米澤穂信「黒牢城」

 米澤穂信にいつ出会い、何を最初に読んだか覚えていない。候補としては「さよなら妖精」「氷菓」のどちらかで(あるいは「春期限定いちごタルト事件」かもしれない)、時期は「遠回りする雛」よりはずっと前というくらいか。「クドリャフカの順番」は単行本で読んだ気がする。
 以上のことはもちろんどうでもいい。ホータローなら「やらなくていいこと」に分類して無駄なエネルギーを使ったりしないだろう。しかし文字数は稼げる。
 米澤穂信のファンなのだ、つまりは。それこそ著作はほぼほぼ読んでいるし持っている。衝撃を受けた作品はいくつかあり(いくつもあり)、中でも「折れた竜骨」は魔法の存在する世界でしっかりと論理的なミステリーを作り出していて心底驚いた。(他には「犬はどこだ」なんかもすごく好き)

 その「折れた竜骨」に似た気配を感じたのが「黒牢城」だ。案の定iPhoneでは一発で変換できなかった。現代が舞台ではないという共通点が一番目立つか。戦国時代など常識も倫理も今とまったく違う、ほぼ異世界と言ってしまってもいいくらいだ。
 そんな舞台でどんなミステリを味合わせてくれるのか、期待せずにはいられなかった。
 が。
 発売後店頭で見かけてすぐには買っていたが、手をつけたのはつい先日。すでに直木賞も受賞していくつも版を重ねていた。書店で見かけるたびに読まないとなぁ、となってはいたが、こればかりは仕方がない。読みたい時が読み時なのだろう。どうでもいいが、書店で見かけるたびの帯の変遷に、そこにこだわるコレクターの気持ちも若干理解できた気がした。以前BOOKOFFで帯が捨てられていることを嘆き、帯の価値について熱く語り合う二人組を見かけた事があるが、いやすまん、若干理解できたとか嘘だ、理解できん。帯にこそ価値があるという境地には到底至れない。
 閑話休題。

 舞台は戦国、本能寺の変の四年前……と言われても戦国史はあまり興味なく詳しくは知らない。まだ三国志の方が知識はある。信長による本願寺攻めや秀吉の中国攻めとか鉄砲が得意な雑賀衆とかざっくりとした知識はあるが、荒木村重なんて初めて聞く名前だし、黒田官兵衛は竹中半兵衛と区別がつかない。朝ドラは観ているが大河は観ていない。
 そんなわけだから、いい意味で結末にワクワクしながら読み進める事ができた。すわ、村重の行動が光秀の謀反のきっかけとなったのか。毛利は来たのか有岡城はどうなるのか……
 歴史に詳しければある意味ネタバレになってしまっただろう。一方で結末を知っていればこその見方もあったかもしれない。正直トリックや黒幕(?)に関してはなるほどと思ったものの、「折れた竜骨」ほどの感銘は受けなかった。まぁ、魔法があるわけじゃないしな。昔とはいえ共通の物理法則に縛られているわけだし。
 だがミステリ以上に歴史・合戦物として実に濃密な物語を味わえた。ざっくりと朧げなイメージでしかなかった<戦国時代の戦>の解像度が一気に上がった。以前酒見賢一の「墨攻」を読んだ時のような、籠城戦の閉塞感と息の詰まる緊張感。場内の武将たちの心情の変化とそれを感じ取った村重の焦り、疑心。人心が離れればどんな堅固な城も容易く落ちるというのは成る程と唸らされる。
 この作品を一言で表すなら濃密に尽きる。色々な要素が凝縮し、登場人物たちの息遣いさえ感じさせる物語を色を重ねた油絵のように濃密に細部に至るまで鮮やかに描き出している。
 強いて欠点を無理矢理でっち上げるなら一発変換出来ないタイトルと、ラストシーンでの誤植だろう。こちら最初何事かと首をひねった。確認したら後の版では直っていたので、これはこれで面白い経験だった。

(最後のひと段落いるか?)
(いちおー締めの体裁が欲しくて)

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