ。
こんなにかわいい絵を描いてくれて」
「だってそれが私の仕事だもの」
「本当にすごいわねえ。
こんなに小さな爪、ひとつひとつに
こんなに細やかな絵が描けるなんて。
実結ちゃんは手先が器用なのね」
「それはきっとおじいちゃん譲りだよ」
おじいちゃんは、徴兵されるまで風鈴の絵付け師として家業の見習いをしていたと聞いている。だからきっと今もこの花火を見て、どんな柄を描こうか、新たな図案を考えているに違いない。
「そっか、実結ちゃんの手先の器用さは
あの人から受け継いだものなのね」
そう呟くと、おばあちゃんは花火を見るのも忘れて、自分の指をまじまじと見つめる。
「本当はこっちの手にも
描いてほしかったんだけれど……」
そうぽつりと溢したおばあちゃんの右腕には細い管がつながっている。
「仕方ないよ、検査するのに
ネイルは禁止だから」
「そうじゃないの。左手には
実結ちゃんの新しい家族を描いて
欲しかったのよ」
「もしかしておばあちゃん
早く結婚しなさいって言ってるの?」
「ふふ、そうね。
できたら、ひ孫の顔も見たいもの」
「見られるよ、絶対」
「あら実結ちゃん、いいお相手がいるの?」
「そういうわけじゃないけど……」
儚くも美しい花火には、疫病退散の意味も込められているから。おばあちゃんの病気だって必ず吹き飛ばしてくれるはずだ。
おじいちゃん、ごめんね。
もう少しだけおばあちゃんと
ここに居させて。
せめておばあちゃんの右手にも
愉快な家族が描けるその日まで。
バトンがつなげなくなったら困るでしょ?
そう唱えると、夜空に真ん丸な花火が打ち上がり、どこかから風鈴の音色が聴こえた気がした。
昨日、ポイントで買った化粧品とベランダから見た打ち上げ花火を思い浮かべて書いた作品です。(お年寄りにお化粧をして喜ばせたり、エンゼルメイクやエンゼルケアにも興味があったので……)
ちなみに手相によると左手が過去、右手が未来らしいですね🤔(とはいえ、いろんなパターンがあって、絶対とは言いきれないので参考として取り入れました。
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