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『ハードコア・テクノ・ガイドブック』本編未収録編 / EBMとインダストリアル・テクノについて

先日noteにて期間限定で公開した『ハードコア・テクノ・ガイドブック』の記事には多くのアクセスがあり、MxCx online storeで本を注文してくださった方もいて、とてもありがたかった。ここで公開したのは、ほんの一部であったので、興味を持ってくださった方には是非本編も見ていただけたら光栄だ。

今回から数回に分けて、『ハードコア・テクノ・ガイドブック』の本編には載らなかったカットした部分を記事にして公開してみることにした。
まずは、インダストリアル編で触れたEBMとインダストリアル・テクノについて、個人的な思い出も交えて記録してみる。

EBMとの出会い
『ハードコア・テクノ・ガイドブック インダストリアル編』では、ハードコア・テクノとインダストリアル・ミュージックとの関係性を掘り下げ、インダストリアル・ハードコアのルーツを順序立てて紹介した。
Marc Acardipaneを含むハードコア・テクノの先人達はインダストリアル・ミュージック、そしてEBMに影響を受けた世代が多い。本編では、ハードコア・テクノにインダストリアル・ミュージック/EBMの要素を落とし込んだLiza 'N' EliazとOliver Cheslerの功績について取り上げており、インダストリアル・ミュージック/EBMとハードコア・テクノの具体的な繋がりを記録している。

インダストリアル・ミュージックについては、個人的にも強い思い入れがあるが、EBMも自分の人生には外せないものとして今も根強く残り続けている。
EBMを本格的に意識したのは、テクノに夢中になっていた10代中頃にドイツのレーベルInternational Deejay Gigolo Recordsを通じてであった。それまでは、初期のMinistry/Revolting Cocks、Skinny Puppy、Nine Inch Nailsといったバンドや日本のSoft Balletを愛着していたのもあって、EBMの要素がある音楽には触れていたが、どちらかというとメタルやロック的な解釈のものであったので、当時の自分はEBMにクラブ/ダンスミュージックの側面を見出すことは出来なかった。


自分がテクノを熱心に聴いていた時期というのが、大体2000年から2002年位。その頃はDJ Hellと彼のレーベルInternational Deejay Gigolo Records周辺が盛り上がっており、Miss Kittin & The Hacker、Dopplereffekt、David Carretta、Terence Fixmer、Fischerspooner、Zombie Nation、Tiga、DMX Krew、Rok、Beroshima、Autotune、Lexy、Mr. X & Mr. Y、Ural 13 Diktatorsといったアーティストがエレクトロ、ディスコ、シンセポップといったメロディアスでキャッチーな80'sダンスミュージックを素材にした作品を連発していた。その中にはEBMテイストの物も多く、例えばTerence Fixmerの『Warm / Body Pressure』や、Green Velvetの『Whatever』にもEBMのエッセンスが入り込んでおり、それらのダークでフェティッシュなトラックはテクノのDJにプッシュされていた。

そして、EBMのダンスミュージックとしての機能性を証明したのが2002年にReactからリリースされたDJ Hellの2枚組Mix CD『Electronicbody-Housemusic』である。
これはElectronic HouseとEBMで構成されており、EBMサイドは80年代から90年代初頭のEBM(Nitzer Ebb、Front 242、Chris & Cosey、Bigod 20、The Force Dimension)と、2002年前後にリリースされていたEBMテイストのテクノをミックスしていき、EBMとテクノが双方のサウンドを倍増させていく刺激的なミックスであった。DJ Hellが自身の作品とInternational Deejay Gigolo Recordsを通して、あの時代にEBMの魅力をテクノ・ファンに伝えたのは、今に通じる大きな意味があったと思う。
1999年にリリースされたHell & Richard Bartzの『Rock My Body To The Beat』には、2010年代に展開されるインダストリアル・テクノを予見していたようなトラックが収録されており、インダストリアル・テクノの流れからみても、International Deejay Gigolo Recordsは欠かせないレーベルではないだろうか。ちなみち、ハードコア・テクノ・ユニットIlsa GoldのChristopher JustはInternational Deejay Gigolo Recordsからヒット・チューンをリリースしている。


そこから数十年の時を経て、EBMは再び注目を集めることになった。ADULT.への再評価やCardopusher、Kris Baha、SΛRIN、Youth Codeといった今までとは違った方法を用いてEBMを取り込んだアーティストの出現、Biteやaufnahme + wiedergabeなどのレーベル、ベテラン勢であるAdam XとTerence Fixmer、そしてThomas P. Heckmannの『EBM Manifest』シリーズなどが刺激的なEBMを披露し、それらの作品は様々なところに浸透していった。

ハードコア・シーンでは、FrazzbassがThe Horroristをフィーチャーした『Zerschlagen』というシングルをMokum Recordsからリリース。同シングルに収録されたThe Speed Freakの「Zerschlagen (The Speed Freak EBM-Core-Fusion Remix)」は、タイトル通りのEBMをハードコアとミックスしたユニークなトラックであった。The HorroristのシングルにはLenny Deeが参加し、ライブパフォーマンスでは過去のハードコア・トラックをプレイするなど、EBMとハードコア・テクノを掛け合わせたパイオニアとしての貫禄を見せてくれていた。Minimal ViolenceやVTSSといったアーティストはフラットにテクノとEBM、そこにハードコアやトランスの要素までもミックスし、2010年代の都市型EBMを形作った。

インダストリアル・テクノがハードコア・テクノと邂逅する前
現在のハードコア/テクノのクロスオーバーを成功させた大きな要因の一つに、インダストリアル・テクノの存在があるのをインダストリアル編で指摘している。ここからは、インダストリアル・テクノとの出会いとインダストリアル・テクノの変化の過程を個人的な視点から書き残しておく。

僕がインダストリアル・テクノに強く引き込まれたのは、2010年にAncient Methodsのレコードと出会った時に遡る。Ancient Methodsが同名のレーベルからリリースしていたレコードは、インダストリアル・ミュージックに少しでも魅了された人であれば、テクノを嫌っていても彼等の作品だけは気に入ってしまうような、インダストリアル好きにはたまらない作品ばかりであった。同時期頃、EBMやインダストリアル的なサウンドをテクノと組み合わせた素晴らしいパーティーVetaのTakahashi氏とOKUDA氏に出会う事が出来たのも、個人的にはとても良い経験であった。特に、Takahashi氏とは似た様な音楽的バックボーンがあったので、彼から教えて貰った音楽によって知らなかった世界に足を踏み入れることが出来た。VetaにはTraversable Wormhole、RØDHÅD、Terence Fixmer、Shapednoise、そして、Ancient Methodsも出演しており、東京でインダストリアル・テクノ並びに硬派なテクノを押し進めた重要なパーティーである。


その少し前(2007年~2008年頃)に2562、Martyn、Scuba、Ramadanmanによるテクノやハウス的なサウンドを取り込んだダブステップが注目を集め始め、Skull DiscoのAppleblimとShackletonも更にディープなスタイルへと向かっていた頃、彼等のテッキーなダブステップに反応するように、ドイツのModeselektorとMonkeytown Recordsは『Modeselektion Vol.01』や『Moderat』などでダブステップとテクノ、UKファンキーを綺麗にまとめた作品をリリース。ドイツのテクノ・シーンとイギリスのダブステップ・シーンは繋がりを強めていた。

そして、テクノとダブステップのクロスオーバーにおいて、大きなターニングポイントの一つとなったのがSurgeonの『Fabric 53』であると思う。Surgeonは、ダーク/ハード・ミニマルが好きな人であれば必ずチェックする人気アーティストで、自分も10代中頃から彼の作品を聴き始め、テクノを熱心に聴かなくなった後でも動向が気になる人物だった。『Fabric 53』以前から、ダブステップやベースの効いたブレイクスをミックスに取り入れたSurgeonであったが、『Fabric 53』にはScuba、Instra:mental、Ital Tek、Starkeyといったダブステップ系に、Robert Hood、Ritzi Lee、Mark Broom & James Ruskinといったテクノを重ね合わせていく中、Ancient Methodsのトラックも使われ、とても良いアクセントとインパクトを残していた。『Fabric 53』は、ダブステップとテクノの融合をDJミックスというフォーマットで実現させ、その後に巻き起こるインダストリアル・テクノとベースミュージックのフリーフォーム化を予見していた。
個人的な推測だが、Surgeonによってダブステップからインダストリアル・テクノへとシフトしたアーティストやリスナーは一定数いたのではないかと思う。

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インダストリアル・テクノ・シーンで人気のOntalとAnDは元々ダブステップをクリエイトしていたし、[KRTM]がBurialをフェイバリットに挙げDJミックスにも使っていることから、ポスト・ダブステップは2010年代に活躍しているハードコア・シーンのアーティストにも影響を与えていると思える。
個人的な体感では、2013年から2015年まではインダストリアル・テクノという単語が頻繁に目に入り、国内のテクノ界隈でもちょっとしたトレンドになっていた。その頃からか、インダストリアル・テクノは以前よりもニュアンスが変わっていったように思う。あくまで個人的な捉え方であるが、インダストリアル・テクノというジャンルの中でもハード・テクノ寄りの物と、インダストリアル・ミュージックのアトモスフィアとサウンドを重視したものに分かれていったと感じる。

2013年以降、イギリスやヨーロッパ、アメリカでは、ダブステップ/グライムを通過したエクスペリメンタルなベースミュージックが勢いを増していき、Blackest Ever BlackはRegis、Cut Hands、Black Rain、Vatican Shadowをリリースし、インダストリアル・テクノを別の角度から提唱していたと言える。Blackest Ever BlackやSubtextがこの時期にリリースした作品は、Cold Recordings、Different Circles、Berceuse Heroiqueといったレーベルの出現へと繋がったはずだ。


その後、インダストリアル・ミュージックはテクノからベースミュージック・シーンでも大きく取り込まれていき、アーティスト事のインダストリアル感を持った作品が生まれていく。その後、インダストリアル・テクノを入念にチェック出来ていた訳では無かったが、Sawf、ANFS、Ontal、Tommy Four Seven、Paula Temple、Fret、JK Flesh、Ossia、Simon Shreeve、Killawatt、Cocktail Party Effect、Mickey Nox、Keepsakesといった当時ニューカマーだったアーティストや、前途のダブステップから変貌を遂げたアーティスト、さらにインダストリアル・テクノのベテラン勢までもが入り乱れ、さらにディープな側面に向かって行く動きはとても刺激的であった。そして、この動きの中で最もインダストリアル・ミュージックのバックグラウンドを活かし、ハードに突き進み始めていたのがPercであった。(ここからインダストリアル編のPerc Traxのコラムへと繋がる)


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