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#12 旅のおわり世界の始まりAcross the sea  草野庸子

Across the sea by 草野庸子
秋田紀子/Noriko Akita

Across the sea (roshin books 2018)

 草野庸子の写真からどの写真も共通してあたたかい眼差しを感じる。人間に対してもモノに対しても。彩度はどの写真も低めで少し冷たい感じもするのだが、写真から滲み出てくる何かがあるので私も同じような眼差しで写真をみることができる。

 光が差したロンドンの風景。見たことがない場所なのに懐かしい気持ちになる。写真に写してしまうと目の前にあるものでさえとても遠くに感じることがあるとある記事で彼女は語っているが、私は彼女の写真のこの距離感が心地よいとさえ思った。距離が近すぎず遠過ぎずにいられることがありがたいのだ。

 光を追うという行為は自然と向き合うこと、そして自然と向き合うことは個人の精神世界へと誘う行為だ。自分の中にある深い地層に化石のように埋もれていた、何か大切なものが発掘されていくような感覚でこの写真集を見ている。何か大切なものは私主体でなく、もっと俯瞰して物事を見るとそれに気づいてしまうような。その時に感じる淋しさ、自分が生きているということ自体が淋しさの原因であることに気づいそんなとき、またこの本を手に取りたくなるのだろう。

人は精神の内側をそのまま表現する言葉を持っていない。人の精神を構築する要素は複雑で言葉にはできない。現実の世界からの現象をそのまま引用するような形で精神の世界に広がっているような光を探す。心象とはそのようなものだ。

デザインは加藤勝也。丁寧で彼女の写真に寄り添った仕事を感じる。表紙のページは柔らかいグレーで光の粒が楕円の網点で表現されている。紙の質感は少し重みを感じ、一枚ページを捲るごとにこの写真と丁寧に向き合おうと思わせるきっかけにも自然となっている気がする。

turner by jean selz

「みえない光を存在しないと定義するのはあまりにも悲しすぎる」

Across the sea あとがきより

あとがきの言葉から彼女の光の捉え方、真摯に向き合う姿勢がイギリスを代表する風景画家、ウィリアム・ターナーと似ていると感じた。

 写実的な風景画ではなくたっぷりに水を使い目に見えない空気や光を情緒的に描いた画家、ウィリアム・ターナー。水で色彩の濃淡や調子を細かくコントロールしながら色を重ねたり洗い出しによって、自由自在に水彩技法を操り目の前の現実の風景を刻々と変化してゆく『視覚的な経験』としてその象徴的な光や空気、水といった要素を絵画へと昇華していった。

 本来の水彩絵の具の特徴である透明性を活かした重色の技法をターナーは発見している。 重色の技法というのはたっぷりの水を使って絵の具を充分に溶かし、薄く溶いた絵の具を塗った後、完全に乾かしてからさらに色を塗り重ねることで上の層の色と下の層の色とか立体的に反映し合い深みのある繊細な色彩を表現することができる。この写真には多重露光による版ズレが起こっているが、このズレと重色が似ているのだ。

ちょっとした版のズレが、ちょっとズレた緑色の1mmが私が今ここに存在していることを肯定してくれる。
「ガラス玉を星のかけらと思いこめる感受性は、その星のかけらの鋭い刃先で自らの心を傷づける/寺山修司」この感性はこの詩のように自らの首を絞めるような行為かもしれないが、それでもこの1mmを大切にできるような自分でありたい。

ロンドンの街でも日本と変わらないように人々が暮らしていて物があって、刻々と時間が流れている。
薄暮が紫になる、空色が水色になるその瞬間は世界中どこでも同じことが起こっているのに、見知らぬ土地だと自分が幽体離脱して日常が非日常に侵食していく、世界を俯瞰して眺めている。そんな不思議な経験がこの写真集で体験できるのかもしれない。

 草野庸子は、1993年福島県生まれ。桑沢デザイン研究所でグラフィックデザインを専攻し、在学中に2014年にキヤノン写真新世紀優秀賞(佐内正史選)に選出、2018年の「LUMIX MEETS BEYOND 2020」において、将来を期待される6名の作家の一人として選出された。

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執筆者
秋田紀子/Noriko Akita
2000年生まれ 射手座
京都精華大学芸術学部版画専攻卒
デザインの勉強をしています
映画ポスター、ブックデザインに興味があります
IG:@cyan_12o
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サポートされたい。本当に。切実に。世の中には二種類の人間しかいません。サポートする人間とサポートされる人間とサポートしない人間とサポートされない人間。