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日本の多民族国家化

先週、首相の諮問機関である規制改革推進会議で、人への投資ということで、外国人に日本在留を認める特定技能の対象拡大という答申が出されました。


インバウンドの高まり、運送業界や建設業界では来年から残業規制が入ることを見越しての採用強化、そして少子高齢化の加速など、様々な理由で人材不足が深刻化している事もあり、外国人の導入が進み始めています。


少子化の問題に対しては、財源を投じて異次元の対策をするという国の方針もあります。少子化対策の予算を3兆円にすると福祉国家モデルのスウェーデン並みになるとのことです。
そもそも、人口が日本の10分の1である国を比較対象にするのもどうかと思いますが、それはさておき、スウェーデンの出生率は1.52と日本より高いものの、最近では、日本よりも出生率の下落の勢いは増しています。

それでもスウェーデンの人口が伸びているのは、毎年、大量に外国人に国籍を与えているからで、日本の水準に置き換えると、日本が毎年100万人の外国人に日本国籍を与えている試算になります。
実は今の日本の人口統計的な動きを、ただそのまま未来に伸ばすだけでも、2070年には9人に一人が外国人になります。実際にはもっと早い段階でこの比率になるでしょう。私は、少なくとも就労人口的には今後10年ぐらいの間に10%が外国人になると考えています。

これが良いことか悪いことかを論じるというより、すでに未来に起きた事実として捉えた方がいいのではと思います。日本は異常な人口減に見舞われるので、少子化対策は重要ですが、個人や企業の寿命的な範囲で考えると、もはや外国人は避けて通れない状態です。

先日訪問したインドネシアでは多くの人材が集まってくれましたが、我々も簡単に集められているわけでもありません。いろいろな対策を地道にやった複合的な効果で人を集めています。
円安と給料水準の低さにより、日本の相対的な地位は低下しています。既に中国はラオスやカンボジアから人材の受け入れを開始しており、国際的な人材市場の動きが活性化しています。

日本の競争力が低下すると外国人に日本語を学んでもらうという障壁はますます上がっていきます。
ただ、それでも、日本には、他の国にはない、とても恵まれた環境や背景もありますので、私は充分いけると考えています。

ここで、一旦、話が脱線しますが、記憶のメカニズムを脳科学的に説明してみようと思います。
(この分野は私のオタク的なところがありますので、ここら辺り、関心がない方は読み飛ばしてください笑)

記憶は神経細胞が個別に保存しているのではなく、神経細胞同士のネットワークで保存されます。ネットワークを構成する一つ一つの神経細胞は複数の記憶を兼務しているのです。記憶は神経細胞同士のチームワークなのです。

一つの神経細胞が一つの記憶をしていたら、神経細胞の数量分しか記憶できないのですが、組み合わせで記憶する仕組みなので、指数関数的に効率的に記憶できるのです。3個神経細胞が個別に記憶したら、3個分の記憶しかできないけど、ネットワークであれば3×3=9通りの組み合わせでそれだけ多くの記憶が保存できます。脳はとても効率的な使い方をしているわけです。

でも、この神経細胞は他の記憶とも兼務になるので、似たような記憶の保存をすると、細胞同士で干渉してしまいます。
一つの科目を長時間やるのではなく、時間を区切って、科目を複数やる学校は合理的なわけです。逆に日本語などの一つの科目をひたすら集中講座するのは、記憶を形成する神経細胞同士の干渉が起きるので、あまり効率的ではないかもしれません。

記憶には意味記憶とエピソード記憶があります。例えば、単純に日本語の単語を覚えるのは意味記憶で、日本語を通じて体験したり、コミュニケーションしたりして形成されるのがエピソード記憶です。そして、機械的に記憶する意味記憶より、ストーリー性や情動を加えたエピソード記憶の方が脳の神経細胞のネットワーク化が強化されて、保存力が高まるのです。

ちなみに、認知症は朝食メニューを思い出せないのではなく、朝食を食べたこと自体を忘れてしまうのですが、これはエピソード記憶が形成できないからです。
意味記憶が記号的な暗記作業なのに対して、エピソード記憶は、複合的なもので形成されるので、例えば人との関わりを持ち続けることなどが重要になってくるわけです。

認知症は、加齢などにより、神経細胞が死んでしまうわけですが、ネットワーク機能があるのであれば、別の細胞で代替する治療や薬が開発されれば、理論的には直したり、軽減したりすることができると思います。

外国人が日本語を覚えるのも意味記憶だけではなく、情動と共に体験するエピソード記憶をすることが重要です。この点、海外で人気を博している日本のアニメの存在は非常に効果的だと思います。その他、日本には日本食や日本文化など、エピソード記憶を高めるものばかりです。

日本は多民族国家になる潜在力がある事も大きな利点です。

日本は国家意識が高くて、民族意識はそれほど高くないのですが、それは同時に我々が多民族国家としてうまくいく可能性を秘めていると思います。
例えば民族意識が強いアフリカの大半の国は、政治的なトップは国の代表というより民族の代表という感じで、特定の民族のためだけに動いて、民族間の対立を生んだりして、国としては、なかなか機能しません。

日本は、国家意識が民族意識に優先される文化があるので、他民族になっても、うまくやれるのではないかと思います。

私がアジア各地を訪れるたびに思うのは、みんな国という意識はそれほどなくて、地域や民族でそれぞれ、独自の言葉、人種、性格、宗教を持っていて、民族としての価値が高いことです。しかし、日本ではどこに行っても一貫した国家意識が感じられます。この高い国家意識は、我々が固有の宗教を持つようなものだなと感じています。いわば日本教があるので、日本人は宗教を必要としないのかもしれません。

企業も国家意識と同様で、民族意識みたいなものは少なく、企業意識の方が強いです。日本は世界的に勤続年数が長いですが、それは企業や国の組織文化が強いからだと思います。これは外国人の占める割合が高くなっても、その文化は維持されるはずです。

日本は民族的な対立構造を生みにくい国なので、外国人にとって国や組織に入り込み、生活がしやすく、またコンテンツや文化も多いので、エピソード記憶がしやすい国だと言えます。

このような利点がたくさんある日本の文化的な背景を意識して、外国人を受け入れていくと自然と多民族国家、多民族企業になっていくと思います。
このような多民族になる利点がある日本ですが、受け入れを進めるにあたって現実的な課題が多いのも事実です。

最近、外国人を一時的な出稼ぎに限定せず、本人が希望すれば長期的に日本で生活できるような在留資格の考えが進んでいます。
しかし、そのためには制度全体の改革が必要です。例えば、現在の年金制度では外国人は最大で5年間しか対象にならず、それ以上は掛け捨てになってしまいます。
そのため、一時金を受け取るために一旦帰国する希望者が増えているのです。このような制度の問題も解決しなければならない課題となっています。

課題が増えるほど、改善の可能性が高まります。
以前であれば、この様な脱退一時金のことは問題になることは少なかったです。これらの課題に真摯に取り組み、外国人材の受け入れによる日本の人材不足解消に貢献するとともに、より働きやすい環境を提供するために提案、提言もしていきたいと思います。

人材獲得のための労力を惜しまず、世界とつながり、人々が互いに理解し合える社会を実現するための活動を行っていくと、外国人材というのは単に人手不足を補うためだけの存在ではなくて、多様な視点や経験は、我々の社会全体を豊かにし、新たな可能性を引き出すことに気付きます。

「海を超えてきたら労働者ではなく、それは人間だった」、と有名な悪セリフが、確か欧米のどこかでありましたが、人材に関する課題は簡単なものではありません。我々はこれを一つひとつ解決していくことで、明るい未来を創り出そうと思います。

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