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『守護神 山科アオイ』37. 面会強要

 「くそっ! あんたら、まさか『シェルター』の言いなりに遠山を叩きに行く気じゃないだろうな?」
アオイがテーブルにひときわ大きな蹴りを入れ、慧子と幸田にトゲのある言葉をぶつける。

 幸田が「行くよ」と答える。
「はぁ? あたしらをナメくさってる『シェルター』の言うことを、なんできくんだ?」
「大人には、食わせてもらってる組織から言われると、その通りに動く癖がある」
幸田がケロリと答える。
 アオイが慧子をにらむ。
「あんたもCIAから言われて、ハイハイと尻尾を振ってあたしを人間兵器に改造したわけだ」
 幸田が「それは違うぞ」と反論し始めるのを、慧子が手で制する。
「そう。大人の惰性で、あなたの運命を狂わせた」
アオイが、また、テーブルをひと蹴りする。
「あんたら、ほんと、クソだな。CIAよりも『シェルター』よりも、あんたらが一番クソだ」

 アオイが慧子たちに背を向けて歩き出す。
「いくら腹が立つからって、今、外に出るのは勧めない」
声をかける幸田を振り返り、アオイが吐き出すように言う。
「誰が、外へ行くと言った。あんたらと一緒にいると臭いから、備品庫で昼寝してくる」
アオイが表へのドアではなく、裏の備品庫に通じるドアから出て行った。

 幸田が「ふぅ」とため息をつき、「参ったな」と続ける。慧子が落ち着いた声で言う。
「アオイの現実認識は正しい。それに対してアオイが怒るのも、もっともだわ」
「そんなことは、僕だって、分かってる。それでも、臭い現実と折り合いつけて生きてくのが、人生ってもんだろ」
「あなたと私は、そう思ってる。だけど、アオイには、あの子なりの現実との向き合い方があってイイんじゃない」

「博士は、アオイがこの仕事から抜けていもいいと言うのか? そんなことしたら、今度こそ『シェルター』から完全に見放されるぞ」
「そこを、そうならないようにするのが、幸田さん、あなたの腕の見せ所でしょ」
 幸田が大きくため息をつく。
「アオイの上に、博士までが身勝手なことを言い出す。お守り役は大変だよ」
幸田は毒づきながらも、まんざらでもない顔をして冷蔵庫からダイエットペプシのペットボトルを2本取り出し、慧子と自分の前に置いた。

「遠山教授から事情を訊き出すのに、時間はかけられないわね」
ペプシで口を潤した慧子が言う。
幸田がペプシをぐいとあおってから、言う。
「和倉に逃げられ、行方の見当もつかない。この上、遠山にまで姿をくらまされたら、『シェルター』に迫る黒い影の正体がつかめなくなる」
「急いで遠山教授にぶつかるしかないけど、どうやって会うかが課題ね」
「和倉の『わ』の字でも出したら、逃げ出されるのは目に見えているからな」

「遠山教授のPCをもっと探ったら、なにか、ホコリが出てこないかしら?」
「ホコリ?」
「ええ。教授を脅すのに使えて、教授が私たちに会わずにいられなくなるようなネタ」
 幸田が慧子の顔をしげしげとみる。
「博士、人間性が壊れ始めてるぞ」
「もともと壊れてる。だから、人間兵器を作ったのよ。アオイのときは反対したけど、それ以前はエンジニアの腕の見せ所だと張り切って作っていた」
そう答える慧子の顔には、特に自分を責める表情も卑下する表情も浮かんでいない。計測結果を淡々と報告するエンジニアの顔そのものだ。

 慧子が言うホコリは、簡単に見つかった。遠山は自分の研究室の女子学生にセクハラまがいのメールを送っていた。その学生とのやり取りを追っていくと、セクハラにアカハラが加わり、ついにはストーカーまがいのメールまで送っていた。
「やれやれ、男がつまづくのは女か酒だと言うが、本当だな」
幸田がぼやく。
「そうなの?」と慧子。
「そぉなんです」

 幸田は女子学生から依頼された私立探偵を名乗って遠山に電話をかけた。初めは高圧的に応じていた遠山だったが、だんだん声に怯えた感じが現れ、結局、その日のうちの面会に応じた。
 18時に陸稲大学薬学部の教授室で会うという。その時間はインフォメーションに警備員が詰めているから、警備員に名乗って入構用のビジターIDを受け取り薬学部棟に入るようにと、教授は言った。

 慧子と幸田は、備品庫に装備品を取りに入る。肩に当てる銃床(ストック)を切り取り銃把だけを残したショットガンを取り出す。シェルの中身はゴム製の散弾だが、防弾チョッキの上からでも一撃で相手を行動不能にする威力がある。ショットガンを太い筒状の図面ケースに納める。

 ふてくされた顔で備品庫の壁に背をもたせていたアオイが、慧子たちがショットガンを図面ケース筒に隠すのを見て、近づいてきた。
「なんで、そんな物持ち出すんだ?」
「遠山教授は曲者みたいだから、反社会的勢力とつながりがあるかもしれない。ヤバい連中が待ち伏せてたら、これでぶっ飛ばす」
幸田が答える。
「ちげぇだろ。そこらのヤクザが相手なら拳銃で十分だ。あんたらは、DIA(国防情報局)が待ち伏せてると思ってんだ。だから、防弾チョッキの上からでも効果があるショットガンを持ち出した」
アオイが食い下がる。
「はぁ? DIAがいるわけないだろ」
幸田が笑い飛ばす。
「僕は、遠山をセクハラ、アカハラの件で脅したんだぞ。セクハラ、アカハラで恐喝されてDIAに助けを求めるアホはいない。自分の脇の甘さを知られたら、資金援助を打ち切られてしまう」
アオイが疑わし気に幸田を見る。

 アオイが幸田に食い下がっている間に、慧子はアオイの目を盗んで棚から閃光手榴弾4個と閃光除けのゴーグル2つを取り出し、自分のショルダーバッグに詰める。閃光手榴弾で相手の目をくらまし、ショットガンのシェルを叩き込めば、相手がDIAの工作員でも動きを止められるだろう。

 慧子と幸田は拳銃用のプラスチック弾のマガジンを3つずつ取り出し、それぞれの上着のポケットに納め、顔を見合わせ「これでいわね」、「バッチシだ」とうなずき合った。
 アオイが二人の間に身体を割り込ませてきた。
「あたしは、いつも通り手ぶらで行く。念のためバックアップの拳銃はアンクルホルスターに入れてある。使う必要ねぇだろうけどな」
「来るのか?」
と尋ねる幸田にアオイが答える。
「『シェルター』の命令だから行くわけじゃない。あんたら二人だけで行かせると、心配で昼寝もしてられない。だから、行く」

「アオイは、ここで待っていて」
慧子が感情をまじえないフラットな声で言う。
「なんでだ? あんたら、すごい重装備してるじゃないか。危険を感じてんだろ。だったら、あたしの出番だ」
「装備品は万一の備えよ。遠山教授には絶対に逃げられるわけにいかない。場合によっては、遠山教授をショットガンで気絶させてでも、連れてくる」
慧子が答える。
「おぉ、そうだ。事は急を要するから、多少手荒になるのも仕方ないと腹を括ってる。それだけのことだ」
幸田が慧子に調子を合わせる。

「手荒なことになるなら、絶対にあたしが必要だろうが」
アオイは引き下がらない。
「ありがとう。だけど、あなたは来ない方がいい。大学の中は監視カメラだらけよ。あなたが監視カメラに撮られる危険は避けたいの」
慧子がアオイの目をのぞきこんで言う。
「……」
 監視カメラと言われ、アオイが言葉に詰まる。2年前にアオイがCIAに居所を突き止められたのは、監視カメラがきっかけだった。
 アオイは公園で女性に乱暴しかけていた男二人を衝撃波で気絶させたが、それを公園の監視カメラに撮られていた。CIAは日本全国のインターネット接続した監視カメラをハッキングし顔認証と歩容認証でアオイを追っていて、アオイは、その電子の目に留まってしまったのだ。

「大丈夫。幸田さんが言ったように、DIAが出てくるはずがない。アオイはここで待っていて。私たちは、遠山教授を手土産に戻ってくるから」
「そうか……それなら、待つか」
アオイの声はすっかり沈んでいる。監視カメラはアオイには大きなトラウマだ。
「だけど、気をつけろよ」
「ありがとう。気をつけるわ」と、慧子。
「もちろんだ」と、幸田。

 待機所を出て幸田のクルマに乗り込むと、幸田が
「アオイ君は、大雑把そうでいて、よく気が回るな。僕らと同じことを案じていた」
と言った。
「これだけ重武装したのよ。アオイが疑うのは当然でしょ」
「実際にDIAが待ち伏せている確率はどのくらいだと思う?」
「五分五分ってところかしら。遠山教授が見栄っ張りだったら、女子学生へのパワハラ、アカハラのことをDIAに言いたくないはず」
「だが、こっちはDIAが待ち伏せてる前提で、荒っぽさマックスでいくわけだな」
「もちろん、最悪のケースを想定して行動すれば、すべてのケースに対処できる」
「DIAが待ち伏せていると、好都合だぞ。DIAの工作員をとっ捕まえて吐かせる。一気に真相解明だ」
「それ、本気で言ってる?」
慧子が形の良い眉を寄せて幸田を見る。
「『吐かせる』ってところは、希望的観測」
幸田が笑う。
「でしょうね。あの手のプロは簡単には口を割らない」
「……だな」
幸田が苦笑いして、クルマを発進させた。

〈「38. 教授室強襲」につづく〉