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The Bug『Machine』考察/Relapse Recordsの歴史、ポスト・メタル・シーンとの邂逅

Kevin MartinのソロプロジェクトThe Bugが自身主宰レーベルPRESSUREのBandcampで2023年3月から2024年2月まで定期的にリリースしていたインストルメンタル作品(EP)『Machine』をコンパイルした企画盤がTechno Animalの再発も手掛けたアメリカの老舗メタル・レーベルRelapse Recordsから発表された。

『Machine』はドローン、インダストリアル、メタル、ダブステップ、テクノ、アンビエント、イルビエントなど様々なジャンルがラディカルなDUBの手法によってドロドロに溶かされ、The Bugの超重工なベースとビートに溶け込んでおり、DUBという音楽の狂気的な側面が剥き出しとなっている。
Techno Animal、ICE、The Sidewinder、King Midas Soundなどのプロジェクトを通じてKevin Martinが追求していたDUBの可能性を現代的なアプローチを交えて具現化させたのが『Machine』シリーズであり、2010年代から本格的に関係を深めていったポスト・メタル/ドローン・メタルで得た経験が大きく反映されているのも聴きどころである。

23 Skidoo『Seven Songs』やAfrican Head Charge『My Life In A Hole in the Ground』といったアルバムにリアルタイムで衝撃を受け、メロディやハーモニーといった一般的な音楽構造を無視して構築されていくDUBの狂気的側面に惹かれていったというKevin Martin。最初に音楽制作を行ったときに使用したのが4トラックのレコーダーとエフェクターというシンプルな構成であったのもDUBからの影響が垣間見え、限られた音だけを使って最大限の表現を行おうとする彼の姿勢はDUBの根本的な部分と合致し、『Machine』のプリミティブな楽曲構成には彼がDUBから受けた最初の衝撃がダイレクトに繋がっている。

80年代にポスト・パンクを経由してイギリスのオルタナティブなDUBの洗礼を受けたと同時にジャマイカの伝統的なレゲエ/DUBにも触れ、その後ジャズ〜アンビエント〜イルビエント~ダンスホール〜グライム/ダブステップ~ポスト・メタルと歩んできたKevin Martinはその経歴からDUBを多角的に捉えることができ、DUBのパイオニア達と同じメンタリティを持ってして常にDUBを進化させ続けている。『Machine』はKevin Martinが長年に渡って気づき上げた独自のDUBサウンドの(現時点での)集大成だと言える。

『Machine』はRelapse RecordsからLP/CD/デジタル・フォーマットにて発売。10月4日には『Machine』のトラックでMAGUGUがラップを乗せた『Deep in a Mud』というシングルが急遽リリースされた。

The BugとRelapse Recordsの類似点は多く、『Machine』が彼等によって世界に放たれるのは必然といえるだろう。『Machine』が生まれた背景を紐解く為、まずはThe Bugと同じくユニークな経歴がありメタルを多角的に捉えてその可能性を拡大させ続けているRelapse Recordsについて紹介しよう。

Relapse Recordsの歴史
1990年8月アメリカのペンシルベニアを拠点にMatthew Jacobsonによって設立されたRelapse Recordsはグラインドコア、デスメタル、スラッジ、ドゥームといったエクストリーム・ミュージックを専門的に扱い多数の名盤を手掛けてきた。近年は日本の最初期ハードコア・バンドGISMとZouoの再発プロジェクトも大きな話題となり、時代を超越した真のエクストリーム・ミュージックを届けてくれている。

伝統的なメタルの精神性を基にストレートな作風を貫くものから、肉体の限界に挑むようにスピードとブルータリティを極限的に追及したもの、ずぶずぶとした泥沼の快楽を求めるようなサイケデリックでドゥーミーなものなど、Relapse Recordsにはありとあらゆるバンドが所属し、30年以上に渡って世界中の好事家を満足させている。

Relapse Recordsがメタル/エクストリーム・ミュージック・シーン以外からも称賛されている理由として、バンドの自由な表現を後押して実験的な作品を発表する場を提供し、バンドと共に進化し続ける姿勢がある。

Brutal Truth『Sounds of the Animal Kingdom』、Agoraphobic Nosebleed『Honky Reduction』、The Dillinger Escape Plan『Calculating Infinity』、Pig Destroyer『Terrifyer』、Nasum『Human 2.0』、Genghis Tron『Board Up the House』など、これらRelapse Recordsからリリースされたアルバムはそれぞれのバンドのキャリアをステップアップさせた重要作であり、グラインドコア~マスコア~ポスト・メタルといったジャンルの可能性を大きく広げた名盤である。

ノイズ、アンビエント、ドローンといったジャンルが包含するエクストリームな部分に早くから着目し、1992年にはRelease Entertainmentというサブレーベルを設立。同レーベルからは日本とアメリカのノイズ・アーティストをパッケージングしたコンピレーション『The Japanese / American Noise Treaty』、DUBを独自解釈したSolarusの1stアルバム『Empty Nature』、Masonnaの3枚組7"レコード『Inner Mind Mystique』、Mick Harrisのアンビエント/ドローン・プロジェクトLullのアルバムなどがリリースされている。

そして、Release EntertainmentはMerzbow『Venereology』『Pulse Demon』『Tauromachine』というノイズ・ミュージック史に残る名盤を連続発表しており、今作によってノイズを聴き始めたグラインドコアやデスメタルのリスナーは多いと思われる。Release Entertainmentだけではなく、Desolation Houseというダーク・アンビエント/ドローンのレーベルも運営しており、これらの音楽とエクストリーム・バンドサウンドを繋いだという功績がRelapse Recordsにはある。

MerzbowとRelapse Recordsの関係は続き、Boris with Merzbow『Gensho』『2R0I2P0』、Bastard Noise & Merzbow『Retribution By All Other Creatures』というコラボレーション作も発表されている。

2010年代に突入してからもRelapse Recordsは革新的な作品を手掛けていき、扱うジャンルの幅を広げていく。日本のデスメタル・バンドCoffinsのアルバム『The Fleshland』『Beyond The Circular Demise』、ワンマン・インダストリアルドゥーム・バンドAuthor & Punisherの存在を広範囲に知らしめた『Beastland』、大人気ドラマ・シリーズ『Stranger Things』の音楽を担当したことで注目を集めたアメリカのシンセウェーブ・バンドS U R V I V Eのアルバム『RR7400』とシングル『RR7387』などは日本でも話題となった。

そして、2019年にJustin K BroadrickとKevin MartinによるZonalのアルバム『Wrecked』がRelapse Recordsからリリースされ、今作をキッカケとしてTechno Animalの再発並びにThe Bug『Machine』へと繋がっていく。

Kevin Martin/The Bugとメタル・シーンの関わり
Kevin MartinといえばDUB、グライム、ダンスホール、インダストリアル、アンビエントといった音楽を中心とした活動を現在はしているが、彼が最初にそのキャリアをスタートさせたのは黎明期のグラインドコア・シーン周辺であった。

80年代後半、Kevin Martinは友人と共にロンドンでクラブ・ナイトを始め、そのクラブではEarache Records所属のバンドをサポートしていた。その中には後にTechno Animal/Zonalとして活動を共にする盟友Justin K BroadrickのGodfleshもあり、Godfleshとしての初めてのライブはKevin Martinの企画によるものだったという。

以前、Kevin Martinはインタビューでメタルには「芝居がかった表現やギターソロ」または「マッチョイムズ」といった彼が嫌悪感を抱くものが沢山あると発言しており、最も影響を受けたメタル・アルバムとしてSwans『Cop』を挙げていた。自身の好むメタルの特徴として「ミニマムでスロー」、「繰り返されるリフのループ」があると言っていたが、その趣向を知ればKevin MartinがGodfleshに惚れ込んだ理由を理解出来るだろうし、G36名義での作品や『Machine』の骨組みにもそれらの要素が反映されているのが分かる。

1989年9月に放送されたPeel SessionsでのGodfleshのライブにKevin Martinがサックスで一部参加しており、1990年に発表されたKevin MartinのバンドGODのシングル『Breach Birth』の制作にJustin K Broadrickが参加。その後彼等はTechno Animalを結成して精力的に作品を発表していくのだが、初期のアルバムやライブにはDamian Bennett(Deathless)などのメタル界隈のバンドマンが演奏をサポートしており、Kevin Martinのキャリアを振り返るとどの時代にもメタル・シーンとの繋がりがあった。

Kevin Martinは1989年にPathological Recordsという自主レーベルを立ち上げ、第一弾作品『Pathological Compilation』というコンピレーションを発表。今作にはCarcass、Napalm Death、Godfleshといったグラインドコア・シーンの主要なバンドが参加しており、Kevin Martinが黎明期のグラインドコアにシンパシーを感じていたのが分る内容である。以降、Pathological RecordsはGOD、Techno Animal、Zeni Geva、16-17のアルバムを発表していく。

80年代後半から90年代中頃までKevin MartinはGODにてボーカル/テナーサックス/サンプラーを担当し、2枚のアルバムと数枚のシングルを発表。フリージャズとノイズロックを軸にインダストリアルやDUBを飲み込んだ異形のスタイルはMinistry、My Bloody Valentine、Bill Laswell、Foetusからリスペクトされていたそうで、特にKevin Shields(My Bloody Valentine)とは親交も深く、Kevin ShieldsはGODのPAを行うこともあり、『Loveless』発表後のMy Bloody ValentineのライブにGODをサポート・アクトに選ぶなど、彼等を高く評価していたようだ。

90年代中頃からイルビエントやドラムンベースといったスタイルに特化していき、GODのような肉体的なアグレッシブさのある表現方法は無くなっていくが、2003年にThe Curse Of The Golden Vampire名義でIpecac Recordingsからリリースされたアルバム『Mass Destruction』ではデジタルハードコア~ブレイクコアを下地にしたパンキッシュなアーメン・ビートの上でJustin K BroadrickとKevin Martinの怒号ボーカルが炸裂するグラインドコア的なフィジカル度の強い楽曲を披露。彼等の核となる部分にグラインドコアやハードコア・パンクがあるのを今作を聴けば分るはずだ。

同年、Kevin MartinはThe Bugとしてダンスホールに特化した2ndアルバム『Pressure』をAphex Twin主宰Rephlexから発表。Warrior Queen、Ras Bといったディージェイを招いたライブパフォーマンスも話題となる。2000年中頃から当時急成長中であったグライム/ダブステップに共鳴し、The Bugの活動拠点はベースミュージック・シーンへと移る。

その後、The Bugは2008年にNine Inch Nailsの北アメリカ・ツアー(Lights In The Sky Tour)にBoris、HEALTH、Crystal Castlesと共にオープニング・アクトとして参加。同年にリリースされたThom Yorkeのリミックス・アルバム『The Eraser Rmxs』にも参加しており、この頃からメタルやロック系のリスナーからも注目されるようになっていた。

The Bugをポスト・メタル・シーンと繋げた要因の一つとして、イギリスで開催されているSuper Sonic Festivalの存在も無視出来ない。Super Sonic Festivalはエクスペリメンタル・ロック、エクストリーム・メタル、ポスト・ロック/メタルといった前衛的な音楽をプッシュするフェスティバルとして知られており、こういった音楽が好きな人にはたまらないラインナップで毎回開催されている。Kevin MartinはThe Bug/King Midas Soundとして数回出演しており、The Bug vs Earthの初ライブが企画されるなど、Super Sonic Festivalをキッカケにポスト・メタル界隈に知られ、リスナーの幅が広がったように見える。

2017年にNinja TuneからThe Bug vs Earth名義にてアルバム『Concrete Desert』を発表。今作以降、The Bugはポスト・メタル/ドローン・メタル・シーンとの交流が盛んとなる。RBMAで放送していた自身のラジオ・プログラムKILLING SOUNDにて「Ambient Riff」という回ではAaron Turner(SUMAC/Isis/Old Man Gloom)、Monolord、Nadjaとの合作曲をプレイし、The Bodyとの共演やオランダで開催されているオルタナティブなメタル・ミュージックが一堂に会するRoadburn Festivalにも出演。Sunn O)))のStephen O'MalleyはThe Bug主宰PRESSUREに出演し、雑誌『WIRE』にて対談を行っている。

近年はFull of Hellが「What's In My Bag?」にてThe Bug『Fire』を紹介し、Uniformといった次世代のバンドもThe Bugからの影響を公言。Relapse Recordsからの『Machine』によってThe Bugはメタル・シーンに更に受け入れられるようになるはずだ。

1stアルバム『Tapping The Conversation』と『Machine』の相違点
『Machine』のプレスリリースではThe Bugにとって今作が初のインストルメンタル・アルバムと記載されているのだが、正確には二枚目となる。

1997年にWordSoundからリリースされたThe Bugの1stアルバム『Tapping The Conversation』はアブストラクト・ヒップホップやトリップホップ的な作風となっており、全曲インストルメンタルで構成されている、

今作はDJ Vadimがドラム・プログラミング、Alex Buess(16-17/ICE)がベース、Simon Hopkinsがギターを担当し、Kevin Martinはプロデューサーという立ち位置で制作が行われ、エンジニアなども含め複数人でアルバムが作られたようだ。だが、『Machine』は曲の全てをKevin Martinが作り完成させたという意味で初のインストルメンタル・アルバムとされているのだろう。The BugはMCやボーカリスト達とコラボレーションというぶつかり合いによって生まれる血の通った曲が魅力であったが、『Machine』では自身と対峙し様々な感情を掴みこんで吐き出された生々しさがあり、それには今までとは違った魅力がある。

アーティスト/プロデュサー/作曲家/DUBエンジニアとして常に以前よりも大きく深く進化しているKevin Martin/The Bugの偉大なるキャリアにおいて今作は確実に一つのターニングポイントとなる作品になるだろう。






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