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『守護神 山科アオイ』9. 訪問者

「ホテルの人間かな?」
インターフォンの画面を見ようとするアオイを、慧子が
「私が出る」
と、制する。
アオイはムッとしかけたが、慧子の緊張を感じ場所を譲る。
 画面に制服警官が映っている。慧子が会話のスイッチを入れる。
「警察です。そちらに、和倉修一さんがいらっしゃいますね」
「いいえ、そのような方は存じ上げません」
慧子は、相手が和倉がいるという確証なしに訪ねてきた可能性を考え、まずは跳ね返してみる。
「ウソをつかれては困ります。フロントの防犯カメラで和倉修一さんがこの部屋にチェックインしたことを確認しました」
ホテル側も、制服警官から求められれば監視カメラ映像を見せるだろう。
「そうですか。で、どんなご用件ですか?」
「それは、そちらにうかがってから、お話しします」
「では、どうぞ」
慧子がエレベーターのロックを解除する。

「和倉さん、あんた、警察にも追われてるみたいだぞ」
アオイが言うと、和倉が
「まさか!」
と叫ぶが、そこに、アオイは不自然なものを感じる。
「アオイ、探偵さんたちに拳銃をお返しして」
慧子に言われ、アオイはパンパンに膨らんだ上着のポケットから探偵たちの拳銃を取り出し、二人に差し出す。
「あたしがこれを持ってて、銃刀法違反で捕まると困るからな。慧子も、自分のを探偵さんに預かってもらえよ」
アオイが慧子に言うと、慧子が
「3人とも、銃が必要になるかもしれないのよ」
と、落ち着いた中に緊張を含んだ声で答える。

「え?」とアオイが慧子の顔を見た時、ドアベルが鳴った。
「入れるわよ」と、慧子がドアロックを解除する。アオイたちがいるリビングにつながる廊下を、三人の制服警官が一列で歩んでくる。
 三人はリビングに入ると横に散開し、壁を背に位置取りする。
「和倉修一だな」
中央の警官が言う。
「創生ファーマが営業機密侵害でお前を告発した。署まで同行してもらおう」
警官が続ける。

「いつから、制服警官もベレッタを使うようになったのですか?」
女性探偵が中央の警官に尋ねる。
「ホルスターのタイプも違うし」
男性探偵が続ける。
 アオイは、警官三人に殺気が走るのを感じた。警官たちが拳銃に手をかける。三人が銃を抜くより速く、アオイの傍らでパ、パンと銃声がした。探偵二人が抜く手も見せぬ早撃ちで警官を撃ったのだ。中央と右隣りの警官が急所を押えてかがみこむ。
 残りの警官が銃を抜き、こちらに向ける。パン! 乾いた銃声が室内に響き、警官が後ろに飛んで壁にぶつかる。そのまま背中を壁にもたせて崩れ落ちる。慧子が警官の額の真ん中に訓練弾を見舞っていた。
 男女の探偵が、両手で急所を抱えて転がっている警官に駆け寄り、みぞおちにパンチを加え動きを止める。

「あなた達、優しいのね」
壁にもたれて身動きひとつしない警官に近づきながら、慧子が探偵たちに声をかける。
「こいつら素人に毛が生えたレベルだったから、急所を撃たれただけで動きが止まった。でも、本物のプロなら撃ち返してくるわよ」
そう言いながら慧子は屈み、倒れている警官の首の脈をとる。
「こっちも、生きてはいる」

 女性探偵が慧子の横から倒れている警官をのぞきこむ。
「額の真ん中に弾痕。でも、出血がほとんどありませんね」
「実は、私の銃も訓練弾なの。実弾ほど威力がないから、一発で動きを止めるには頭を撃つしかない」
「シビアっすね」と、男性探偵。
「よほど当たりどころが悪くなければ、死にはしない」
「脳に障害が残る危険があるっす」
男性探偵がかすかに批判を含んだ声で言う。

 慧子が立ち上がり、男性探偵に向き直る。
「他人に銃を向ける人間は、返り討ちにあって死んでも、文句は言えない。非殺傷性の訓練弾を使っているだけでも、寛大すぎる。ちがう?」
「でも、実弾を使って殺してしまったり、血痕を残したりすると、あなたも困る。あなたにも、訓練弾の方が都合が良い理由があるのではないですか?」
女性探偵が慧子に微笑みかけると、慧子が唇の端で小さく笑う。

「アオイ、真っ青な顔して、大丈夫」
慧子がアオイに声をかけてくる。アオイは慧子に近づき、耳元でささやく。
「あたし、何もできなかった」
「当たり前だわ。ニセ警官どもは、アオイは後回しにして、先に私と探偵さんたちを殺そうとした。だから、あなたの先制反撃が発動しなかった」
「みんなを守るために、何も出来なかった」
「それで良かったの。探偵さんたちと和倉さんに、あなたが放電するのを見せたくない」
「それは、そうでも……」
 アオイは無意識の先制反撃だけでなく、意識して放電攻撃することもできる。「それなのに、何もしなかった。いや、出来なかった」という苦い思いがアオイの中に広がる。

 和倉が顔を強張らせて立ち尽くしている。
「和倉さん、まだ私たちに隠していることが、ありますね」
慧子が和倉に銃を向けて、言う。和倉がごくりとツバを飲む音が、アオイに聞こえる。
「和倉さん、本当は、産業スパイに会社の情報を売ったんじゃないすか? で、会社が警察に告発した」と、男性探偵。
「でも、コー君、こいつらはニセ警官よ」と、女性探偵が返す。
「あぁ、そうかぁ」
「ともかく、もっと色々訊かせてもらう必要がある」と、慧子。
「場所を変えませんか? 和倉さんのスマホに仕込まれたウイルスのおかげで、ここは巡礼の聖地になってしまいました」
女性探偵が言い、慧子が「そうね」と答える。

「先輩、ニセ警官の手首を結索バンドで縛っときました。連れてって尋問しますか?」
「ええ。二人連れて行くのは大変だから、どちらか一人ね」
 アオイは、ここで、やっと自分が助けになれることを見つけた。
「どっちにするか、あたしに選ばせろ」
「えっ?」と男性探偵。
「あたしは、こういうことには鼻が利くんだ」
 アオイは、他人の内面の動揺を嗅ぎつけることができる。二人のうち、より動揺している方を連れて行けば、尋問で吐かせやすいだろう。
「では、お願いします」
女性探偵が微笑んだ。

〈「10. 片意地と機転」につづく〉