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「日本昔話再生機構」ものがたり 第1話 ヘルプデスクの多忙 2. 見捨てられた沙知

『第1話 ヘルプデスクの多忙 1.当直交代』からつづく

『第2話 沙知の危機 1. 最悪の状況』 からつづく

 私は『鶴の恩返し』で苦戦中のM1878/沙知の時空超越通信装置に起動シグナルを送り強制起動させた。仙太先輩から釘を刺されたので、かえって彼女のことが気になったのだ。ともかく、状況だけでも早めに把握しておく方が良い。
「M1878です」
力のない声が答える。M1878という登録番号から、沙知は現在35歳だとわかる。18歳で働き始めて17年、身体のあちこちにガタがくるころだ。『鶴の恩返し』の鶴は自分の羽を抜き、糸にして布を織る。35歳のクローン・キャストにはきつい仕事だ。

 「昼当直のM1577です。コーイチと呼んでください。夜当直から『鶴の恩返し』再生が難航していると聞きました。沙知さんから直接状況を聞かせてください」
「半月前から『緊急避難』を出し続けています。まだ承認が出ないのですか?」
「緊急避難ですか?」
私は、ギクリとする。「緊急避難」は昔話再生中のクローン・キャストが生命の危険にさらされた時にヘルプデスク宛てに発信する。ヘルプデスクは自らの判断を添えてプロジェクト管理部長に転送するが、ほぼ99パーセント、再生中止を部長に申請する。
 しかし、千太先輩は、「緊急避難」要請のことなど、言っていなかった。

「待ってください。今、生命反応データをチェックします」
私は、沙知のモニター画面に彼女の生命反応データを表示させる。生命危険度がオレンジ色から赤に移りかけていた。「日本昔話再生支援機構」の再生進行基準では、オレンジ色で再生を中止することになっている。千太先輩がヘルプ・デスクに就いていた間に危険ゾーンに入っていたはずなのに、先輩は、なぜ、引継ぎでこのことを言わなかったのだ?  
「どうですか? 自分では、もう限界だと思うのです」
沙知が震え声で尋ねてくる。
「もう少し、待ってください」
「緊急避難」要請がどのように処理されてきたか確認したかった。
 
 私は、沙知とヘルプデスクの通信ログをモニター画面に呼び出す。ほぼ毎日、通信が交わされていた。
 再生初日に、沙知からエラー通報が来ていた。エラーコードA1、到着地点エラー。標準ストーリーから逸脱した地点に到着してしまったことを意味する。ヘルプデスク担当がプロジェクト管理部長に報告しているが、回答は「再生続行」。
 次は、再生3日目。エラーコードE1、環境エラー。周囲の環境が昔話の標準ストーリーから大きく逸脱していることを意味する。これは夜間の報告だったため、プロジェクト管理部長に連絡されていない。ヘルプデスク担当者は夜間でもプロジェクト管理部長を呼び出し指示を求めることになっているが、実際にそれをして管理部長の不機嫌な声を聞かされたいと思うヘルプデスク担当はいない。
 
 その後も毎日のようにエラーコードE1が届いていた。日中の着信はすべてプロジェクト管理部長に報告されているが、回答は決まって「再生続行」だった。
 現地の状況は、昔話再生の成立・不成立を判定する「昔話成立審査会」も観察している。現場のクローン・キャストがこれだけ繰り返しエラーコードE1を発信しているのに「審査会」が再生不成立と判定しないのは、おかしい。「審査会」は沙知の危機感が過剰だと判断しているのか? それとも、「審査会」も状況を分かっていながら敢えて無視しているのか? 仙太先輩が話していたプロジェクト管理部長と「審査会」の癒着が、急に現実味を帯びてくる。
 
  再生開始から16日目、『鶴の恩返し』の標準再生期間を過ぎた時点で、最初の「緊急避難」要請が来ていた。エラーコードC1、クリティカル・ポイント1だ。クリティカル・ポイント1は、クローン・キャストの生命に危機が迫っている場合に発信される。
 標準再生期間の15日間を1日過ぎた時点で生、もう生命の危機? 不審に思い沙知の始業前点検記録を画面に呼び出した私は、ショックを受けた。沙知は細胞再生力が16日しか持続しない状態で送り出されていたのだ。16日目にクリティカル・ポイント1に達するのは当然だ。

 それからさらに14日が経過している。今まだ生きているのが不思議なくらいだ。沙知が精神力だけでなんとか再生を続行しているとしか、考えられない。その間、毎日「緊急避難」要請が届き続け、昨晩、千太先輩の当直中にも届いていた。

「沙知さん」
私は登録番号ではなく、愛称で呼びかける。
「かなり厳しい状態です。私からプロジェクト管理部長に『緊急避難』を要請します」
「お願いします」
沙知がすがるような声を出す。

 私はメールではなく、直通電話でプロジェクト管理部長を呼び出そうとしたが、私の電話に答えたのは、部長ではなく若い女性だった。
「プロジェクト管理部長室です」
「部長に緊急の要請があります。電話をつないでください」
「部長は定例部長会に出席中です」
木で鼻をくくったような言葉が返ってくる。
「非常事態です。部長を呼び出してください」
私は、食い下がる。
「ヘルプデスク担当から管理部長への連絡はメールが原則です。メールを送ってください」
「メールでは間に合わないから、電話しています」
「例外は認められません」
女性が一方的に通話を切った。

 「くそっ」
 私は受話器をコンソールに叩きつけた。部長の秘書とおぼしき女性の対応に怒ったのはもちろんだが、それだけではない。積もり積もったうっぷんが噴出したのだ。
 プロジェクト管理部長につくラムネ星人はクローン・キャストを消耗品としか思っていないが、今の管理部長は、特にひどい。あいつの頭には、自分の出世しかない。地球連邦政府との基本契約回数以上に昔話を再生させ、「機構」理事長と地球連邦政府から高い評価を得ようとしている。そして、そのためならクローン・キャストを使いつぶしても平気でいられる奴だ。

 だが、私が怒っていたのは、プロジェクト管理部長に対してだけではなかった。私が担っているヘルプデスク担当という役割の無力さに、私は怒っていた。それ以上に、無力さに慣れ切り現場で苦闘している仲間を助けようとする意欲すら失っているヘルプデスク担当の現状に怒っていた。
 千太先輩が沙知から「緊急避難」要請が出ていることを私に申し送らなかったのは、私が何をしようと「緊急避難」が認められるはずがないと考え、私に余計な気持ちの負担を与えまいとしたのだ。自分が千太先輩であっても同じことをしただろうと思う私がいた。だが、それは、自分が「機構」内で波風立てず生きていくために同じクローンの仲間を見捨てるということだ。そんなことを考えることができる私が、私をいらだたせ、怒らせた。

 沙知から連絡が来た。
「『緊急避難』は認められましたか? 私は、もう限界です。これを見てください」
モニター画面に沙知の胸が映し出された。
「これは、ひどい」
私は思わず大声を出した。羽毛が三分の二以上失われ、地肌がのぞいている部分がある。羽毛の消耗が、細胞再生力をはるかに上回っていることをありありと示す映像だ。
沙知が
「うっ、うっ」
と呻き始めた。そして、うめき声は泣き声に変わり、ヘルプ・グローブ内に沙知の泣き声が響き渡り始めた。


――くそっ、私も泣きたいよ。
私は、ヘルプ・グローブの中で天を仰いだ。


『第1話 ヘルプデスクの多忙 3.虎の巻』につづく