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ニンジャスレイヤー二次創作:ウォーカラウンド・ネオサイタマ・ソウルフウード:ピザタキのピザ

ここは一言で言うならば、あらゆる意味でアンダーグラウンドな場所だ。サイバネ部品やジャンクパーツを所狭しと詰め込んだ店、いかがわしいクラブ、ケミカル性を売りにしたバー。枚挙には暇がない。俺がネオサイタマという街に訪れたのは久しぶりのことだが、漂うアトモスフィアは些かも変わってはいない。ギラギラと明滅するネオン看板が誘蛾灯のように客の気を惹きつける。「電話王子様」「化学的」「とても部品」そして……「ピザタキ」

「マスター、ほら! ここだよ!」

弟子が目当ての店の前で飛び跳ねている。俺は少しだけスピードを上げ、彼女の前まで歩み寄る。名はアンブラ。俺と同じハデス・ニンジャクランのソウル憑依者だ。共に行動するようになってそれなりの月日が経つが、彼女が生来持っていた歳相応のパーソナリティは健在だった。

「……いいのか、本当にここで」

「わかってないなァ。こういう店が穴場の可能性高いんじゃん。評判もあんまり見当たらないし、もしかしたらもしかするっしょ?」

アンブラは得意げな顔を見せる。今回この地を訪れたのはある用事のためだったが、食事のために適当な店に入ろうとすると「たまにはもっとさァ、イケてるものが食べたいンだけど」などと言い出した。それが発端で、俺はこうして店探しに付き合ってやっていたわけだが、こいつのこの未知の場所に対する自信は一体どこから出てきているのか。

「ピザ屋……か」「そ! 最近ピザ全然食べてなかったからさー!」

地下街4階の9号……随分思い切った場所に居を構えたものだ。相当な大物か、それともただのイディオットか。

意気揚々とドアを開けるアンブラに続き、店内へと入る。客は数人。なんのことはない、場末のピザ屋と言った雰囲気だ。ピザとアルコールとドラッグの匂いが混ざり嗅覚を刺激する。これもネオサイタマにおいては特段珍しいことではない。最も、アンブラの表情がやや曇ったことを見逃しはしなかったが。

「オ、なんだ。……客か? 適当に座っとけ」

店主と思しき金髪の男がカウンターでビールを呷りながら無愛想に声をかけてきた。……ガイジンか。俺はアンブラの顔を横目で伺うと、あちらも複雑な表情を向けてくる。

「いや、ダイジョブダッテ……これはこれでなんか、いかにもじゃん?」

その言葉は先程までのような自信からではなく、自分に言い聞かせているものであることは明らかだったが、俺からは何も言うまい。テーブル席に座ると、メニュー冊子に目を通したアンブラが声を上げた。俺に何の確認もなく。

「スンマセーン、ベーコンピザ二人分ー」

「アー、ウチはな……セルフなんだよ。冷蔵庫とオーブン、あるだろ」

金髪のガイジン店主はカウンターに頬杖をついたまま、アンブラに対して心底面倒臭そうに対応した。なるほど、そういう店か。

「ハァ!? エッ……ちょっ……」

アンブラは驚愕の表情で立ち上がり、冷蔵庫を開けに行く。その動きはいつになく素早かった。

「オッサン、これ全部市販のヤツじゃん! 客にこれ焼かせてカネ取ンのかよォ!?」

「ウチはそういうスタイルなんだよ……嫌ならヨソ行って食え」

アンブラの瞳が怒りに染まっている。まともなピザを食えないのが余程ショックだったのだろう。……よもやこの程度のことで行き過ぎてしまうような奴ではないとは思うが、俺は念のためにアンブラに対して集中を強める。

「久しぶりにイケてるピザ食べられると思ったのに! ファック!」

「だから嫌ならヨソ行けッて……!」

ガイジン店主がカウンターから身を乗り出す。そろそろ間に入ってやるかと思った、その時だ。

「あ、お客さんですね!」

店の奥から従業員と思しき態度の女が飛び出してきた。ガイジン店主に食ってかかっているアンブラに対し、流れるように丁寧なオジギをしてみせいる。

「ごめんなさい。タキ=サンってこういうのはとことんダメなんです。私が案内しますよ!」

「はぁ……?」「コトブキお前いきなりなァ……」

「ことぶき」と書かれたTシャツを着用し、溌剌とした表情と明瞭な声で接客を試みるその姿は、明らかにこの店内において異質なものであると言えた。……何より異質なのは、この女が人間ではないことだろうが。アンブラはそのことに気付くよりもまず、女の纏うアトモスフィアに面食らっていた。もう少し、様子を見ることにする。

「冷凍ピザ、ここに色々ありますからね。飲み物は……ケモコーラが入っています。オーブンの使い方も入れてボタンを押して、簡単です。わからないところがあったら言ってくださいね!」「アー……エート……」

アンブラは女の明るい接客に対してどうにも毒気を抜かれたのか、引きつった笑いを返すばかりだった。おそらく、あいつの人生において接する機会がなかったタイプであることは間違いないだろう。

「……マスター、なんか言ってやってよォ……」

小声でそう訴えかけるアンブラに対して、俺は溜息をひとつ吐き、席を立った。ガイジン店主が身構えるのも構わず、俺は……冷蔵庫からピザを二枚取り、オーブンへと持っていく。

「……中に入れて、このボタンを押せばいいのか」

「はい! 簡単です!」

満面の笑みを浮かべる女に対して、俺も軽く頭を下げた。ピザが焼けるのを待とうとすると、アンブラが横から俺の装束をぐいぐいと引っ張り、小声で抗議の姿勢を見せた。

「ちょっと、マスター!? ガツンと言ってやッてよ!」

「……どんな場所にもルールはある。この店にはこの店のやり方があり、客もそれを承知でこの空間にいる。それは、一種の神聖さだ」

カウンター席では酒を飲みながらくだらない会話を交わすパンクス男達を横目で見ながら、俺は心底不服そうな顔を見せているアンブラに説いた。

「冷凍ピザの店が神聖?」「気持ちよく食事をしている最中に変な連中に乱入される厭わしさは、お前もよくわかっているだろ」「アー……そりゃまぁ、ね」以前のトラブルが脳裏をよぎる。

赤熱するオーブンの中で徐々にピザの端に焦げ目がつき、ベーコンの表面が弾け、チーズが溶けていく様を眺めながら、俺はアンブラに対し淡々と言葉を語ってゆく。

「お前の怒りは理解してやるが、俺はお前の父親じゃない。俺がこの場でできることは、師であると同時に一人の人間として、自分の勝手な都合だけで他者の世界を壊す人間にはなるなと伝えることぐらいだ」「……よくわかんないけど、なんとなくはわかった。そういう顔してるマスターの話は、聞くよ」「それで十分だ。どのみちこのピザ代を出すのは俺だからな」「アイ、アイ……店員さん、ゴメン」「そんな! ゆっくりしていってくださいね」

この素直さはアンブラにとっての美徳だ。自分を偽ることをせず、感じたことを率直に表に出す。そして根底にある荒削りな真っ直ぐさも。それ故に信頼できる。その場しのぎの利口さよりも、余程大事なものだ……。

「そろそろ焼けますよ。いい匂いです!」「あー、これヤバイよ! めっちゃピザじゃん!」

オーブン越しの香ばしい匂いに鼻孔をくすぐられる。なんとも現金な笑顔を見せているアンブラだったが、食欲をそそる刺激に抗えないのはニンジャとて同じだ。……俺自身、大して好きでもないピザを前にして多少なりとも心が動かされていないとは言えない。

焼き上がったピザを手に、俺達はテーブル席へと戻った。入店時とは対照的と言っていいほどに表情を緩ませたアンブラは、カッターで適当にスライスし、重力に負けて垂れ下がるピザ生地へと下からかじりついた。

「んッ……んッ……」

「どうだ」少しの間咀嚼を続けるアンブラに対して問いかける。

「……うん、まぁ、フツーだね。どっちかと言うと、オイシイ寄り」

「冷凍だからな」

至極妥当な感想が述べられる。最も、俺にとってはその方がありがたくはあった。むしろ独創することだけが創造性だと勘違いした料理人気取りに煮ても焼いても食えないピザを出されるよりは、こちらの方が余程安心感があるというものだ。

「あ、調味料もありますのでよかったら使ってくださいね。私のオススメはこのトマトソースです!」「あ……ドーモ」

先程の女店員が真新しいソースのボトルを手に、まるでコマーシャル番組のようなトーンでテーブルへとやってくる。

「お前またそんなもん買いやがって! 店の金だぞ!」「いいではないですか。ただの冷凍ピザだけじゃお客さんは喜んでくれませんよ」「俺もコトブキちゃんにさんせーい」「俺も俺も」カウンターの客が手を上げ同意する。「テメェらは黙ってろ」

「……なんか面白い店だね、ここ」昼間から酒とドラッグとピザを愛好する連中の気持ちなどは理解に苦しむが、それでもこの店が一つの緩やかなコミュニティとして機能している理由は俺にもある程度察することができた。人は誰しも自分にとって居心地の良い場所を好むものだ。「ウン、割とイケル」アンブラは早速トマトソースをかけたピザにかぶりついている。評価はまずまずといったところか。

「お前はオイランドロイド……ウキヨか」俺は女店員に対して小声で話しかけた。「あ、はい。他のお客さんには内緒にしておいてくださいね」

ウキヨは突発的に自我を獲得したオイランドロイドを示す名称であり、一般的には市民に牙を向く危険な存在として認知されている。裏社会で名を馳せるウキヨも存在するほどであり、俺自身の現実的な認識についても大した違いはない。だが、どうやら目の前のウキヨは極めて稀なケースであることが伺える。その立ちふるまいからは、人に対してただただ友好的というわけではない意志の強さのようなものすら感じられたのは、決して気のせいではないだろう。

「……頑張れよ」「はい、ありがとうございます!」呟くように声をかけた俺に、目の前のウキヨは満面の笑みで応えた。やはり、変わった奴だ。「あいつと会ったら、どんな顔をするかな……」

「……ねぇねぇ。もしかしてマスターって、ああいうのがタイプ?」日頃見ないほどに極めて真剣な顔でアンブラが身を乗り出した。「意外……いや、ちょい納得?」「違う。さっさと食え」ウキヨという存在に対して思うところがないわけではない。だが、感情移入や深入りをする段階はとうに過ぎている。

俺はピザを等分し、そのうちの一つを口に入れた。安っぽいクラストの食感はお世辞にもいいとは言えなかったが、焼き立てのチーズとベーコンは匂いも相まって確かに悪くない。チーズの熱さにむせこみそうになるのを少しばかりこらえながら飲み込んでいく。奥ゆかしさの欠片も感じられない味だが、濃厚な塩気と脂肪分を含んだ具材が空腹時の味覚に訴えかけてくる力は侮れないと言っていい。思えばこんなものを口にすること自体、ハイスクールの頃以来かと、思わず自嘲的な笑みがこぼれた。

「ピザ食べてるマスターって、似合ってなさすぎて面白いよね」「……奢ってやらんぞ」「アッ嘘嘘! チョーカッコイイ! クール!」「さっさと食え」

……素直すぎるのも考えものかと、考えを少し改めたくなることもないではない。アンブラは口の周りを汚しながらピザを胃の中に収めてゆく。俺もそれに続くように、淡々と切り分けたピザを咀嚼してゆく。冷めたピザほど不味いものはない。よって迅速にだ。最後の数切れは多少飽きが来そうだったのでトマトソースを使用する。些か安直な風味ではあったが、酸味がアクセントとしてそれなりの働きをしてくれた。悪くないチョイスだ。

「いやー、ピザ食べたー!ッて感じ!」ケモコーラをぐいぐいと飲みながら、アンブラがそこそこ満足そうに感想とも言えない感想を述べた。この至極当然のことをいかにも意味ありげに口にできる感性というものが、未だに俺にはよくわからない。おそらくこれからもわかることはないんだろう。

「俺は先に支払いを済ませておく。気が済んだら出るぞ」「ハーイ」

メニューの料金表に従い、俺はガイジン店主にトークンを差し出した。

「さっきの弟子のシツレイを詫びる。すまなかった」「オウオウ、本当にな」「気にしないでください。よかったら、また来てくださいね!」「ケッ、まあ好きにしやがれ」「……考えておこう」

ガイジン店主とウキヨ女の対照的な表情に見送られながら、俺達は食事を終え、店を後にした。


地下街から地上へと出た俺達は、改めてネオサイタマの街を歩き始める。降りしきる重金属酸性雨は鬱陶しいが、それによって紡がれる灰色の景色そのものは嫌いではない。光にも闇にも染まらない仄明るさは、このネオサイタマという都市を象徴しているようでもあった。

「やー、食べた食べた。ねぇマスター、次どこ行こっか?」

「……俺達はネオサイタマ観光に来たわけじゃないんだぞ。あんまりはしゃぐな」

「でもさァ、バイクなしじゃ観光ぐらいしかやることなくない? 今こっちで整備に出してンでしょ?」

「こういう時はいつにも増して口が回るようになるな、お前は。……む」

俺はIRC着信の痕跡に気づき、内容をチェックする。そんな俺を見て、アンブラが訝しんだ。

「あれ、どしたのさ」

発信者とその内容を見て、俺は不覚にも少しばかり動揺を隠しきれなかった。さて、どうしたものか……?

「……気にするな。なんでもない」

「ウッソだー。マスターってさァ、そういうとこわかりやすいよねー」

「なんでもないと言ってるだろ」

「そういう言い方すると余計に怪しく見えるッつーの。白状しなよ?」

アンブラは途端に生き生きとした表情で詰め寄ってくる。この後は案の定、しばらくの間、IRCへの返信とアンブラからの追求という二つの課題への対応を迫られ続けることになる……噫。


【ピザタキのピザ】
「あそこのピザが旨いかって? モノはただの冷凍ピザだから、そりゃあアンタ……なァ? じゃあなんで通ってんのかって言われたらまぁ……なんだかんだで好きなんだろうな、あの店が。あそこまでやる気のない店主がいる店もそうはないだろ。そんな店で無駄に肩肘張る必要もないしさ。性に合ってんだな。あ、でも最近入ったコトブキちゃんはマジでカワイイね。タキの奴、どこから連れてきたんだろうなあんなオイランドロイド。店にコトブキちゃん目当てのにわか野郎が増えないかちょっと心配してるんだよ俺」
――ピザタキ常連の男

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