エキストラ - KAN (Coverd by AYaMI)
この動画/音源は一昨年2021年から昨年2022年にかけて制作されました。
下記は長文となりますのでお時間ある方のみお目通しいただけますと嬉しいです。
---
これはまだ弊店が現在の名前でなかった16年前、高校生時分からライブに出演してくれていた「AYaMI」というピアノ弾き語りアーティストがいらっしゃいました。
彼女の演奏する自作の曲、ライブパフォーマンスはある種の潔癖さを備えた素晴らしいものでした。
長きに渡り彼女がライブ活動していく中でレコーディングやライブをお手伝いするこがありました。
しかし彼女は活動当初からそのスタイルを確立しており、結局のところ私を含めて“他人が介在して輝くアーティスト”というよりは“彼女自身が思う演奏を彼女が1から100まで演奏しきる事が最上になる”という稀有なアーティストでした。
ライブを通して長い年月を共に過ごしました。
色々なことがあり、彼女はピアノを弾くことをやめて社会に出、一児の母となりました。
弊店もコロナ禍という4文字の濁流に翻弄され、経営会社の変更に伴い体制を一新して改めて邁進していたある日、彼女からこんな連絡が入ります。
「色々なことがあったけれど、今一度、昔よくイベントを組んでいたみんなで1日だけ集まってライブがしたい」
結果的にその願いは色々な事が原因で叶いませんでした。
しかしその時に再び形成された縁が、この動画という形で結実しました。
---
私自身がKANさんの楽曲に触れたのは小学校6年生の頃だったと思います。
テレビが娯楽の中心の時代で、自宅で流れている番組から聞こえてきたは極めてシンプルな理想を掲げたタイトルの曲でした。
その後「野球選手が夢だった」という後ろ向きとも取れる、でも今の自分を表現するに過不足ない素晴らしいタイトルのアルバムをダビングしたテープを同級生から借り、彼が紡ぐ曲の世界に没頭していたのを覚えています。
当時は漫画が大好きな中学生で、欠かさずみていた「YAWARA!」のアニメの主題歌が何クールかの放送後「雨にキッスの花束を - 今井美樹」さんに変更となりました。
スタイリッシュでポップなオープニング映像と相まって一気に引き込まれる楽曲でした。
オープニングのシンセ、スネアの短いリバーブ、16分の短いアウフタクトから始まるドキッとするサビ。
子供ながら心奪われました。
OPに中に流れるクレジットが好きだった少年の私はすぐに曲部分を確認、歌手である今井美樹さんと作曲者クレジットに表記されたKANさんの文字。
まだまだ未成熟な私の感性に彼の名前が二度と消せない深さと大きさで刻まれた瞬間でした。
月日は流れて私は音楽という広大な裾野の端っこに身を置くことができました。
今では彼の和音の素晴らしさ、非の打ち所がない旋律の美しさについて一昼夜話せるくらい理解を深めることができました。
生憎と実際にはそんな機会に恵まれることはありませんでしたが、私はいつも彼の音源を耳にするたびKANさんのもつユーモラス(それは決して表層的な部分だけではない)が濃縮された曲をニヤニヤしながら楽しんでいました。
2021年のある日、YouTubeが突如としてこの曲をお勧めとして挙げてくれました。
<KAN 『エキストラ』 Lyrics Video>
https://www.youtube.com/watch?v=OT0MjkTMPNw
彼が重ねる和音を1mmも漏らさず真上からの俯瞰カメラで収録したそのMVはエンディング部分まで彼の人柄を表したような素晴らしい作品でした。
詩、曲についても奥ゆかしさと真っ直ぐな表現が爆発し、決してエモーショナルに振りすぎない完璧な構成で、たった一度聞いてすぐにピアノの前に座って彼の紡いだ旋律と和音を分解、理解しようと最高に楽しい時間を過ごすことができました。
---
時を同じくして、上述のアーティストAYaMIから連絡が入ります。
「昔の馴染みを集めたイベント開催は無理だったが、様々なことを経た今の自分の新しい曲をリアレンジしてほしい。カバー曲なども動画収録して配信したい」
私はこれを快諾し、5~6年ぶりにもなる音楽から離れてしまった彼女の新曲を聴き新たにアレンジを組み立てていきます。
その最中で私はこの「エキストラ - KAN」についての話を彼女へ伝えます。
思えば彼女の持つ潔癖さと、この曲が持つある種の定点から視点ががうまく機能するのでは?と思いついたという、あまりにささやかなきっかけです。
彼女はこの曲を既に知っていたかのか「この曲を歌いたい」と私へレスポンスしました。
正直どちらから言い出したのかは記憶が曖昧ですが、ごく自然にこの曲をカバーしようということが決まりました。
それから程なくして数年ぶりに再会し、映像と歌を収録するに至ります。
数年ぶりに聞く彼女の歌声は、私の感じた理想通りに機能し大変素晴らしいテイクを録音することができました。
当初はAYaMI自身が自分のチャンネルを立ち上げて公開する予定ではあったのですが、彼女の住環境の変化、弊店の状況も相まって公開に向けて先に進むことができず宙に浮いている状態でした。
---
2023年11月17日、思い寄らない訃報に思わず声をあげました。
今年に入ってすぐだったか「すごい珍しいタイプの病気になっちゃったけど、治してくるんでちょっと待ってて。楽観しててくれると助かる」という旨のご本人のコメントを拝見したのを覚えています。
しかし実際は彼が使った「楽観」という言葉にどんな意味があったのか考えるよりも早く、亡くなってしまわれました。
もちろん、生者のためのこの世界で死者に囚われ続けて何もできないなんて事にはなっておりませんが、毎日ふとした時に彼のステージ上での仮装や、サステインペダルに乗せた右足と観客に向けた左足が織りなす大股開きのピアノ演奏を思い出します。
私は直接彼を知る立場にはありませんが、どうしようもなく優しい人であったのであろうと想像します。
ユーモアがあって、サービス精神が旺盛で、誰も傷つけることなく、自分が好きな物を信念を持って表現する。
そんなイメージを持っています。
追悼とかR.I.Pとか言える資格もありません。
演奏を喜んでくれるはず、などと驕るつもりもありません。
ただ、私がこの曲を誰かと収録するに至った経緯を書かずにはいられませんでした。
私は自分で作曲をすることを諦めた身ですが、苦しみの上に生み出された曲達がこうして誰かの生と死の間で、葬いだったり、追悼だったりに機能するのは素晴らしことの様に感じます。
本当にシンガーソングライターはすごい。
安らかな旅立ちであったなら、と願っています。
本当にありがとうございました。
Alan拝