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『守護神 山科アオイ』38. 教授室強襲

  陸稲大学薬学部のセキュリティは劇薬も扱う学部だけあって厳重だった。インフォメーション・カウンターで渡されたビジターIDが、すべてのエレベーター、すべてのゲートで必要だった。
 関門を何カ所も通り抜け、慧子と幸田は遠山の教授室がある12階東棟にたどりついた。薬学部は17階の高層ビルに生命科学部、生体工学部と同居している。
「薬学部の教授室なのに、まわりに実験棟が見当たらないわね」
慧子の指摘に、幸田が
「1階の実験棟にも教授室があるが、遠山はこちらに来いと言った」
と答える。
「学生のいないところで話したいってことね」
慧子の言葉に幸田がうなずく。

 遠山景昭教授と名札のかかったドアの前に立つ。インターフォンがあり、その下にIDを読み取るリーダーがついている。
 慧子と幸田は廊下に人影がないのを確かめ、図面入れ筒からショットガンを取り出す。慧子はドアの正面にショットガンを置いてかがむ。ショルダーバッグから閃光除けのゴーグルを取り出し幸田に一つを渡し、もう一つを自分が装着する。バッグから閃光手榴弾を2個取り出し起爆時間を1.5秒にセットし両手に持つ。幸田と顔を見合わせてうなずき合う。

 幸田がインターフォンに向かって
「18時に面会のお約束をいただいている幸田です」
と言った。
「IDをリーダーにかざしたまえ」
電話の声より若くないか? 一瞬、違和感が幸田の頭をよぎったが、教授室突入に向けて動き出した身体は止まらない。
 幸田がIDを手に慧子を振り向く。慧子は右手、左手の親指をそれぞれ閃光手榴弾の解除ボタンにかけ、幸田にうなずき返す。
 幸田がIDをリーダーにかざし、ドアから離れ廊下に身を寄せる。ドアが右方向にスライドし始め、左側に開口部が現れる。
 慧子は低い姿勢のまま開口部の前に移動し、2個の閃光手榴弾の解除ボタンを押し室内に投げ込む。シュバッという炸裂音に続いてまぶしい光が室内から廊下にあふれ出す。 

 ドアが開き切ると、室内は光の洪水だった。ゴーグル越しでも、すべてが白々と輝いている。部屋の奥にあるデスクに男性がひとり突っ伏している。デスクの左右に、片手に拳銃、片手を目にかざした男が一人ずつ。幸田が右の男、慧子が左の男に向けてショットガンを放つ。教授室内に轟音が響き、二人の身体が後方に飛び、壁にあたって崩れ落ちる。
 慧子はショットガンを構えたまま、室内に他に人間がいないことを確認し、幸田はショットガンを片手に持ち替え、デスクに突っ伏した男性のわきの下に腕を差し入れ、引き起こす。
「遠山教授、一緒に来ていただきます。拒むなら、撃ちます」
幸田が声にドスを効かせると、遠山は幸田に引き立てられるまま歩き出した。

 慧子はショットガンを構え幸田と遠山を先導する。ここまで来たら、誰かと出くわしても、銃で脅して押し通るしかない。だが、発砲する気はない。ゴムの散弾を詰めたショットガンに殺傷能力はないが、後遺症が残るくらいの傷を与える危険はある。そういうものは、武装して牙を剥いてくる敵にしか使ってはいけない。

 エレベーターまで10メートルほどに近づいたとき、後方で、パーン、と乾いた炸裂音がした。拳銃? 慧子は後に続く幸田と遠山教授を射線に入れないよう右にステップアウトし、ショットガンを後方に向ける。幸田は遠山を壁に突き飛ばし、ショットガンを構える。

「撃つな! あたしだ」
銃声の来た先で、アオイが叫んだ。アオイの足元に警備員が倒れている。
アオイの前で空気が陽炎のように揺らいだと思ったら、次の瞬間、右半身をもぎ取られるような風圧を受け、慧子は横ざまに倒れた。幸田が隣に転がってくる。アオイが衝撃波を叩きつけてきたのだ。
「アオイ、どうしたの!」
慧子の問いに、アオイが
「遠山の手を見ろ!」
と叫び返す。
 遠山は、慧子と幸田より2メートルほど先の廊下の中央にうつぶせに倒れていた、そこまで飛ばされたということは、アオイの衝撃波を最も強く浴びたのだろう。

 幸田はショットガンを構えて遠山に近づく。幸田の右手は上着の下に隠れている。ショットガンを遠山の背中に付きつけ、靴で上着をめくる。遠山の手が腰部右側面に装着したホルスター内の拳銃にかかっていた。インターフォンで遠山の声を聞いた時の違和感を思い出した。今、その意味が分かった。遠山教授は、あの部屋にいなかったのだ。代わりに、DIA工作員のこの男が、遠山教授に化けていた。

「慧子、幸田、大丈夫か?」
アオイが駆け寄って来る。
「遠山が銃を抜こうとしてるのが見えたんだ。遠山だけぶっ飛ばしたかったけど、あたしの衝撃波は精度がわりぃから、あんたら二人まで飛ばしちまった」
「大丈夫だ。おかげで助かった」と、幸田。
「あんたらが出てったあと、胸騒ぎがし出して止まらなくなった。だから、タクシーに乗って飛んできたら、これだ」
アオイが言う。
「IDなしで、どうやってここまで来れたの?」
慧子に問われ、アオイが廊下の後方で倒れている警備員に目を向ける。
「インフォメーション・カウンターであのおじさんにこいつを突きつけて、連れて来てもらった」。
アオイが小型リボルバーの銃身を持って、胸にかざしてみせる。アオイがバックアップ用にアンクルホルスターに納めている六関係の弾倉が特徴的なイタリア製のリボルバー、チアッパライノだ。
「最後におじさんの太ももを撃っちまったのは悪かったけど、あたしの力では突き飛ばせないからな。この銃は、今まで何の使い道もなかったけど、今日は大助かりだった」

「しかし、DIAに完全に出し抜かれてしまった。本物の遠山は、連中の手の中にある」
幸田が苦い声で言う。
「幸田、ぼやくな。あたしら、こうして生きてる。生きてりゃ、最後に笑うのは、あたしらだ」
アオイが弾んだ声で言い、慧子はアオイがそう言うなら、本当にそうなるだろうと気持ちが明るくなるのを感じた。

〈「39. 自律型偵察ロボット」につづく〉