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『守護神 山科アオイ』6.「シェルター」

 「簡単な話だ」と気楽に言った幸田が、続ける。
「和倉は臓器密売組織に狙われている可能性に気づいていた。それなのに我々にそれを隠した。信用できない人間だ。『シェルター』に受け容れるのは危険だと、『世話役会』に報告する」

 「シェルター」は、国家、官僚機構、企業などの不正を追及したために、それら組織から命を狙われることになった個人を匿うボランティアグループだ。
 一人が三人から四人の個人を匿っている「世話役」がLINE上のグループのように緩やかに結合している。「世話役」に匿われている個人は、同じ「世話役」が匿っている他の個人を知らされない。リスクを最小限にするためだ。 

 通常の組織にみられるようなピラミッド型の指揮命令系統は存在せず、重要事項は「世話役」全員が参加する「世話役会」で決定される。「シェルター」が新しく匿う人間を決めるのも「世話役会」だ。
 慧子は和倉に須崎から雇われて和倉を警護していると話してあるが、これは和倉に「シェルター」の全体像を知らせないためのウソ。実は須崎は「世話役」の一人にすぎず、慧子、アオイ、幸田の三人は「世話役会」から和倉の警護とリスクチェックを指示されている。

 「『世話役会』はどうでるかしら?」
という慧子の問いに、幸田はが確信を持って答える
「『世話役会』は間違いなく和倉から手を引く。『世話役会』の原則は徹底したリスク回避だからな」
「あたしも和倉は好きになれないんだけどさぁ」
アオイが喉になにか引っかかったような言い方をする。
「なんか、気になることでもあるのか?」
幸田がアオイに尋ねる。

 「あたしと慧子も、CIAっていう巨大な敵を抱えてる。だけど、『シェルター』に守ってもらってる。それを思うと、和倉を簡単に見捨てるのは、ちょっと気が引けるんだよ」
うつむきがちになるアオイの顔を、幸田が下からのぞきこむ。
「アオイが『シェルター』に義理を感じる必要は、まったくない。前回、君たちにCIAの追手がかかった時、『シェルター』は我が身を守るために、君たちを切り捨てた」
「そうよ。私たちがCIAを撃退したから、その戦闘力を評価して私たちを専属の用心棒にしたけど、『シェルター』の中に戻したわけではない」
慧子が言う。
「博士の言う通りだ。君たちと『シェルタ―』の間には契約関係しかない」

 アオイが和倉の顔を見て、目を落とす。
「あたしたちが『シェルター』から切り捨てられた時、『世話役』だった幸田まで、切り捨てられちまった」
「そこも、考え違いをしているぞ。私は、元から『シェルター』の一員だったわけではない。君と博士を守るために『シェルター』に加わったのだ。君たちが『シェルター』を出るなら、一緒に出る。君たちが『シェルター』の用心棒になるなら、一緒に用心棒になる。それが、私には、ごく自然なことだ」

 アオイがうつむいたまま「まぁ、そうだよな……」とヌルい返事をし、慧子と幸田が顔を見合わす。二人の間に少しだけ沈黙があって、
「じゃぁ」
と、慧子が切り出す。
「幸田さんは、『世話役会』に和倉は危険人物だと報告するのね」
「あぁ、この後、すぐに暗号メールを『世話役会』の議長に送る」
「『世話役会』の結論が出るまで、私たちは引き続き和倉さんを警護する」「そうしてくれ」
「『世話役会』が和倉を引き受けるって決めたら、須崎って『世話役』のところに連れてくんだろ?」
アオイが顔を上げて幸田に訊く。
「念のため、その可能性も考えておいてもらった方が、いいかな」
幸田が答える。

「じゃ、私たちは警護に戻る。『世話役会』の決定が出たら、メールして。アオイ、行くわよ」
慧子とアオイがバンを後にした。

〈「7. 探偵登場」につづく〉