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『守護神 山科アオイ』30. 調査着手

 幸田が「世話役会」に電話し、仕事を請けると伝える。詫びはひと言もない。「あんなタンカ切っといて、頭、下げられないよな」と、アオイは思う。
 幸田と「世話役会」のやり取りはしばらく続いた。調査を進める上での注意事項を確認しているようだった。

 通話を終えた幸田が「はぁ」とため息をつく。
「遠山教授を当たるしかない」
「須崎って『世話役』は調べなくていいのか?」
アオイの問いに、幸田が渋い顔で答える。
「遠山教授を先にしろと、『世話役会』の指示だ」
幸田の言葉に、慧子がうなずく。
「『シェルター』は、もともと『世話役』同士の信頼関係で成り立っているグループ。その『世話役』の一人を取り調べるとなると、外堀をしっかり固めておく必要がある」
「まったく同じことを『世話役会』が言っている」と、幸田。
 
 アオイが心配そうな声になる。
「おいおい、ちょっと待て。まさか、和倉に関する『世話役会』に須崎が出席してないだろうな? 出てたら、こっちの動きが筒抜けだぞ」
「須崎は『シェルター』に和倉を紹介した人間だから、和倉関係の『世話役会』には出席しない」
幸田が答える。
「なら、いいけど」と、アオイ。

「で、どうする? 遠山教授を訪ねて、『あなた、悪だくみしてますよね?』って、訊く?」
慧子が真面目そのものの顔で言い、幸田が驚いて慧子を見る。
「博士、今のは冗談……だよね?」
「冗談というほどの冗談ではないでしょ」
「私は、博士の脳には冗談用の回路は存在しないと思っていた」
「慧子も、時々、冗談を言うぞ。嫌味と皮肉は、もっと言う。多少、人格に問題があるんだな」
アオイがしゃらりと言ってのける。

 幸田が、アオイと慧子の顔を見る。
「君たちの関係は……」
「慧子は、あたしの身体を作り替えた。だから、慧子は、あたしの第二のお母ちゃんだ」
アオイがケロリと答える。
「博士も、そう思っているのか?」
「アオイがそう思ってくれるなら、私も母親らしくしないといけない。そうは思っている」
幸田が首を横に振る。

 慧子が幸田の反応にはお構いなしに、仕事の話に戻る。
「遠山教授が個人の意思で『シェルター』に罠を仕掛けてきたとは考えにくいわね」
「後ろで何らかの組織が糸を引いている。博士は、そう考えているのか?」
と言う幸田に、慧子がうなずいて返す。すると、アオイが反論する。
「えー、それはどうかな? 『シェルター』に個人的な恨みがあるかもしれないじゃん。前に遠山教授が研究者を『シェルター』に紹介したって、和倉が言ってたぞ。そのときマズイことが起こって、遠山が『シェルター』に恨みを持ってんじゃないか?」
 幸田が首を横に振る。
「それは、ないと思う。遠山教授が『シェルター』に紹介した研究者は、海外に逃れ現地の製薬企業に勤めているそうだ。さっき『世話役会』から聞き出した」
「そうか。だったら、その件で遠山教授が『シェルター』に恨みを持ってるとは考えにくいな」

「いったい、どんな組織が遠山を動かしているのだ?」
首をかしげる幸田に、慧子が答える。
「答えは、簡単。自分たちが追っていた人間が何者かの手でかくまわれているのではないか? そう疑っている組織よ」
「なるほど。それは、ありそうだ。だけど、そういう組織があったとして、遠山は、どうして、その組織のために動いてるんだ?」
アオイが問いかける。

「組織の大義に共鳴している」と、幸田。
「もともと、その組織の一員だった」と、慧子。
「ハニートラップにかかって脅されてるってのも、ありだな」
アオイの言葉に、慧子と幸田が顔を見合わせる。
「アオイ、あなた、『ハニートラップ』がどういうことか、知ってるの?」
「色仕掛けだろ。あと3年もしたら、あたしの得意技になりそうだ」
幸田が吹き出し、アオイが幸田をにらみつける。

「みんな、一番シンプルな理由を、忘れてない?」と、慧子。
「金か?」と、幸田。
「私が民間の研究機関からCIAに移った最大の理由は何だと思う?」
「殺人兵器に興味があったからだろ」と、アオイ。
「お金のためよ」
慧子が答える。
「そんなに給料が良かったのか?」
「お給料も良かったけど、ポイントはそこじゃない。研究費よ。CIAは、私の専門のBMI分野で民間とは桁違いの研究費を用意してくれた」

 幸田の顔が明るくなる。
「研究費か…… それは、一つの切り口だな。遠山教授は、研究費を援助すると言われて釣られた」
「あるいは、援助を打ち切ると言って脅された」
慧子が応じる。
「よし、遠山教授を資金援助していそうな組織を片っ端から洗うぞ」
「そして、そうした組織のどれかから『シェルター』が保護している人間がいないか、『世話役会』に問い合わせる」と、慧子。
「そんなこと、秘密主義の『世話役会』が教えてくれのか?」
アオイが首をかしげる。
「教えてくれるさ。『シェルター』に危険が迫っているのだ」
幸田が答える。
「まぁ、そうだな。だけど、片っ端から洗うって、どうやるんだ?」
「教授の研究室のシステムをハッキングするのよ」
「違法だぞ」
アオイが表情を曇らせる。
「いいの。私たちは法の外にいる人間、アウトローなのだから」
慧子がアオイに微笑んで見せた。

〈「31. 暗いニュース」につづく〉