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『守護神 山科アオイ』8. 産業スパイ

 和倉を残してきたスイートルーム。慧子がカード式キーでドアを開け、中に入る。アオイと二人の探偵が続く。
「和倉さん、お客様をお連れしました」
慧子に言われ、和倉が探偵二人に目を向ける。
「この人たちは、誰ですか? 私は、会ったこともない。危険な人物ではないのですか?」
「大丈夫。この二人は安全です」
慧子は、アオイの直感を信じているし、探偵たちが和倉の隠された一面を暴露してくれるのを期待してもいる。

「だからと言って、見ず知らずの人間を連れてこられては、困ります」
和倉が慧子を非難する。
「驚かしたことは、お詫びします。ですが、このお二人が和倉さんに尋ねることが、私たちの警護に関係する可能性があります」
 女性探偵が前に出て
「私たちはこういう者です」
と、男性探偵の分も併せて名刺を差し出す。
「京橋テクノサービスの調査員?」
「調査員といっても、実態は探偵です。産業スパイ狩りが専門です」
「そんな人たちが、私に何の用ですか?」
 アオイは和倉の表情が変わったのを見逃さない。和倉の鼓動が高鳴るのを感じる。

「NGO『「顧みられない熱帯病」と闘う会』のメンバーだと言って、和倉さんに接触してきた人間がいませんか?」
女性探偵が尋ねる。
 和倉が目を宙に泳がせる。アオイは、和倉の頭が高速回転しているのを感じる。適当な答えを探しているのだ。
「香坂直美という女性が、『闘う会』の一員だと言って接触してきました」
「それって、どんな用件でした?」
男性探偵が尋ね、和倉がまた答えを探すのを、アオイは感じる。
「『顧みられない熱帯病』治療薬の開発状況を教えて欲しいと言ってきました」

「それで?」と、女性探偵。
「断りました。WHOが定義している『顧みられない熱帯病』10種のどれにも、私は関わっていません、仮に関わっていたとしても、私は企業所属の研究員です。開発成果は、会社の知的財産。それを外部に漏らすわけがない」
和倉がきっぱり言い切ると、アオイの違和感がますます強まる。
「では、マラリアはどうですか? マラリアは『顧みられない熱帯病』ではありませんが、『世界三大感染症』の一つで、『闘う会』が撲滅に取り組んでいます。和倉さんはマラリアに関わっていませんか?」
女性探偵が尋ねると、和倉が即答する。
「抗マラリア薬も、私の研究対象外です」
アオイの違和感の目盛りが跳ね上がる。和倉はマラリアではなく、抗マラリア薬と、ハッキリ言った。

「そうですか」
と和倉に答えてから、女性探偵がアオイに顔を向ける。
「和倉さんから預かったスマホを見せてください」
迷うアオイに、慧子がうなずいてみせる。アオイは和倉のスマホを女性探偵に差し出す。
「ありがとうございます」
女性探偵がスマホを受け取り、男性探偵に渡す。男性がポケットから小さな器具を取り出し和倉のスマホにあてがう。ピッ、ピッと規則正しい電子音がする。
「なんですか、それは? 私はスマホの電源を切ってから、そちらの女性に渡しました」
「ボクらが捕えた産業スパイが、このスマホにウイルスつきのメールを送ったことが、わかってます。そのウイルスに感染すると、電源を切ったように見えても、追跡可能な電波を発信するんす」

「探偵さんたちは、その電波を追って、ここにいらしたの」
慧子が言う。
「ビジネスホテルで襲ってきた連中も、そのあと尾行してきたクルマも、この電波を追ってきたのかもね?」
アオイが付け加える。
「まさか? ビジネスホテルで襲ってきた連中は、香坂直美とは無関係のはずだ」
和倉が驚きを隠さずに言う。
「どうして、そんなことを言い切れるの?」
慧子が鋭い声で和倉に問いただしたとき、インターフォンの呼び出し音が鳴った。

〈「9. 訪問者」につづく〉