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Techno Animal『The Brotherhood Of The Bomb』再考

Justin K BroadrickとKevin MartinによるユニットTechno Animalの名盤アルバム『The Brotherhood Of The Bomb』のリマスター版がRelapse Recordsから発表されるというアナウンスが流れてから数年の月日が経った。残念ながら未だリマスター版の発売日は決定されていないが、自分のようなTechno Animalファンは首を長くして待ち続けている。

2001年にMatadorから発表された『The Brotherhood Of The Bomb』は、Anti Pop Consortium、Sonic Sum、Dälek、EL-P & Vast Aire、Rubberoomといった90年代後半から2000年代前半のアンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンを盛り上げたアーティスト達が参加したヒップホップ史における重要作の一つ。P-Vineからボーナストラックを追加収録した日本盤CDが発売され、アルバム発売時には雑誌に取り上げられ彼等のインタビューが載ったのもあり、国内でTechno Animalの存在を広めたアルバムでもある。世界中の捻くれたヘッズ達に大きなトラウマを与えた今作であるが、日本にもその歪んだ影響は流れており、DJ Baku『Spinheddz』やGoth-Trad『Goth-Trad I』などの名盤も今作が無ければ生まれなかったかもしれない。

いつになるか分からないが、『The Brotherhood Of The Bomb』のリマスター版が発売されるのに先駆けて、今作が生まれた背景を考察していこうと思う。

アンダーグラウンド・ヒップホップ・ムーブメント

『The Brotherhood Of The Bomb』が発表された2001年はDef Jux(後にDefinitive Juxに改名)、Anticon、Rhymesayers Entertainment、Project Blowed、Mush、Big Dada Recordings、そして日本のMary Joy Recordingsといった先進的なレーベルから立て続けに革新的な作品がリリースされ、アメリカのアンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンの煮え滾るようなエネルギーが世界中に火を付けて回っていた。

ディープな側面を鋭く切り取ったコンシャスなラップとブラックミュージック以外の音楽的要素を貪欲に取り入れた実験的なプロダクションはヒップホップという枠を超えて、ポストロックやエレクトロニカといった同時期に大きく発展していたジャンルと共鳴し、ファン層を拡大させることに成功した。
それらのクロスオーバーな展開を先導したプロデューサーやDJ達のリスクを恐れなかった挑戦心と行動力があったからこそ、エクスペリメンタルなヒップホップを受け入れられる土俵が各国で出来上がったのだと思う。

1999年から2000年に掛けての一年間は特に転換期であった。US/UKヒップホップの核心部を知らしめてくれたDJ Vadimの『U.S.S.R. Life From The Other Side』とThe Isolationist名義でのアルバム、WordSoundのSpectre『The End』とSensational『Corner The Market』でドロドロにイルなヒップホップが巻き散らかされ、Company Flowはハードコア・パンクのベーシストを招いたインストルメンタル・アルバム『Little Johnny From The Hospitul (Breaks End Instrumentuls Vol.1)』とCannibal Oxとのスプリット『DPA (As Seen On T.V.) / Iron Galaxy』を発表。

Handsome Boy Modeling School『So... How's Your Girl?』、DJ Muggsとの共同プロデュースで作られたTrickyの『Juxtapose』、そしてコンピレーション『Lyricist Lounge (Volume One)』や『Tags Of The Times Version 2.0』はアンダーグラウンドとオーバーグラウンドを繋ぎ、Roots Manuva『Brand New Second Hand』、Mr. Oizo『Analog Worms Attack』、Dose One『Hemispheres』といった後にカリスマ的な影響力を持つことになるアーティストがデビューアルバムを放つ。

Push Button ObjectsはDel The Funky Homosapien、Mr. LifとDJ Crazeをフィーチャーした『360°』をリリースし、コアなヘッズから辛口の評論家まで絶賛したMike Ladd『Welcome To The Afterfuture』、Mick HarrisのScornはヒップホップからの影響をより強く表した『Imaginaria Award EP』と『Greetings From Birmingham』を発表していた。

全てではないが、上記の一部作品は『The Brotherhood Of The Bomb』が生まれるキッカケを与えたと考えられる。

The Bugの1stアルバム『Tapping The Conversation』の制作をサポートしたDJ Vadimと彼のレーベルであるJazz Fudgeの作品は、Techno Animalに影響を与えているのは確実だろう。バンド構成によるヒップホップ~ジャズ~インダストリアルのミクスチャーを行っていたJustin K BroadrickとKevin MartinのICEのアルバム『Bad Blood』とEP『Headwreck』には、Company FlowのEL-Pが参加しており、Techno AnimalがEL-P/Company Flowに強くシンパシーを抱いていたのが窺える。『The Brotherhood Of The Bomb』の発売前にはDef JuxとTechno Animalのアメリカ・ツアーも行われていた。

Techno AnimalとICEの活動を通じて独自のヒップホップを展開していた彼等が、アンダーグラウンド・ヒップホップの本質的な反骨精神と攻撃性を尖らせて固めたのが今作『The Brotherhood Of The Bomb』である。バルーチャ・ハシム氏が執筆された日本盤CDのライナーノーツにて、Techno Animalへの電話インタビューの一部が載せられているのだが、そこでKevin Martinは以下のように語っている。

「進歩的な視点でヒップホップに取り組みたかったんだ。ここ数年のアンダーグラウンド・ヒップホップは停滞気味になっている。それに、最近のエレクトロニック・ミュージックは、どんどんミクロな方向に向かってるし、銀行員がラップトップに向き合って作ってるようなサウンドなんだ(笑)。俺らはそれに退屈してたのさ。俺らがこのアルバムを製作したとき、全てのものと全ての人間にムカついてる時期だった。結構非社会的な気持ちだったんだよ。その結果、すごく攻撃的なアルバムになったんだ。」

Techno Animalは『The Brotherhood Of The Bomb』以前にも、レゲエ・ディージェイ/ラガMCのDr. Israel、Anti Pop ConsortiumのMC Bean(Alec EmpireとのThe Curse Of The Golden Vampire名義)をフィーチャーした曲を作っており、Dälekとのスプリットでは彼等の曲をリミックスするなどしていたが、本格的にラッパーを招いたアルバムは今作からであり、唯一の作品となった。
『The Brotherhood Of The Bomb』では、絶対的なTechno Animalの音の領域の中で、それぞれのラッパーが存分にスキルをぶつけており、安っぽいフィーチャリング仕事を誰もしていない。ミュージシャンとしてのキャリアがあり、ヒップホップ愛好家であるTechno Animalの厳しいディレクションがラッパー達に伝わったのか、凄まじい緊張感と破壊力を持った楽曲を生み出している。

『The Brotherhood Of The Bomb』の成功には、1998年に発表されたICEのアルバム『Bad Blood』で得られた経験があると思われる。
『Bad Blood』はNew KingdomのSebastian Laws、Sensational、EL-P、Toastie TaylorのラップにDJ Vadimのスクラッチ、Einstürzende NeubautenのBlixa Bargeldのボーカルを被せた地獄の底の底で広がるドゥーミーな人力エクスペリメンタル・ヒップホップを展開。ダンスミュージックとしてのヒップホップから離れ、ラップという表現とフリージャズやインダストリアル、ノイズコラージュ的な視点からブレイクビーツに挑んだ結果生まれたのが『Bad Blood』という印象だ。そこから得られた経験によって、『The Brotherhood Of The Bomb』の基盤が出来上がったとのかもしれない。

Techno Animalとドラムンベース

『The Brotherhood Of The Bomb』はTechno Animalのヒップホップ・アルバムであると言い切れるが、プロダクション面においてはドラムンベースの要素が強く反映されている。

Techno Animalとドラムンベースの関係は意外にも深く、ヒップホップ~ダブ~インダストリアルと同等にその影響は色濃く表れている。イルビエントを定着させたドイツのレーベルForce IncのサブレーベルとしてスタートしたPosition ChromeはThe Panaceaを輩出したことで知られるハードコア・ドラムンベース・レーベルだが、レーベルの第一弾作品は1996年にリリースされたTechno Animalの12"レコード『Unmanned』であり、当初はドラムンベースを軸として、ブロークン・ビーツやイルビエントの要素をミックスした90年代的インダストリアル・ファンクを展開していた。

以降、Position ChromeはTechno Animalの『Phobic』と『Cyclops』という12"レコードを発表し、1999年にはForce Incからアルバムと同名曲である『Brotherhood Of The Bomb / Monolith』という12"レコードも残している。


The PanaceaがForce IncからPosition Chromeを受け継いでからは、ドラムンベースの側面が強くなり、Problem Child、Current Value、Disorder、Heinrich At Hartが爆弾級のハードコア・ドラムンベース・チューンを連続で投下。Techno AnimalもWhite Viper名義で『Crawler / Into The Light』という12"レコードをPosition Chromeからリリースしており、The Jon Spencer Blues Explosionの楽曲を再構築した『Techno Animal Remixes』にも、Techno Animal流のドラムンベース・スタイルが落とし込まれている。

また、各個人のプロジェクトでもドラムンベースを取り入れた作品を発表しており、Justin K BroadrickはGodfleshのアルバム『'Us And Them'』でインダストリアル・メタルとドラムンベースの融合を実現させ、Tech Level 2名義で本格的なドラムンベースの12"レコードを発表。
Kevin Martinは1999年にアンダーグラウンド・ヒップホップ~ドラムンベース~ブレイクコアにフォーカスを当てたコンピレーション『Collision Course』を製作し、Bad CompanyやElastic Horizonsのドラムンベース・チューンを収録。時期は不明だが、The Bug vs Tech Level 2としてドラムンベースのb2bセットも披露していたそうだ。


『The Brotherhood Of The Bomb』で全体的に使われている轟音のリースベースや「Blood Money」のワブルベースはドラムンベースの制作過程で得られたと思うが、その使い方が非常に独特だ。これらのベース・サウンドにはJustin K Broadrickの分厚く重いギターの音作りが反映された部分が大きいと感じる。ドラムンベースとヒップホップの人々を興奮させる同じポイントを見つけ出し、抽出してディストーションで覆いかぶせたのがTechno Animal印のビートとベースであった。
また、Digital Hardcore Recordingsとの共鳴もあり、Alec Empire、Bomb20、Feverといったアーティスト達の作品もTechno Animalに少なからず影響を与えたと思える。

Techno Animalが開発した轟音リースベースは、その後The Bugが改良を加えていき、『Pressure』『Aktion Pak』『Fire』といったアルバム/シングルやT.Raumschmiere「Rabaukendisko (The Bug's Dancehell Rmx Feat. Ras Bogle)」、Razor Xとしての作品で大きなインパクトを残した。

『The Brotherhood Of The Bomb』と同時期、Chocolate Industries、FatCat Records、 Schematicなどのレーベルが押し進めていたエレクトロニカ/IDMとヒップホップの要素を掛け合わせたブロークン・ビーツやエクスペリメンタル・ヒップホップの可能性が急成長し、Prefuse 73やDabryeといったビートメイカーが台頭して人気を得ていたが、それらとは違った方向性に突き進んでいたのが2nd Gen、Kouhei Matsunaga、Kid606などのアーティスト達であり、Techno Animalはその中でも圧倒的な音と姿勢の存在感を放ち、多くのフォロワーを生んだ。『The Brotherhood Of The Bomb』はTechno Animalとしては最後のアルバムとなったが、今作によって人々の意識は変化し、プロデューサーとDJ達の独創性を滾らせ、よりアグレッシブに実験的な方向へと突き進む新世代が生まれる土台を作り上げた。

『The Brotherhood Of The Bomb』は我々が思っているよりも大きな功績を成し遂げたのかもしれない。












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