【球数制限】は【投球障害】の防波堤になるのか?
球数制限のメリットとデメリット
投球障害は投球により発生します。当然、球数を制限すればするほど怪我は減るでしょう。極論を言えば投げなければ投球障害は生まれません。
しかし、それでは野球は出来ません。技術、体力の向上も難しくなります。
投げなければ怪我をしない、しかし投げなければ上手くならないという問題があります。
今回は野球をしっかり行うという条件で、球数制限が投球障害を防ぐ為にどれくらいの重要度があるのか?というお話です。
球数制限をしても投球障害は生まれる
結論からすると【球数制限は投球障害を防ぐ大きな要因にはならない】と思います。
これは球数制限を否定しているわけではなく、球数制限を投球障害予防のメインにするにはあまりにも頼りないと言う事です。球数制限をしていても故障する選手は沢山います。
むしろ球数制限より【球数制限をしても投球障害が生まれている原因】こそ、本当に重要視するべき物ではないでしょうか?
球数制限の問題点
まず大前提として投球障害は【回復が疲労に追いついていない】事により発生します。つまり【過度な疲労】です。
投球障害予防として球数制限をしても【過度な疲労】を防げていなければ何の意味もありません。
ここで球数制限の問題点を掘り下げて考えてみたいと思います。
1.何を球数と考えるのか
一般的に言われている球数制限と呼ばれる球数は【試合での球数】もしくは【全力投球】だと思います。
しかし、プロ野球を例えにすると毎日の練習の他に投手が試合に入る前にはキャッチボール、ブルペン等多くの投球をします。立ち上がりの悪い投手は試合前に遠投をした後にブルペンで投げ込んでから試合に臨んでいる選手もいます。
中継ぎや抑え投手はブルペンの方が球数が多いのは当たり前です。
更に不調期の選手は試合前日でも不安から多くの投球をしてしまう事もあります。
これではいくら試合登板や全力投球がないと言っても十分疲労は溜まります。
試合の【球数】は投球全体の一部分だけでしかないのです。
2.投球以外の練習が含まれていない
投球以外の練習で【過度な疲労】が溜まれば、球数制限をしていても怪我は生まれます。
体力をつける目的で投球以外のトレーニングをやり過ぎ【過度な疲労】を起こし、投球が出来なくなっている本末転倒なケースが多々あります。
投球量が少なくても怪我をする例はこの場合がとても多いです。
これならまだ【投球以外の練習制限】をして【球数制限】をなくした方が、選手がどれくらい投げられるのかを見定めやすいと思います。
投げるスタミナは投げる事により得られます。球数制限には一番大事な能力を伸ばせないデメリットもあるのです。
3.選手の体調が同じではない
選手は常に同じ体調ではありません。
身体に張りがある場合とない場合では、同じ球数でも投球障害を起こす可能性は全く変わります。
今回100球大丈夫だった。だから次回も100球を制限、と決めても次回コンディションを崩していれば、前回と同じ100球が安全とはかぎらないのです。
4.選手の技術の差
技術に優れた選手と未熟な選手では一球一球の負担が全く違います。フォームの悪さはその分負担となり、同じ球数でも怪我の可能性は上がります。
又、同じ選手でも好調時と不調時のフォームは違います。同選手でもコンディションにより負担は変わってしまうのです。
5.選手の筋力の差
同じ重さのボールでも選手の筋力により負担は変わります。
筋力の強い選手の方が当然ボールを軽く扱える為負担は少なく、筋力に乏しい選手は負担が多くなります。
小学生を例にすると、同じ学年だからと同じ球数制限をしても、1人1人の筋力差によって負担が違います。
6.変化球問題
全力投球を球数と考えると変化球はどうなのか?という問題が発生します。
一般的には変化球の方が全力投球と言わないと思いますが、その分使い方次第で身体に大きな負担になります。
ストレートと変化球、どちらが肩、肘に負担がかかるかは投げ方、ボールの抜き方で人それぞれです。
7.イニング間の時間
投球は一度休むと筋肉が冷めて柔軟性を失い、再び投げるのは大きな負担になります。
これはプロ野球の中継ぎ投手に聞くとよく分かります。投げるかどうか分からない展開で何度もウォーミングアップ投球をしては休みを繰り返すと大きな負担になります。
同じ100球でも何イニングで投げたか、又、攻撃が長く投球間がどれくらいあいたかで負担は変わります。
8.選手の回復力の違い
選手一人一人回復力は違います。毎試合投球を制限しても、回復力の強い選手と弱い選手では次の試合に入る時のコンディションが違います。
更に同じ選手でも年齢で差が出ます。当然ベテランと呼ばれる年代と若手時代では全く回復力が違います。
僕が宮本慎也選手の個人トレーナー時代、同じマッサージをしていても彼の年齢が上がれば上がるほど、筋肉がほぐれてくるまでに時間がかかりました。
以上が僕が考えている球数制限の問題点です。
球数制限は投球障害予防において一つのピースだとは思います。
しかし、投球障害を防ぐには球数制限以上にもっと重要な事があると思います。
球数制限に代わる投球障害を防ぐ方法
まずは【現場の目】ではないかと思います。明らかに球がはしっていない、フォームがおかしい、バテてきた、かばい動作がある等は、ある一定のレベル以上の指導者の方ならすぐにわかるはずです。
こういう時に早めに休ませてコンディションを作り直させる方がよほど球数制限より有効だと思います。
プロ野球であれば打ち込まれて強制終了になると思いますが、学生の場合、指導者の怒りに任せた罰投として逆に代えてもらえなかったり、この壁を越えなければいけない等の理由でそのまま投げさせられる場合も多くあります。
そこで怪我をさせてしまうような事があれば【球数制限】を考えても全く無意味ではないかと思います。
次に挙げられるのは【コンディショニングチェック】です。
・常日頃の関節可動域のチェック
疲労が溜まると関節可動域を狭めてしまい怪我をしやすくなります。どれくらいの投球量までが関節可動域を保っていられるかを知っておくと怪我を防ぐ大きな要因になります。
・身体に過度な張りや痛みがないかを確認する
トレーナーや治療師がマッサージ等で身体を触り、疲れの度合いを調べる事も必要です。
マッサージは治療に有効ですが、本来であれば怪我の予防として行う事が望ましいです。
・レントゲン、MRI、エコー等の診察を積極的に受ける
器質的異常が発生してしまえば復帰まで長くかかります。身体に不安がある場合、積極的に画像診断を受ける事をお勧めします。又、画像を残しておけば次の診察と比べる資料になりますので、次からの診察にとても役立ちます。
特に最近は熱意のあるドクターやPTの方達が野球検診等をひらいてくれています。
受けられる方は積極的に受けると良いと思います。
・練習を続けられるコンディションを維持する
練習は大事ですが、練習を続ける事はもっと大事です。厳しい言い方になりますが、怪我をしてしまい練習を続けられなければ、練習をサボっている事と何も変わらないのです。明日も練習する為に、今日を切り上げる勇気を持たなくてはいけません。
練習を続けていく為にオーバーワーク状態を理解し、怪我をする前に自分でストップをかけられるようになりましょう。
逆に【球数制限】に意味を求めるとすると
・指導者側の感情的な使い方を防ぐ。
・投げたがる選手にストップをかける為の方法として使う。
・指導者側のコンディショニング知識に不安がある場合、チームにトレーナーが在籍していない場合のおおよその目安にする。
・野球初心者、又は怪我後のリハビリ翌日の身体反応をみる材料にする。
・中継ぎや抑え投手が先発投手の球数から自分の登板のタイミングを見計らう目安にする。
といった所だと思います。
活用次第では危険な事も
1試合に何球以内、1週間に何イニング以内とデータを取っても、その他の条件が違えば投球数データをメインにするのはむしろ危険です。
【球数制限させているんだから安全だ】とコンディションを考えず練習をやらせてしまう事もあります。実際、僕の治療院にはその様な練習で怪我をした選手が来院します。
先程提案させて頂いた【現場の目】と【コンディショニングチェック】を有効活用し、更に球数制限も一つのピースという形が、より投球障害を防げる方法だと思います。
身体のコンディションはいつも正直です。疲れれば身体に張りを出し、関節可動域を落とし、場合によっては画像として現れます。健全な身体に痛みはありません。
球数制限は、あくまで障害予防の一部として考えるべきと言うのが私の意見です。
お読み頂きありがとうございました。