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「屁理屈を言うな!」は論理的思考力がない人間が使う

「屁理屈」という言葉について気づきがあったので共有する。

へりくつ
【屁理屈】
筋道の立たない理屈。こじつけの議論。
 「―をこねる」

https://languages.oup.com/google-dictionary-ja/

一般的に、「屁理屈」とは「筋道の立たない理屈、こじつけの議論」という意味を持つとされおり、これは皆さんが想像している通りの意味だろう。

しかし、私たちが日常生活で耳にする「屁理屈」の使われ方は、この定義からは大きく逸脱しているということに気づいた。

理屈としておかしいものを指して屁理屈と評価するのが本来であるが、実際はは「理解できない理屈や受け入れたくない理屈を”屁理屈”とこじつける」ことで拒否の姿勢を示す言葉となってしまっている。

要点:
- 屁理屈が本来の意味で使われていない
- 論理的な思考ができない人が屁理屈という言葉を使いがち
- 論理的な会話が出来る人は屁理屈という言葉を使わない
- 結果、他人から"屁理屈"と言われる理屈はだいたい正しい
- 「屁理屈を言うな」のフレーズを使うやつの主張はだいたい間違っている

どのような場面で「屁理屈」という言葉が具体的に使われるのか考えてみよう。

まず、筋立てられた理論を用いることができ、論理的なコミュニケーションを得意とする人々は相手の主張を「屁理屈」として拒絶・否定することはない。いくら相手の理屈がおかしかったとしてもだ。

相手の主張に何か問題があると感じた場合、具体的な質問をしたり、根拠に基づく反論を行ったりする。これが論理的なコミュニケーションの基本であり、このような議論を通じて、論点を整理したり問題を定義したりする。

それに対して、「屁理屈を言うな」というフレーズを多用する人々は、どのような存在か。

そう、理屈で会話が出来ないタイプの人間である。

屁理屈が利用される流れ:
- 相手の主張が納得できない
- 論理的な質疑による疑問点の解決を目指せない
- 自身の主張をぶつけての反論もできない
- でも相手の主張は受け入れたくない
- 「屁理屈を言うな!」

実際のところ、相手の論旨を軽視し、自分の主張を無理やり通すために、「屁理屈」と便宜的にレッテルを貼ることが多い。というか、そのような用法がほとんどではないかと考えている。

「屁理屈という言葉を使う人」は「論理的な思考ができない人」であると同時に、もう一つの特徴を持っている。

自分の主張を強制的に通すことができる立場の人間である。

立場が上の人間、例えば親や教師、上司といった存在が多い。部下が上司に対して「屁理屈を言わないでください」と言うことはないだろう。

「屁理屈」という言葉を用いることで、立場の上にいる人間が、自身の論理的な思考力が欠けているにも関わらず、他者に対して上から意見を押し付けることが可能となってしまうのだ。

本来の意味を履き違え、「屁理屈」という言葉を振りかざしてあなたの主張を不合理に否定しようとする親や教師、上司は「論理的な会話ができないバカ」である可能性が極めて高いので気をつけたい。

また、あなたの主張が「屁理屈」と評されたとしても、直ちに自分を否定する必要はない

なぜなら、「屁理屈を言うな」という言葉が口に出る理由は、あなたの正確な論理に対抗する手段を持たないからである。つまり、あなたの論理が妥当で、それに対抗できない相手が「屁理屈」という言葉を使ってると考えた方がいい。

「屁理屈を言うな!」を使う人間:
- 論理的思考力がないのにも関わらず立場が上の人間
- 主に「親→子」「教師→生徒」「上司→部下」などの関係で用いられる

言葉の乱用による武器化に対しては、堂々と立ち向かう勇気を持つことが大切だ。自身の論理力と信念を信じ、自分の主張を強く持ち続けること。それが「屁理屈」に対する最も強力な対抗策となる。

「屁理屈を言うな」と言われたとして、自分の主張が誤りだとは思わない方がいいし、「屁理屈」という根拠のないレッテル貼りで主張を潰しにかかってくる相手は「論理的な会話ができないし、屁理屈の意味もわかってないバカなのかもしれない」と捉えるのが妥当だ。

逆に言えば、論理的な思考を放棄して「屁理屈を言うな」というレッテル貼りで相手の意見を潰すような人間にならないように気をつけたい。


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