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『守護神山科 アオイ』1.先制反撃

 都心のビジネスホテル。客室が並ぶ廊下を引き締まった身体つきの男が三人、一列で進んでいく。三人とも黒いスーツを身にまとい、能面のように感情を表さず、ひと言も口を利かない。三人とも、握った右手の中に何かを隠している。

 男たちの前方で客室のドアが開き、精悍なヤマネコのような少女が現れる。色浅黒く目鼻立ちがくっきりした、スパイスの効いたエスニックフードのような風貌。ティーシャツの上にパーカーを着て、太めのカーゴパンツをはいている。足元はトレッキングシューズ。やや茶色がかった髪の毛が鳥の巣のようにバサついている。

 少女が男たちを見る。先頭の男の顔に緊張が走る。男が右手を開く。手のひらに隠したボールペンをノックすると、ペン先ではなく鋭い注射針が現れる。残り二人もそれぞれのボールペンをノックして注射針を出す。
 先頭の男が少女との距離を詰める。わずかに身体を沈め左膝で少女の腹にケリを入れようとした瞬間、少女と男の間の空気が陽炎のように揺らぐ。男がバネで弾かれたように後ろに飛び、後ろの二人にぶつかる。つづけて男たちの回りで空気が激しく揺らぎ、三人がバタバタと廊下に倒れる。
少女は目の前で起こったことにはまるで気づかなかったように、大きく見開いた目を空間の一点に向けている。

 少女が現れたのと同じドアが開き、メタルフレームのメガネをかけた長身の女性が現れる。自動拳銃を手にしている。女性が少女をかばうように前に出る。
「アオイ、大丈夫?」
女性の声に少女が小さく震え、「あぁ、慧子」と答える。
「廊下に出たら、この人たちが近づいてきて……意識が飛んで……」
「気がついたら、三人が廊下に倒れていた」
「そういうことに、なる」
「『先制反撃』したのね」
慧子と呼ばれたメガネの女性が言う。

「そうか。そうなんだろうな。殺しちまってないか?」
「あなたの衝撃波には殺傷能力はない」
「でも、こいつら、ピクリとも動かないぞ」
少女が不安そうに言う。
「今、確かめてあげる」
慧子が男たちに近づき、かがんで、一人ひとり、首すじの脈をとる。
「大丈夫、みんな息がある」
「見た感じ、こいつら、丸腰だな。なんで先制防御が出たんだ?」
「丸腰ではない」
慧子が一人の男の手からボールペン型の注射器を取り上げる。
「これを持っていた」
慧子が立ち上がり、アオイにボールペンを見せる。

 慧子は、ラフな服装のアオイとは対照的に、紺のパンツルックのビジネススーツで身を固め、公立小学校の母親参観で浮きまくっているバリバリのキャリウーマンといった雰囲気を漂わせている。パンプスでなくビジネス兼用のウォーキング・シューズを履いているところが、多少アンバランスだ。
 容姿は極めて整っている。しかし、全身から知的でタフな感じがみなぎり、男性から美人としてもてはやされるタイプではない。
「ボールペンに見せかけた注射器。中身は致死性の毒に違いない」
「だから、あたしは、こいつらから殺気を感じたってことか」

「殺気――正確に言うと、針を突き立てる動作の準備電位」
慧子がアオイの言葉を訂正し、アオイが応じる。
「こいつらがあたしに針を刺そうと思う前に、こいつらの頭ん中で針を刺す動作の準備電位ってやつが発生すんだろ。あたしは、その準備電位を感知して衝撃波を放つ」
「その通り」と、慧子。
「何度説明されても、実感がわかない。あたしにとっては、『ふっと意識が飛び、次に気づいたら、目の前に人が倒れてる』って経験だ。不気味だよ」
 慧子がアオイに柔らかな笑みを投げながら言う。
「意識するより速く反撃が終わるのだから、無理もないわ」
慧子が顔を引き締め、続ける。
「ともかく、ここに長居は無用よ。私がここを見張っているから、和倉さんを部屋から連れ出して」
「わかった」
アオイがドアを開け中に入る。

「慧子、出るぞ」
ドアの内側からアオイの声がして、ドアが開く。ラグビー選手のようながっしりした体格の男性が姿を現す。体格と裏腹に顔つきはいかつくなく、むしろ、やや神経質な感じがする。年齢は四〇代半ばといった所だろうか。廊下に倒れている三人を見て息を飲む。
「こ、これは」
つづいて慧子が手にした拳銃をみてひきつった声になる。
「拳銃……」
「和倉さん、静かに。この三人は、あなたを襲ってきたのです。アオイが返り討ちにしたから、当面は安全です。それから、この銃に込めてある銃弾は軍や警察が実戦演習で使うプラスチックの訓練弾で、殺傷能力はありません。さぁ、急ぎましょう」
「え、ええ」
「私が先導するから、アオイはしんがりをお願い」
「あたしが先頭でなくていいのか?」
慧子が黙って微笑み、アオイがうなずく。衝撃波を使うところを、和倉には出来る限り見せない方がいい。そう言っているのだ。慧子、和倉、アオイの三人は一列でエレベーターホールに急いだ。

〈2. 警護対象 につづく〉