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Vol.1 フラメンコロヒーアの誕生

小倉真理子の「Flamencología: Puente al Conocimiento del Flamenco (フラメンコ学: フラメンコの知識に向かう橋)」


日本ではまだあまり耳にしない「フラメンコロヒーア」という言葉。日本語に訳すと「フラメンコ学」となります。スペイン語で、例えば音楽学は《musicología》人類学は《antropología》といい《-logía》という接尾辞が「学問」を意味します。1950年代になると、たくさんの音楽学者や人類学者がフラメンコについての研究を発表するようになり、そうした中でフラメンコ専門の学問として生まれたのが、この《flamencología》フラメンコ学です。スペインの大学には少数ですがいくつかフラメンコ学を学べるところもあり、また修士課程、博士課程でフラメンコ学を専攻することもできます。私はこの秋からバルセロナでフラメンコ学の修士課程に進むことにしました。この新しいコラムでは、フラメンコロヒーアの視点から見えてくるフラメンコの奥深さを、みなさんとシェアしていきたいと思います。

小倉真理子 プロフィール:スペイン在住26年目。フラメンコ・ギタリストで作曲家のカニサレスの妻でマネージャー。2020年からYouTubeチャンネル『まりこのスペイン語』でスペイン語やスペイン文化に関する情報を発信中。


さて、フラメンコロヒーアという学問が、どのように生まれ発展してきたのか、今回はその歴史を簡単におさらいしておきましょう。
 
フラメンコロヒーアを扱った最も古い文献は、1955年に出されたアンセルモ・ゴンサレスのエッセイに遡ります。その名も「フラメンコロヒーア」カンテとバイレのための知見やテクニックに関するアカデミックなアプローチをテーマにしたもので、この分野の草分け的な存在といえます。
 
1922年にマヌエル・デ・ファリャがロルカと主催した「カンテ・ホンドのコンクール」は有名ですが、その後こうした類のコンクールが開催されることはなく、次に歴史上に登場するのは、コルドバで1956年に開催された「カンテ・ホンドのナショナル・コンクール」という名前を冠したコンクールでした。これは、その前年に生まれた「フラメンコロヒーア」の誕生が契機になっていることは間違いありません。
 
1958年には、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラに、カテドラ・デ・フラメンコロヒーアが創立されます。「カテドラ」とはスペイン語で教壇とか研究所といった意味で、フラメンコという芸術全般の研究、保護、促進、擁護を目的としたスペイン初の機関です。この研究所の創立により、フラメンコロヒーアがひとつの学問として確固たる地位を得ることができました。
 
1963年には詩人で作家のリカルド・モリーナと、カンタオールとして歴史的に重要なアントニオ・マイレーナの二人によって《Mundo y Formas del Cante Flamenco》という初の「フラメンコの指南書」が書かれます。この本は出版から半世紀以上経った現在においても、フラメンコロヒーアを学ぶ者にとっての必読書、基本書とされるもので、フラメンコの様々な形式について解説されており、私自身も学生時代に故 濱田滋郎先生に本をお借りして必死に勉強しました。
 
今となって読み返してみるとこの本の内容は「スペインにおけるロマ族」であるヒターノにかなり偏重された内容になっていることを否定できません。文明の十字路であったイベリア半島において、北インドから出発したとされるロマ族たちが到達したことによってフラメンコが誕生したことは紛れも無い事実ですが、スペインの他の地域ではなく「アンダルシア」においてそれが発祥し、発展していったというもうひとつの事実を鑑みれば、フラメンコという芸術は決してロマ族「だけ」に依拠するものではなく、アンダルシアに根付いた民謡や伝統が大きく作用していることは、その後の研究でも明らかです。
 
かといって、アンダルシアに偏重された論調にも注意が必要であることは言うまでもありません。「ヒターノ論」と「アンダルシア論」のせめぎ合いが激しかった1970年代までの研究に比べると、近年の傾向は中立な視点で語られることが多くなり、それがより「フラメンコロヒーア」の学問としての発展に寄与しているともいえるでしょう。
 
さて、私の「フラメンコロヒーア」の修士課程では主に次のような教科を学びます。
 
◦                  フラメンコ成立前のイベリア半島の音楽史
◦                  フラメンコの音楽的理論
◦                  フラメンコの歴史〜近代研究の視点から
◦                  フラメンコの音源史〜特に古い録音についての研究
◦                  フラメンコの社会学
◦                  フラメンコのビジネス
◦                  フラメンコのメディア
◦                  カタルーニャ地方のフラメンコの歴史
◦                  その他の芸術にみられるフラメンコの影響
◦                  カンテ・フラメンコ
◦                  バイレ・フラメンコ
◦                  フラメンコ・ギター
◦                  フラメンコ教育
◦                  フラメンコとテクノロジー
◦                  フラメンコに関する修士論文
 
これらを3年かけて履修し、修士論文を執筆します。もちろんスペイン語で書くのですが、それもいつかは日本語にして出版できればと思っています。無事修士課程を終えることが出来たら、マドリードのコンプルテンセ大学で博士課程に進みたいと思っています。気の長い話になりますが、6~7年後にはフラメンコ学の博士になれるよう、精進していきます!


小倉真理子さんによる「スペイン語」や「スペイン文化」に関する発信は、「まりこのスペイン語」YouTube https://www.youtube.com/@MarikoSpanish/about  twitter https://twitter.com/MarikoSpanish  から最新情報をご覧いただけます。


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