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John Fruscianteとエレクトロニック・ダンスミュージック/US Raveシーンとの関わり

今年5月に東京ドームで行われた来日公演が話題となったばかりのアメリカのロック・バンドRed Hot Chili PeppersのギタリストであるJohn Fruscianteとカナダの奇才電子音楽家Venetian SnaresによるユニットSpeed Dealer Momsが3年振りとなるシングル『Birth Control Pill』をEvar Recordsから発表した。

Speed Dealer Momsは両者が所有する新旧のドラムマシーンやシンセサイザーなどのアナログ機材を駆使したジャムセッションから生まれたプリミティブなエクスペリメンタル・ミュージックをリリースしていたが、『Birth Control Pill』はダンスミュージック的側面が強調されていた。シングルのタイトルになっている「Birth Control Pill」はVenetian Snares印のアーメン・ブレイクが印象的なプログレッシブ・ジャングル的な展開であり、Venetian Snaresの『Detrimentalist』『Pink + Green』を連想させるブレイクビーツ・ハードコアのフィーリングもあるが、John FruscianteがTrickfinger名義で追及していた繊細な電子音と独自のブレイクビーツ美学も見事に反映されている。Venetian Snaresの圧倒的な技量に隠れがちであるが、John Fruscianteの電子音楽家としての優れた才能が以前より感じられるようになっている。

ここ数年、John Fruscianteはブレイクビーツ・ハードコア~ジャングルから受けた影響を消化した独自のエレクトロニック・ダンスミュージックをクリエイトし、2020年に発表したアルバム『Maya』は2020年代のRaveミュージック史に残る名盤といえる。

妻であるAura T-09と共に立ち上げたレーベルEvar Recordsも精力的に活動しており、Wheez-ie、Dev/Null、Kilbourne、Baseck、MinionといったUS Raveシーンで強い影響力を持っているDJ/プロデューサーからLimewax、Cardopusher、Liza Aikin & Monolog、Mutant Joeの作品を発表。現行のジャングル~ハードコア・テクノ~ブレイクコア~ドラムンベース~オルタナティブ・テクノといったスタイルをプッシュしている。

John Fruscianteは過去にTricky、Wu-Tang Clan、RZA as Bobby Digitalの曲に参加しており、Aphex TwinやAutechre、Squarepusherをフェイバリットに挙げるなど、昔からダンスミュージックとの関わりがあった。他にもDJ Funk、DJ Assault、DJ Deeon、DJ Rashad、DJ Spinn、RP Booといったゲットーテック/ハウス~フットワークのプロデューサー達や、TDK & Bizzy B、DJ Fokus、DJ SS、Coco Bryce、Dev/Null、Tim Reaper、Special Requestなどのジャングル/ブレイクビーツ・プロデューサーをフェイバリットに挙げ、Luke VibertとBaseckを最高のDJと称し、ジャングルのパーティーやRaveに足繁く通うことでも知られているなど、ダンスミュージックに対する敬意と研究心がとても高い。

2010年代からはTrickfingerとしてアシッド・ハウスにフォーカスした作品を発表し、バンド活動から離れ、ギターからモジュラーシンセサイザーやサンプラー、ドラムマシーンといった機材に持ち替えて自身が求める音楽を熱心に追及していた。
その少し後、2019~2020年頃からアメリカの各都市で同時多発的に新たなRaveシーンが生まれていき、Evar Recordsとも関わることになるKilbourneを筆頭とした次世代の登場によりUS Raveシーンは再構築されていったが、John Fruscianteもその流れの中で重要な役割を果たしていると思う。

2023年にシンコーミュージックから『ジョン・フルシアンテ・ファイル』が出版されるなど、日本でも非常に根強い人気を誇るJohn Fruscianteであるが、エレクトロニック・ダンスミュージック~Raveミュージックとの関わりについて国内では余り触れられていないように思うので、自分が知る限りでその関係性について紹介してみよう。

John Fruscianteのエレクトロニック・ミュージックとの関係性は古く、始まりとなったのは子供の頃に両親のレコード・コレクションの中から見つけたEmerson, Lake & Palmerのアルバムで聴いたシンセサイザーの音に刺激を受けたと話している。ロックやパンクと同様にシンセ・ポップを好み、The Human League『Reproduction』『The Dignity of Labour』『Travelogue』、Depeche Mode「Master And Servant」を愛聴盤としており、シンセ・ポップの独特なメロデは自身のソングライティングにも影響を与えているそうだ。

2012年に発表したJohn Fruscianteのアルバム『PBX Funicular Intaglio Zone』にはブレイクコア、ブレインダンス、アシッド・ハウスの要素が組み込まれているが、全体を通してネオンチックなシンセの音色や耽美なメロディからはシンセ・ポップの影響が強く表れており、今作を「プログレッシブ・シンセ・ポップ」と本人は語っていた。

『PBX Funicular Intaglio Zone』以降、バンド・サウンドから離れて電子音楽にフォーカスしていき、シンセ・ポップ的な要素が増していく。アナログ機材に拘ったアシッド・ハウスを主体としたTrickfinger名義でもシンセ・ポップ的な要素が垣間見え、John Fruscianteが作る音楽の母体にはシンセ・ポップが大きく残っているように感じる。John FruscianteがAphex TwinやVenetian Snaresに強く共鳴しているのは、彼等のシンセサイザーを駆使したエモーショナルな作風にシンセ・ポップ的なものを感じたからなのかもしれない。

2014年に『PBX Funicular Intaglio Zone』で開拓したエレクトロニック・サウンドに広がりを持たせた『Enclosure』というアルバムを発表。2015年からTrickfinger名義での活動を始め、LAを拠点としたレーベルAcid TestからEP/アルバムを発表。以降、Trickfingerとして本格的にダンスミュージックの制作を開始。パソコンを使わずに複数のアナログ機材を用いて作り出したTrickfingerの初期作品はJohn Fruscianteが最もピュアな形で自身のパーソナルな部分を表現しているようであり、苦難もありつつ音楽制作をエンジョイしている彼の姿が見えてくるようだ。

John Fruscianteの音楽活動歴において、Venetian Snaresの存在は非常に大きい。2003年にAutechreがキュレーションしたAll Tomorrow's Partiesで彼等は出会い、2010年にPlanet-Muの傘下レーベルであるVenetian SnaresのTimesigからSpeed Dealer Momsの『Speed Dealer Moms EP』を発表し、Venetian Snaresのアルバム『My Love Is A Bulldozer』にJohn Fruscianteは参加していた。
過去にバンド活動を共にしたメンバー同様、Venetian Snaresとは何時間にも渡る密なセッションを通じてコミュニケーションが取れる数少ない貴重な存在であり、Venetian Snaresのライブは今までで最も心を揺さぶられたものであったと話している。

パートナーであるAura T-09との出会いもJohn Fruscianteの音楽人生を大きく変えた。DJ/プロデューサー/オーガナイザーとしてLAで活動しているAura T-09はオルタナティブでモダンなRaveミュージックをアメリカに広めた重要な人物であり、現在のUS Raveシーンのアイコン的な存在。John Fruscianteは彼女から様々なRaveミュージックを教えて貰ったと話しており、そこからブレイクビーツ・ハードコア~ジャングルにフォーカスしていったと思われる。

90年代初頭から中頃までにイギリスで生まれたブレイクビーツ・ハードコアとジャングルを特に好んでいるというJohn Fruscianteが、それらへの愛情を注いで作った2020年作アルバム『Maya』はTrickfingerとSpeed Dealer Momsで得られた経験がダイレクトに反映された自身初のインストゥルメンタル・エレクトロニックのアルバムとなった。今作はブレイクビーツ・ハードコア~ジャングルとUK Raveミュージックから受けた影響をしっかりと消化して作られており、ダンスミュージックしか作っていないプロデューサーには出せない独特なグルーブとサウンドがある。John Fruscianteが作ったアルバムというだけで一定の評価や偏見は下されてしまうが、今作の本質的な魅力は耳の肥えたリスナー達にはちゃんと届いているようだ。

2020年にEvar RecordsをスタートさせてからJohn Fruscianteはアーティストとしてではなく、レーベル・オーナーとしてアンダーグラウンドなエレクトロニック・ダンスミュージックをサポートしている。Wheez-ie『Horizons』やKilbourne『Seismic』は次世代のUS Raveミュージックのクラシックといえる素晴らしい作品であり、Evar Recordsはパンデミックの最中でも拡大化していたUS Raveシーンと同調しながらその影響力を増していった。

ハード・ドラムンベース/スカルステップの帝王であるLimewaxがテクノやエクスペリメンタルな作風を披露したアルバム『Untitled』や、長きに渡ってアメリカのアンダーグラウンド・ハードコア・シーンで活動していたMinionのEP『Nite Lyfe』もEvar Recordsからリリースされており、どれもクリエイティビティとクオリティが高く、アーティスト達が新たな挑戦をすることをサポートする良心的なレーベルである。現代のRaveミュージックを扱うDJにとってEvar Recordsのカタログは無視できないものばかりであり、常にどこかのクラブ/フェスティバル/RaveでEvar Recordsの作品はプレイされているだろう。

また、John FruscianteはBandcamp、Mixmag、RAなどのインタビューで積極的に新旧のエレクトロニック・ダンスミュージック/Raveミュージックについて話し、自身もEvar Recordsのアーティストへのインタビューなどを率先して行っており、彼を通じてそれらのジャンルに興味を持った人もいるかもしれない。

ロック界のカリスマ・ギタリストであるJohn Fruscianteはその才能を一つの場所に留めず、エレクトロニック・ミュージックでも開花させ、今も刺激的な活動を繰り広げている。今後の彼とEvar Recordsがどんな作品を作っていくのか楽しみである。


























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