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瀬戸内ハードコア自転車行②

9月10日(金)

 インターネットカフェというものはやはり非人間的である。いくらソフトクリームが食べ放題でもだ。さっさと外に出よう。朝まだ暗いAM4:30。明石駅前の駐輪場で愛しのフジ子を迎え、さてどうしたものか。淡路ジェノバラインの明石発岩屋港(淡路島)行始発フェリーまであと1時間はある。乗船場付近のベンチに座り、漁船や釣り人などを眺めつつじっくりと潮風を体に受けていると、山側からぼんやりと空が白んできた。夜が明ける瞬間をあと何回見られるかで人生の豊かさが決まる。天道さんよ今日もお手柔らかに頼みます。

 始発フェリーの20分前くらいに乗り場へ行くと、係のおじいさんが気さくに話しかけてきた。「自転車で行くんやな? フェリー来たら声かけるから、切符買ってそこで待っててな!」自動券売機で大人1名530円と自転車1台240円の乗船券を購入。ぼーっとしているともう1人の自転車乗りが現れた。ぴちっとした専用スーツ、目を守る専用ゴーグル、最低限の荷物、こいつは本気のレーサーだ。バンドTシャツ+短パン+リュックという行楽自転車乗りには目もくれず、粛々と手続きを進める。卑屈?

いよいよ乗船開始。自転車とともに船室に入る。じいさんが荒縄を持ち出し、フジ子を手すりにしばってくれた。「こうしとけばええやろ!」

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その後私に、船首から見て右側の席に座るよう指示。窓からは穏やかな波また波。だんだんと明るさが増して街の輪郭が見えてくる。もう一人の若い係員が港に係留けいりゅうしていたロープをほどくと、ドドドッという激しいエンジンとともに船はぬるりと動き出した。

15分間の船旅。通路を挟んで反対側の窓を見ると、烈火のごとき昇りたての朝日が。海上を朱に染める。さっきのマジライダーは朝日側に座っているが、景色には目もくれない。


 まばたきする間に船はもう岩屋港に着いた。淡路島北部の港である。係員のおじいにさようなら、ありがとう。いい仕事だな。誇れよ。足ふみ込んで大地。方向もわからないのにうれしくてぐ。

充電についての昨日の反省を生かし、スマートフォン内の速度計測アプリを削除した。ルートさえわかっていれば時速や距離なんて大した問題ではない。これでまたひとつ軽くなった。心にゆとりを、子どもたちにハードコアを。おれは自由。

太陽が昇る。私は漕ぐ。いい旅だな、と思う。国道28号線を南下、あらわれましたあらわれました、連邦れんぽうの白いヤツ、巨大ファビュラス観音かんのん

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台座の雰囲気からしていかにも秘密結社っぽい。近々解体されるらしいが、少しもったいないような。ところどころ外壁ががれてきているのでやむなしか。

 海沿いを走る。はじめは気のせいかと思ったが、これ、島全体からうっすら玉ねぎのにおいが漂っている。香ばしい。玉ねぎ好きにはたまらん島である。お土産に畑の無人販売所でひとつ買おうかと考えたが、そうだ、リュック1つをむやみに重くするわけにもいかない。先はまだ長いのである。こうやって私はいつだって身軽さばかり追い求めているが、その結果なにかしら取りこぼしすぎているのではないか? なんか吉田拓郎の歌詞みたいだな。どっかで使おう。

誰もいない早朝の砂浜。思わず立ち止まる。

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早くから行動したので少し眠い。そのままフジ子とともに横になった。ジリジリ照る日差し。生きてる実感。汗をかいたら服のまま海に入る。乾かすためにまた砂浜で寝る。

気がつけば40分ほど過ぎていた。ちょっと腕がヒリヒリしている? 少し寝すぎたか。肌を守ろうにも長袖すらない。私ももうシャキシャキに若いわけではない。体のケアはしっかりしよう。どっかしらが不快な状態で自転車旅行など続行できません。大人になったね。

というわけで南あわじ市のパルティという昭和丸出しショッピングセンターで腕カバーを購入。110円。オバサマっぽくてなまめかしい。かなり重宝ちょうほうした。

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 淡路島から徳島へは自転車では通れないので、自転車積載せきさい連絡バスに乗る。近年のサイクリング熱に応えて淡路交通が実施している粋なはからい、料金660円。
乗車に際しては前日までの予約が不可欠。私は昨日のうちにしておいた。12:00南あわじIC出発。それに間に合うように南あわじ市街を駆ける。地図上ではわからなかったが、集合場所は結構な坂道の上にあるようだ。急傾斜で息が切れる。あれ、もう11時半だ、急げ急げ。

焦りから、主要道路の県道25号線ではなく、少しでも距離が近い小道を選択してしまった。集落の間をうように進む。地面が割れていたり、なにかしら固そうな木の実などが落ちていたりしてパンクに気をつけながら、さらにずっと上り。「人生が、旅が」とかいうおめでたいお題目はなりを潜め、どしゃどしゃの汗と息切れ。フジ子から降りて押し歩く。

11:40、地図上ではもう少しで集合場所、というところでアスファルトが消失、むき出しの大地。うっそうと茂る木々に遮られて進むべき方向も見通せない。絶望。おいおいおい、岩とか木の根とかゴロゴロしてるぞ。25号線に戻る時間はもうない。決死の思いで進む。すかさずタランチュラ級のオオグモ、よけてもよけてもそこら中に巣があり頭から体からベトベトになる。前輪後輪のスポークに枝やツタがからまる。野生動物の声にビクッ。ねっとりしたぬかるみに足を取られてクツが脱げた。足を運ぶ場所を間違えたら滑落しそう。観音助けて。ここで死ぬのか? 自分を鼓舞するため明るい歌などを歌う。スマートフォンで現在地を確認、あ、ロスト。泣きそう。どっちだ? 音のする方へ? 残り時間はもうわずか。

奇跡的に電波が入り、すかさず淡路交通に電話。「ほ本日12時に乗車予約していたハヤタカオルですが、どうやら山に入り込んでしまって間に合わなさそうなんですが……。」
「うーん、でしたら本日はあと16時30分南あわじIC出発の便しかありませんね」
「……あの、もう本当に近くにいると思うんですが、お待ちいただくことはできないですか。」
「申し訳ありませんが。」
さもありなん。地球は私のためだけに回っているのではないのである。


これで淡路島滞在が4時間半伸びた。とりあえず呼吸を整え、16時30分のバスの再予約をとると、汗と泥とクモの巣の塊と化した私は、その場にへなへなとしゃがみこんだ。来た道をゆっくりゆっくり戻ろう。人類の歴史は自然との終わりなき戦い。


 それからは放心状態のまま近くの海岸、丸山海水浴場まで行き、濡れてはいけないものだけをひとまとめにして海水ですべてを洗った。すべて。

砂浜ではなく白い砂利の海岸。海水浴場とはいえここにも誰もいない。ザアザア打ち寄せる波。永遠に見ていられそうだ。まだ生きてる。

海と島への感謝を込めて、ペットボトルと缶ゴミを両手いっぱい拾っては近くの自動販売機のゴミ箱まで捨てに行った。都合3往復ほど繰り返した。今度は余裕をもって出発。1時間前までにはバスの集合場所にたどり着けた。教訓、細い山道には細心の注意を。

バスが到着、ここから乗り込むのは私ただ一人。車体下部のスペースにサイクルラックがあり、そこに前輪をはずして収納する。車内にはまばらな乗客。2人がけのシートを陣取って鳴門海峡の絶景に見入った。

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 そして、四国上陸。

小鳴門橋こなるとばしというバス停で降り、自転車を組み立てる。
時刻は夕方。今日中に高松まで行きたいので瀬戸内海の穏やかな海を右手にかなりのスピードで漕ぐ。

しかし今日の受難はまだ終わっていなかった。
午後6時ごろ前輪パンク。鋭利な小石が刺さっていた。幸いにも視認できる穴だったので自分で修理する。100均のパンク修理キットで慎重に穴をふさぐ間にも、どんどんあたりは暗くなる。蚊が足首を腕を刺す。ああ心細い。

携帯ポンプで空気を入れてみて、どうやら問題なし。東かがわ市、さぬき市を突き抜け高松に入った。24時間スーパーのハローズというところで半額弁当、さらに缶ビール2本買ってベンチで夕食。飲食店空いてないんだもん。時刻は夜10時。今日もインターネットカフェ。本日の総移動距離約116キロ。明日は絶対うまいうどんを食う。そしてビジネスホテルに泊まる。

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